戦後の巨匠達から想う~木下恵介と成瀬巳喜男~
2022年8月18日に記す。終戦記念日にあたって、木下恵介監督『二十四の瞳』、成瀬巳喜男監督『浮雲』を思い出して記す。
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「歴史」は、「記憶」を「記録」に変える。
ある世代の「記憶」は風化されることなく、そのまま姿形を留め続ける。
けれども、フォーカスされた「記憶」はなんて脆弱なのだろうか。姿形は欠落しながらも、より鮮明になって迫ってくる。生々しい音や手触りで迫ってくる。そんな「記憶」は実はとても個人的なもので、次の世代へ留めるのは容易でない。
戦争という生々しかった「記憶」は、私にとっては最早「歴史」だ。戦後民主主義という大転換が受容され、高度成長遂げた「歴史」だ。
しかし、戦争が「記憶」だった人達はどう受け止めたのか?道半ばで失われた愛する者の痛みを、生きた者は背負っている。優等生でも、人格者でもなかった私が残ってしまう。
戦後という戦争は「歴史」の中で終わっても、「記憶」の中で戦い続ける。
新たな「記録」で塗り替えられた「歴史」は、忌々しい経験を清算して、コンクリートや洋風の事物に置き換わる。
しかし、「記憶」は新たなものを受け付けない否定性と共に折り合いをつけていくしか方法がないようだ。
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