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マーシャ戦記⑥ 作戦会議



  ラージノーズグレイの巨大UFO艦隊を撃退したあと、マーシャの宇宙艦隊は大マゼラン星雲惑星クラリオンに向けて巡航速度で航行を再開する。
 しかし肝心のマーシャヴェリンスキー宇宙艦隊司令長官は、小惑星M21沖海戦で予想外の損害を受けたことにショックを受け、艦隊の指揮を先任参謀であるハンスブリューゲル宇宙軍中将に頼み自身は司令長官室に引き籠ってしまう。
 常勝のマーシャにとって今回の戦闘は、敵を撃退したとはいえ敗戦のようなものだった。何より宇宙戦艦ロビンソンを喪ったのが大きかった。アカイシューマン大佐の一報がなければ、初動が遅れ全滅したかもしれない。
 長身銀髪で古くからマーシャの参謀を務めるブリューゲルはそんなマーシャの気質を知ってか、二日間引きこもるマーシャをそっとしておいた。
 しかし三日目、ドワーフのミユが声が聞こえるといい、警戒体制を取る中、ぐにゃぐにゃと脈動する円形の宇宙船が現れた。すわ、戦闘かと思われたがミユの助言で通信回線を開くと金髪の北欧人のような女性の姿が画面に現れ何やら話しかけてくる。
 ユミが彼らの言葉を翻訳すると、彼らはジャノス星人といい、長年攻撃的な異星人ラージノーズグレイに従属していたが、今回のマーシャ艦隊の戦いぶりをみて感銘を受け、是非友好関係を築きたいとのことだった。そして可能であれば同盟を組んでグレイに支配されている植民地惑星を解放する戦争に参加して欲しいとのこと。見返りは武器弾薬、燃料の補給。損傷した艦船の修理、技術供与、ジャノス艦隊をマーシャ艦隊の指揮下に置き、今後この星系の盟主と仰ぐという内容だった。
 さすがに事の重大さを悟ったブリューゲルは返答を保留したままマーシャに相談することにした。



「トントン。失礼します。お休み中のところすいませんが火急の用件が……」
 ドアを開けると碧眼赤髪のマーシャは可愛い水玉模様のついたピンクのパジャマを着て、手を組んでベッドの上に横たわっていた。
 宇宙艦隊司令長官の部屋だというのに、ピンクの壁紙に可愛い小物やぬいぐるみが置かれまるで子供の部屋だ。部屋から甘い芳香が漂ってくる。
「……なんだよ。私は今、鬱真っ盛りなのだ。戦死した将兵やハヤト少将に申し訳なくてさ。シスターになって菩提を弔おうかとも思ってるんだ」
「それは任務を果たして地球に戻ってからにして下さい。新たな異星人が現れました」
「なんだって?敵かい?」
「いえ、ジャノス星人といって我らと友好関係を求めています。長年ラージノーズグレイの支配下にあったようです。彼らは北欧人のような外見をしています」
「へえ、それは好都合だ……と言いたいところだけどねえ」
 高度な文明を持つ異星人と友好関係を作ることはこの遠征の目的のひとつでもある。しかしジャノス星人と同盟を結ぶことはラージノーズグレイとの全面戦争に突入する恐れがある。最悪ジャノス星人にうまく戦力を使われ消耗し肝心の移住可能な惑星の調査が二の次になってしまう恐れがある。
「これはじっくりメリットとデメリットを天秤に掛けないとね。なんせ人類の命運がかかってるから」
「ええ、小官もそう思います」
「よし、提督たちを集めて作戦会議だ。ジャノス星人には二十四時間以内に回答すると伝えてくれ」
「了解しました」
 右手をこめかみに当てて敬礼するブリューゲル中将。
 マーシャはパジャマを脱いで着替えはじめた。
「こらっ。いつまで見てるんだ。行った行った」
「はっ」


 四十五分後、旗艦スピッツの作戦室へ各部隊の指揮官十二名が集まって緊急会議が開催された。機動猟兵の指揮を取るアカイ大佐と副官のエルンストブンター中佐も同席した。
 マーシャを中心に円卓のテーブルに提督たちが座る。
「諸君、知っての通り前回の戦闘で我が艦隊は甚大な損害を蒙った。みんなの奮戦のお陰でグレイは撃退できたけど充分手強さは実感したとおもう。そこへ今回ジャノス星人というのが同盟を申し出てきた。率直に諸君の意見を聞きたい」
「はっ。私は同盟に賛成です。彼らと同盟を組み敵性異星人であるラージノーズグレイを排除すれば宇宙の覇者となり、人類の住める星などいくらでも手に入りましょう」
 威勢よく答えたのは勇猛果敢な第一遊撃部隊、重巡洋艦ティッピーに座乗するアレクサンドルヴァルツァー少将だ。先の戦闘でも第一遊撃部隊を率いてグレイのUFO母艦を十七隻も撃破している。まだ二十代の若さである。
「私は反対です。我々の任務はあくまで地球人類の移住可能な惑星を探すこと。戦争が目的ではありません。それに我々の戦力には限りがある。先の見えない戦争に参加して戦力を磨り減らしては本末転倒です」
 そう語るのは宇宙空母カツラギの艦長で空母打撃群の指揮を執るツキノミツイシ大佐。女性初の空母の艦長でもある。
「うん、ツキノ大佐の意見はもっともだね。グレイと戦争したって何年もかかっちゃそのうち地球は滅んでしまうからね。慎重にいかないと。……ところでジャノス星人に接触したミユさん。彼らはどんな感じだった」
「はい、彼らは極めて人類に近い種族と思われます。我々と同じように感情を持ち似たような倫理観を持っているようです。テレパシーで交流したのですがヒトと変わらなかったです。もしかしたら人類の祖先は彼らと共通しているのかも」
 ミユはテレパシーで異星人と交流することが出来る。
「うん、ひょっとすると我ら地球人の祖先は宇宙から来たって説は本当かもしれないね。ヒトに似てるってことは文化の交流や軍事同盟を組んだ際の作戦行動に支障はない訳だ」
 あまりにも違う文明、価値観を持っていては同盟は難しいだろう。
 マーシャは腕組みしてじっと考えている。
「戦争になった場合、攻撃の主力は機動猟兵になる。現場の指揮官であるアカイ大佐。貴官はどう思う?」
 金髪にサングラスを掛け顔に大きな傷のあるアカイシューマン大佐は、模擬戦で圧倒的な成績を収めたため、マーシャが機動猟兵の指揮官に大抜擢した。過去に傭兵としていくつもの戦争に参加し武勲を立ててきたという。六十代になっているという噂もあるがどう見ても四十代ぐらいにしか見えない。
「はっ。小官は判断するには情報が少なすぎるとおもいます。ラージノーズグレイが銀河連邦の盟主で、様々な異星人を支配下に置いているのであれば、彼らを倒すことによって人類が銀河の覇権を手にすることも出来るかもしれない。しかし彼らは強力な軍事力を保有してると見て間違いないでしょう。戦争をするにしても彼らの情報を分析し勝てる見込みがあるか検討しなくてはならない」
「うん、情報を制する者は戦いを制する……もっともだね」
 闇雲に戦争に参加しても全滅する危険性が大きい。
「ビルくん。一応君の意見も聞いておこう」
 旗艦スピッツの艦長ビルコウイチ少将は先の戦闘で卓越した操艦技術を発揮し敵の攻撃を何度も回避した。お陰でスピッツの損壊は小破ですんでいる。
 ビルは元々一民間人でありながら五年前のクマさん星人との戦争でマーシャと行動を共にした。
 長髪を後ろで束ね無精髭を生やしたひょうきんな男である。地球統一政府のマサコ大統領とは恋人同士である。会議中だというのに電車タバコを吹かしているが黙認されているらしい。
「マーシャ司令。俺には難しいことはわかんねえ。ただ早く人の住める星を見つけて地球に帰ってマサコに会いたいだけだ。俺の命はあんたに預けてある。ただ命令に従うだけさ」
「ああ、私もそう思うよビルくん」
「もし機動猟兵のパイロット不足ってんなら俺が出てもいいけどよ」
 先の戦闘では三十七名の貴重なパイロットが戦死した。
「その時はよろしく頼む。私も出るかもしれないけどね」
 それから小一時間各提督たちは侃々諤々の議論を繰り広げた。  ブリューゲル中将が秘書AIを使って彼らの言葉を記録してゆく。
「う~んどうも結論が出ないようだね。情報が少なくてさすがのマーシャもお手上げだ。ただし地球がフォトンベルトに呑み込まれるまで、あと三十年しかないことを忘れてはならない。早く移住先を見つけて人類が住めるように環境を整えるには時間が足りなすぎる。地球のマサコさんには工業生産力をフル動員してノア級星間輸送船をたくさん建造するように頼んであるけど……どっちみちに危険な賭けに出なきゃならないのはたしかだ」
 人類移住先の第一候補である大マゼラン星雲、惑星クラリオンまでの宙域はグレイの勢力圏であるという情報がある。しかし安全策を取って敵の少ない宙域を探索しても時間切れになる恐れがある。
 突然アカイ大佐は立ち上がると皆が座る円卓テーブルの後ろに来て、壁面のホワイトボードに映し出された宇宙地図を指揮棒で指し示した。
「我々がジャノス星人との同盟を断って一直線に惑星クラリオンを目指したとしても、必ずどこかの宙域で敵と不期遭遇戦となるでしょう。幸い八隻の補給艦は無事で一年半分の食糧はある。しかし燃料と弾薬は先の戦闘で大分消費した。あと一度か二度会戦をすれば深刻な燃料不足に陥るでしょう」
 マーシャの宇宙艦隊は八隻の大型補給艦を随伴していた。一年半分のフリーズドライ食品の他に艦内に水耕栽培室がある。お陰で艦隊の将兵は毎日新鮮なサラダを食べることが出来て健康維持に貢献していた。そのため空母に次いで守るべき優先順位が高かった。先の戦闘ではビーム砲以外に実弾も多く使用されたので弾薬不足に陥っていた。
「う~ん貴官もそう考えるか」
「ここは一旦同盟を組んで補給を受ける。技術の供与も受ける。敵の詳細な情報も得られましょう。その上で勝てそうなら叩く。敵が強ければ同盟を破棄して逃げる……というのはいかがでしょうか?」
「ふふふ。兵は詭道なりってね。マーシャも同じ事を考えていたよ。よし、決まった。ジャノス星人とは同盟を結ぼう。その上で戦闘に参加するかどうか決めよう。退却を視野に入れたままね」
 ジャノス星人とは消極的な同盟を結ぶことが決まり、ミユを通じて八時間後にコンタクトを取ることに決まった。

 空母カツラギへ戦闘機を操縦して帰還途上のブンター中佐は後部座席のアカイ大佐と以下の会話を交わした。
「大佐、このままマーシャ司令に従ってよいのでしょうか?我々を使い潰す積もりかとおもいますが」
「今は従うしかないさ。私がいなくては作戦は失敗する」
「しかし我々を駒のように考えているようだ……。あんな十九の小娘よりもいっそあなたが上に立つべきです。それが人類のためにもなるでしょう」
「今私がクーデターを起こしても誰もついてこないだろう。それに彼女は若い頃の私によく似ている。……ふっ。認めたくないものだな。危うい小娘に惹かれているという事実は」
「しかしこのままでは……」
「時を待て。いずれ機会は来るだろう。彼女は前線に出たがる癖がある。私に似てな」

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