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島ひばりのゆる~い日常③小説を書いてみた
「『コミュ症で彼女が出来ない俺はひきこもり仙人生活を謳歌していたが、突如隣に引っ越してきたお姉さんと仲良くなってしまった件」』という小説を書こうと思ってるんだ」
「へ~ずいぶん長い題名だね。けど面白そう」と桜子は言った。
「うん、芸術の秋だしね。私のしょ、しょ……」
「処女作?」
「そうそれ」
なんか照れてしまった。
「すごいね。小説書くなんて」
「えへへ、まあね。でさ。その主人公の隣に引っ越してくるお姉さんのモデル桜子にしようと思うんだけどどうかな?」
「え~私が~?まあ別にいいけどね」
「ほんとにいいの?」
「うん、けどそのかわり可愛く書いてね~」
「うん、そうするつもり。桜子っぽくちょっと天然で世話好きのお姉さんにするわ」
「やった~ひばりんの小説に登場するなんて光栄だな……ひとつ聞いていい?」
「うんいいよ」
「そのお姉さんって主人公の男の子とくっつくのかな?」
「う~んまだ決めてない」
「そっか。出来たら一番最初に読ませてね」
「うん、もち」
ってこの前桜子が遊びに来たとき話たんだけど、さてどう書いていいもんか。
本格的に原稿用紙を机に置いてみたけど何も浮かばない。
やっぱまずは主人公の名前を考えねば……。う~ん浮かば~ん。同級生の名前は使えないし出来れば珍しい名前にしたいな。
それから一時間Google先生で名字を検索。
それで決まったのは猫石か猫屋敷。猫屋敷はインパクトがあって笑ってしまった。ほんとにこんなんあるんだな。でも主人公の名前には面白すぎるから却下。でももったいないから候補にとっておく。いつか猫屋敷博士とか出そ。
ということで主人公の名前は猫石笑介に決定。笑介は今なんとなく思い付いた。一応Googleで笑介を調べてみると……あ、ウィキペディアにあった!なんだこれ?
『なぜか笑介』(なぜかしょうすけ)は、聖日出夫による日本の青年漫画。
ガビーン!せっかくいい名前を思い付いたと思ったのに。みんな同じ事を考えてるんだな。仕方ないので宗介で妥協しよ。猫石宗介……うん悪くない名前だ。これでいこっと。
さあて名前も出来たし、それでは一丁書いてみますか。
吾輩は猫石宗介である。名字に猫がつくが猫を飼っている訳ではない。寧ろ猫は苦手な部類に属する。昨夜も外で都はるみの唸り声すると思って外を覗いてみたら猫の恋であった。しかもそれに呼応するかのように狸もギャーギャーけたたましく鳴き頗る安眠妨害である。これだから田舎はいかん。早く東京に出て一旗揚げねばならんと常々懊悩しているのであるが、そんなことを考えてる内に三年経ってしまった。文字通り三年寝太郎である。
このままでは一生引き籠りのままかしらんと焦りは無論ある。親には自分探しのモラトリアム期間と称して赦して貰っているのだが……。
実はさっきから小説でも書いてみようかと文机の上の原稿用紙と睨めっくらしているのであるが一向に浮かばん。昨夜書いた短編は今読むと詰まらないので破いて捨ててしまった。
万年筆を放り出し暫し頬杖をついて思案する。
窓の外から一枚の桐の葉が落ていくのが見えた。すっかり秋である。
突如ピンポンと玄関の鳴る音がした。吾輩しかいないので渋々玄関へ行く。
「こんにちは。猫石さんのお宅ですね」
玄関の三和土の上に立っていたのは桜色の着物を着た妙齢の美人である。今朝髭を剃らなかったことを悔いた。
「はあ私が猫石ですが」
「わたくし、今度お隣に引っ越してきた勅使河原縫子と申します。ご挨拶にお伺いしました。どうぞよろしくお願いいたします」
「はあ、それはどうも」
「これお土産のとらやの羊羹です。甘いものはお嫌い?」
「いえ好物です」
「そう。良かったわ。わたくし甘いものには目がなくって。あなたは学生さんかしら」
若く見えるようでよく学生と間違われる。吾輩は苦笑した。
「いえ。まあ定職にもつかずにぶらぶらしている風来坊のような者です。時々小説を書いたりしてるんですがね」
「まあ。小説をお書きになるのね。実は私も書いてるよ」
「それは奇遇ですな」
吾輩は思わず手を打った。ここに同志を見つけるとは。これぞ天の配剤というものだろう。
「ええ、中々小説を書いてる人に出会うことはなくって」
「どうです。少し上がっていきませんか?」
「ええ不躾ながらそうさせて貰いますわ。わたくし、創作上色々悩みがありまして誰かに聞いて貰いたいと思っていた処なの」
「そりゃ良かった。さ、汚い部屋ですがどうぞ」
勅使河原さんを茶の間に案内すると座布団をひっくり返し、台所へ行って不細工な手付きで茶を汲んだ。どれぐらい蒸せばいいか分からず適当にやったら濃くなり過ぎた。
「あの、どうかお構い無く」
「いえいえお茶の一つもお出しませんと」
漸く汲んだ二つの茶碗と茶請けの饅頭を盆に載せて運んだ。手が震えて少し茶を溢した。
「あまり慣れませんもんで」
茶碗を置いて勅使河原さんの向かいに座った。
「有り難う。小綺麗にしてるんですね。一人で暮らしているのかしら?」
茶を啜りながら彼女は言った。
「ええ、両親と別れて一人で暮らしてます。何分不要な物は持たない主義で、本以外に特に物は御座いません」
「ほほほ。それは宜しいですわね。私なんか物が有り過ぎて困ります」
勅使河原さんは今時珍しい山の手風の言葉遣いのようだ。
「女の人は洋服だの着物だの化粧品だの色々と物入りでしょう。男と違って」
「そうですわね。わたくし、何もかも捨て去ってこざっぱりして生きてみたいと思いますの」
「ではそうなさったらいい」
「ええ、そうしたくてここへ引っ越したんですよ。話を聞いて貰えますか?」
「ええ、お聞きしましょう」
私の目には好奇の光が輝いていただろう。彼女は一口茶を啜るとおもむろに話し始めた。
「実はわたくし、ちょっと失恋しちゃいましてね。まあ、ありふれた話といえばそれまでなんですけれど」
「失恋ですか。それは益々興味深い」
「そう、それなんですがね。わたくしの恋人というのが人間じゃないんですよ」
「人間じゃない?そりゃまた驚きですね」
「信じてくださいますか?こんなこと誰も信じて貰えないんですよ」
「ええ信じますとも。この世に不思議なことは五万とありますからね。しかし人間じゃないなら一体誰なんでしょう?」
勅使河原さんは一口お茶を啜った。
「ええ実はね……」
……うーんここまでは何とか書いたけどこれからどうしよう?
全然思い付かないや。ってか隣のお姉さん全然桜子じゃないし。まあそれはまた別の機会に書くとしよう。
とりあえず何か思い付くまで置いとくことにして飯にしよ。集中して書いたら腹減った。ほっかほっか亭に行って690円の牛タン弁当買ってこよっと。