特別講義#6「未来を紡ぐ交差点：AIとブロックチェーンの可能性」
ワトソン：「博士、前回はボブ・グレイフェルド氏の発言を通じて、ブロックチェーンが資本市場の未来を揺さぶる大きな可能性を持っていることが分かりました。そして次の視点として、AI領域からエマド・モスタケ氏を取り上げるとおっしゃっていましたね。彼はイギリス拠点の新興AI企業で名を上げていると聞いていますが、ブロックチェーンとの関係があるとか？」
シャーロック博士：「その通りだ、ワトソン君。エマド・モスタケ（Emad Mostaque）氏は英国で急成長中のAI関連スタートアップ“Stability AI”を率いる人物として知られているが、その前職時代に興味深い動きがあったと言われている。実は、AI領域に飛び込む前、彼はブロックチェーン分野への取り組みを深めるため、かつて在籍していた組織を辞するという決断を下している。つまり、いま世界的に関心が高まるAIと、これから大きく拡大する可能性を秘めるブロックチェーン。この二つの軌跡が彼のキャリアの中で交錯しているわけだ。」
ワトソン：「AIとブロックチェーン…確かに全く別物のように見えますね。AIはデータから知見を引き出し、意思決定を助ける“知的処理”の拡張ですが、ブロックチェーンは“信頼”や“価値移転”の構造自体を再定義するもの。これらがどう絡み合うのでしょう？」
シャーロック博士：「その絡み合いの鍵は、“分散”と“透明性”、そして“スケーラビリティ”にある。AIモデルは今や膨大なデータを前提としており、そのデータの公正性、出所の透明性、信頼性が問われる局面が増えている。ブロックチェーンは、データや価値の履歴を改ざん困難な形で記録するための基盤となり得る。もしAIが学習するデータセットの信頼性をブロックチェーンで保証できれば、AIのアルゴリズムはより透明で説明可能な根拠を持てるかもしれない。さらに、ブロックチェーンによって分散的に構築されたエコシステム上で、AIモデルが協調的に開発・訓練される新しいパラダイムも考えられる。」
ワトソン：「なるほど、ブロックチェーンが単なる通貨や決済のインフラでなく、データそのものへの“信頼インフラ”となりうるわけですね。その上でAIが動くと、結果としてより整合性のある知見を導き、透明な意思決定プロセスを提供できるかもしれない。」
シャーロック博士：「そうした展開を見通した人物として、モスタケ氏は注目されている。Stability AIは、生成系AIモデルであるStable Diffusionなどのプロジェクトで世界的に名を馳せたが、彼の関心は単にモデルを作ることにとどまらない。データアクセス、モデルの分散トレーニング、ガバナンス問題――そうした次元で、ブロックチェーンを活用する可能性がある。事実、Stability AIが開発するモデルはオープンソースとして公開され、多様なコミュニティが参加可能なモデル開発の道を拓いた。これは、AIの進化を“閉じられた巨人の城”ではなく、“分散化された広場”で進める一つの試みと見做せる。」
ワトソン：「オープンソースでモデルを公開するということは、単に無料で使えるようにするだけではなく、改良や拡張が誰でも可能な状態を目指しているんですね。それって、まさにブロックチェーンが描く分散型の理想に近い概念な気がします。多くの人が貢献し合うエコシステムを築くという点で、AIもブロックチェーンも共通基盤を持てると。」
シャーロック博士：「おっしゃる通り。AIが情報処理の高度化、ブロックチェーンが価値と信頼の基盤化――二つは一見別世界のようで、その先には新たな融合が待っている。たとえば、AIが予測や生成能力を活かして新たな市場や投資機会を発見し、ブロックチェーンがその価値交換や契約遂行を支える――こうした“AI-Blockchainハイブリッドエコノミー”が将来の資本市場や経済のインフラになりうるのだ。」
ワトソン：「つまり、これから先、投資家は何か新しい金融商品にアクセスするとき、その背後でAIが情報の分析やシグナル生成を行い、ブロックチェーンがその商品の発行、取引、決済、監査を透明な形で支えているような世界が来るかもしれない、と？」
シャーロック博士：「そう考えられる。さらに言えば、非上場資産や社会的課題への資金調達も大きく様変わりする可能性がある。AIは適正なリスク評価や将来の潜在的リターンを迅速に計算でき、ブロックチェーンは出資や利益分配のルールをスマートコントラクトで自動実行する。これにより、これまで参加が困難だった市場や領域へ、多様なステークホルダーが容易に参入できるようになるかもしれない。」
ワトソン：「エマド・モスタケ氏がこの領域へアグレッシブに踏み込もうとしたのは、そうした未来図に先んじて位置取りをするためなんでしょうか？ つまり、彼は単にAIビジネスの次なるユニコーンを目指しているわけではなく、AIとブロックチェーンが紡ぐ新しい経済インフラの布石を打とうとしている？」
シャーロック博士：「その可能性は高い。確かに、Stability AIは生成系AIモデルを通じて一躍有名になったが、モスタケ氏の視野はより広範に及んでいるようだ。既存のIT大手やクラウドプロバイダーの寡占状態からの脱却、分散的かつ持続可能なAIモデル開発、その学習データの信頼担保と流通設計……彼がブロックチェーンに傾倒した背景には、“中央集約的な力学”に対するアンチテーゼや、より民主的なテクノロジーエコシステムを構築したいという思想があるのかもしれない。」
ワトソン：「なるほど。ロメッティやグリフィン、グレイフェルドが見せてくれた産業・市場再編の流れに、ブロックチェーンが加わると、資本市場基盤が再構築される可能性がありました。そして今度は、モスタケ氏を通して、AIとブロックチェーンの交点が見えてくると。結果として、単に金融やテックが進化するだけでなく、新しい“社会オペレーティングシステム”が生まれるような印象を受けます。」
シャーロック博士：「的を射ているよ、ワトソン君。インターネットが情報の民主化、AIが知の最適化、ブロックチェーンが価値と信頼の分散化をもたらすとすれば、それらは合わせて、新たな社会運営の基盤を作り出す。それは、旧来の枠組みにしばられたガバナンスや資本分配の仕組みを超え、人類が共同で知識を創造し、信頼を結び、資本を循環させる新しい秩序だ。モスタケ氏は、その交差点で新しい形のエンジンを組み上げようとしているのかもしれない。」
ワトソン：「ただ、ここまで理想的な話をすると、当然リスクや課題も出てきますよね。規制面の問題、技術的なスケーラビリティや安全性、データ品質の担保、人々の受容度と教育、セキュリティやプライバシーへの懸念など、実装するには超えるべきハードルが山積みだと思います。」
シャーロック博士：「もちろんだ。技術発展は常に問題を内包している。特に、分散型の仕組みは中央管理が無い分、合意形成やアップデート、悪意あるノードの排除といった課題が顕在化する。また、AIとブロックチェーンの統合には、膨大な計算資源と高速なネットワークインフラが必要となる。それらが環境的・経済的に持続可能か？ 社会がその変化を受け入れる準備があるか？ こうした問いは避けられない。」
ワトソン：「とはいえ、過去にインターネットやクラウド、スマートフォンなどが普及する際にも、同じように課題が山積みでしたが、それを乗り越えてきた歴史がありますよね。技術が進むにつれ、人間は新たな問題を定義し、それを解決するための制度設計や社会的合意形成を行ってきた。モスタケ氏が示唆する未来像も、そうした連続性の中にあるんでしょう。」
シャーロック博士：「その通り。テクノロジーは自動的に理想郷をもたらすわけではない。だが、強力な新技術が出るたびに、社会は少しずつ学び、アダプトし、制度化し、次なる飛躍の足場を整えていく。エマド・モスタケ氏が志向する世界――AIとブロックチェーンが交差する社会オペレーティングシステムの再構築――は、まだ未成熟であり、多くの紆余曲折が予想される。しかし、そのビジョンが雄大で、現行の限界を打破する可能性が高いからこそ、グリフィンやグレイフェルド同様、私たちは彼を注目せざるを得ない。」
ワトソン：「なるほど。これまでの流れで、ウォズニアックが技術浸透の自然性を、ロメッティが産業構造の再定義を、グリフィンが市場インフラの進化を、アンドリーセンがブロックチェーンという根底的発明を、そしてグレイフェルドが資本市場レベルでの再設計を語りました。今、モスタケ氏を通じて、AIとブロックチェーンの融合による“社会OS”の進化が見え始めたとすれば、それはもうテクノロジー単独では語れない、新しい段階に差し掛かっている印象ですね。」
シャーロック博士：「まさにその通りだ。テクノロジーはもはや一部の業界や商品ではなく、社会全体の構造を形作る基本要素だと言える。こうした中で、私たちは、さらにこの視点を拡張すべきだと思う。モスタケ氏の動きは一つのきっかけに過ぎない。今後は、AIとブロックチェーンのみならず、量子コンピューティングといった別の潮流とも結びつき、新たな世界像を描くかもしれない。」
ワトソン：「量子計算まで視野に入れると、これはますます壮大なテーマになりますね。技術の多層性がますます深まり、社会や経済の再編どころか、人類が生活基盤そのものを超流動的に変えていく時代が来るのかもしれません。次回はそうしたさらなる未来像についてお話し頂けるんですね？」
シャーロック博士：「そうだ、ワトソン君。次回は、私たちがこれまでテクノロジー進化のキーパーソンを辿る中で見えてきた多層的変革を、さらに新たなテクノロジー潮流との関係性も踏まえ、大局的に眺めてみよう。これらの動きが示唆する新しい社会、そしてそこにおける人間の役割や可能性――技術的なフロンティアを超えて、哲学的・倫理的な問いにも踏み込むことになるかもしれない。」
【エマド・モスタケ（Emad Mostaque）氏のプロフィール】
エマド・モスタケ氏は、英国拠点の起業家・投資家であり、生成系AIモデル「Stable Diffusion」を開発したStability AIの創業者兼CEOとして国際的な注目を集める人物である。数学的素養とファイナンスの経験を背景に、データサイエンスやAI、ブロックチェーンなど幅広い領域に関心を持ち、既存のテクノロジー構造を再考する姿勢を示している。彼はオープンソース化を通じて多様なプレイヤーを巻き込み、分散的なイノベーションを促進する戦略を推進。
前職や関与組織からブロックチェーン分野へのコミットを強めるための決断もあったと言われ、AIとブロックチェーンが交差する新たな時代のエコシステム構築を視野に入れている。その活動は、テクノロジーが資本市場を超え、社会的・経済的な価値循環の仕組みを根本的に変えうることを示唆している。