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映画館へ ☆104

前回は寄席の記事だったが、

1990年、2月28日に池袋演芸場は終わってしまった。ビルを解体し、新しいビルを建てて再開するのは93年である。

その間、私は落語を求めて他の寄席(上野、新宿、浅草)や東京の各所で行われている落語会へも時々行ったりしたが、

落語を聴く回数は減らし、その分を映画を観る事にした。池袋には「文芸座」という名画座があったからである。

いや、今も新文芸座が健在だが、昔の文芸座のパワーは、今の3倍くらいあったのだ。何しろ、文芸座1、文芸座2、文芸座ル・ピリエ(小劇場で、芝居、落語会、映画上映会が行われた)があったのだから。

名画座だから、新作ではなかったが、話題作、ハリウッドの大ヒット作も数ヶ月遅れで上映したし(しかも低料金で)、2本立て3本立てが当たり前で、企画も素晴らしいのであった。

例えば、「チャップリン」を特集すれば、チャップリンの作品が1ヶ月くらい集中的に上映されるのである。

特集は「黒澤明」だったり、「大島渚」だったり、「タルコフスキー」、「市川雷蔵」、「戦争映画」、「西部劇」、「ヤクザ映画」、「怪獣」「日活ロマンポルノ」「チャンバラ」「社会派問題作」や、フランスや中東や中国や韓国の映画もあった。

だから、映画初心者でも文芸座に1年も通えばそれなりに映画通になる事が出来たのだ。寺山修司でも、高倉健でも、アキ カリウスマキでも集中して観る事が出来たのだから。

池袋演芸場を失った私は文芸座に通い、沢山の名作や迷作を楽しむ事ができた。

今、映画は劇場ではなくNetflixなどで文芸座で観るより安く楽しむ事が出来るのだろうか?

けれど、それだと自分に興味がある作品ばかりになってしまい、本当に良い作品に出会えないのではなかろうか?

私は、自分に興味があろうとなかろうと、文芸座で上映されるものを片っ端から観て行った。自分で選ぶ事をやめていたのだ。そういう中には時にはハズレもあったけれど、凄い作品もあったのである。

例えば『ゆきゆきて神軍』とか阪東妻三郎の『血煙高田の馬場』なんかは自分で選ぶ事は出来なかっただろうと思う。まあ、Netflixなどで映画を楽しんでないので分からないのだけれど。

しかし、その文芸座も1997年に残念ながら閉館してしまう。確かに建物自体がかなり老朽化していたから仕方がなかったのだろう、ビルは100年持たない、せいぜい50年なのだ。

新文芸座は2000年に復活したが、復活した時は、それこそ長蛇の列が出来ており、映画ファンの健在ぶりを目の当たりにして感激したのである。

感激しつつ私も並んだが、何だか様子がおかしくて、どうも違和感があり、よくよく確かめると、その列は映画ファンとは全く関係のない、パチンコファンの列だった。

新文芸座は新ビルの3階より上にあったが(確かエレベーターで5階まで上がる3、4、5階部分が映画館)、それ以外は地下、1階2階はマルハンというパチンコ屋が入っており、新規開店狙いのパチンカーが、長蛇の列をなしていたのだった。

それには本当に驚いたが、

新文芸座には今も時々行く。限られたスペースで、企画も沢山やっているので上映時間がとても複雑化していてややこしい。

この時代、映画館を存続させるのは大変なんだろうなと思う。

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