アブダクション
今井むつみ先生に感謝!
アブダクション的に理解するタイミングが個人で違う。
「あ、わかった!」って「このタイミングか?」というときに叫ぶ生徒がときどきある。他の生徒が「今のでいいんか?」と不安になるが大体当たっている。
siriの出始めのとき
「63÷7は?」に対して「9です」と答えたくせに「6300÷700は?」に対して「面白い質問ですね」といなされたことがある。
生徒達は、すべての整数の和を求めたことはない。それはありえないから。しかし、やったこともない整数の和に対して「どんどこ〜い」と思ってしまっている。思ってもらわないといけない。確かな自信を持つよう指導している。
「うわ〜73+13はやっぱことあるけど、74+15はやったことないから自信ないわ〜」
なんてことは言わない。
「テスト対策に100+100までの和を全てやった」とか「僕は暗記したよ」なんて言っているのは聞いたことない。聞きたくない。
「すべてを暗記して間違うことなくアウトプットできる」ことが確かな自信といえるのか。
「すべての整数に成り立つ和の法則性を体得した」ことが確かな自信といえるのか。
彼らに求める力はなんなのか?
「20+20」までの和をフラッシュカードでより速く計算できる。これによって育つ力もあるが、「100+100が1000」と勘違いしている生徒はどう指導するのでしょう
17+18を
10+10+7+3+5
とするのか
10+10+5+2+5+3
とするのか
一度覚えた35をプットアウトするだけなのか。
さくらんぼ計算はそれでできるようになったらおしまい。
そろばんを「ねがいまして〜」と言いながらチャラにするように今まで学んだのを棚の上にあげて、コレハ神棚ナノカ?あげた後は眺めるだけ?!で次のことを学習する。
素因数分解を習うとき「さくらんぼ計算・再び」をすると「懐かしい」「あ、便利♪」と楽しくやっています。「さくらんぼ計算はこのために習ったんだねー」と納得している生徒もいてますが、「5年経ってさくらんぼが理解できてよかったね」「さくらんぼの出番があってよかったね」とよろこびます。小学校2年生の小さな手のひらでは扱いきれなかったんだね。使えるようになってよかったね。と使い放題にする。でも公約数を見つけたりするときに使ってもらいたいので割り算の筆算の記号をひっくり返したのも使えるようになってね。と成長をお祈りします。
素因数分解は小さい素数から順に割って行く機械的な操作は抜け落ちることがない。安定した方法である。つまりここではアルゴリズムという機械的にする操作も知ってください。
36を見て4×9が思い浮かんでも、6×6が閃いても、取り敢えず偶数だと直感してもいいんです。辿り着くところは1つです。これを一意性という。名前がついているということは重要なことか、特殊なこと。算数を何年かするうちにそういうお目目と頭ができたのです。成長です。6×6しか思いつかなかったのに9×4と言われて「そやな」と思えるのも成長です。
アルゴリズムはプログラミングの基本のきです。コンピュータに「みててな、こんな風にやったらええねん」と指示はできません。
コンピュータにデータなり手順を教えるのが人間やから、上手に教えたらな「でけへん」てコンピュータが動いてくれへんねん。普通のコンピュータにはアブダクションが搭載されてないねん。コンピュータがやってくれるように人間のあなたはコンピュータにわかるように命令する練習もしなあかんねん。メタ認知が大変やけど、がんばれ!
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