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世界ノ終末ニ星ハ流レル


 2061年9月NASAアメリカ航空宇宙局は緊急記者会見を行った。それは76年に一度地球に最接近するハレー彗星がこれまでの楕円軌道を大きく外れ極めて地球に衝突する可能性が高いというものだった。
 この記者会見を受け世界各国に激震が走った。戦争は無くなったものの暴動を起こす者、神に祈りを捧げる者、仕事をサボタージュする者が相次ぎ各国は極度の混乱状態に陥った。
 そのため国連が各国から政治家、科学者、軍人などを集めて緊急協議を開催した結果、核ミサイルによる彗星迎撃作戦が決定した。
 満を持して行われたこの作戦で、核保有国が次々と宇宙空間に向けて核ミサイルを発射したのだが、音速の40倍で飛来する彗星に一発もミサイルが命中することなく無惨な失敗に終わってしまった。
 THE END。
 ついに人類の歴史に幕が落ちると思われたとき、一人の日本人が名乗りを上げた。
 彼の名は能戸村要三。氣功師として動物を眠らせたり芸能人を後ずさりさせるなどしてテレビ番組に引っ張りだこだったが、日本でのブームが去ると単身渡米、ニューヨークで氣功師として施術やパフォーマンスを行い人気を博していた。彼の氣功は科学者達に検証され脳波の変化や体温の上昇などが科学的に証明されていた。

 彼はマンハッタン東部にある国連に招かれて各国代表の前で演説を行い、最後にこう言った。
「一念は岩をも砕く」と。
 万策尽きた各国の代表者達は国連安全保障理事会で人類の命運を彼に託すことに全会一致で決めた。

 それからハレー彗星落下までの一週間、能戸村要三は米大統領から貸与されたエアフォースワンに乗って世界中を飛び回り、地球市民に氣功術についてレクチャーを行った。

 能戸村の要請によってハレー彗星落下予想地点の中部太平洋沿岸諸国、日本、フィリピン、インドネシア、パプアニューギニア、オーストラリア、ニュージーランド、ハワイ諸島、アラスカ、アメリカ西海岸などに移動可能な全人類を集結させることが決定した。

 遂に人類史上最大の作戦は発動された。
 各国政府が軍を総動員し地球上の3万8千機の航空機のピストン輸送により46億4000万人を移動。太平洋上には5万7千隻の大型船が集結し7億9480万人が待機し彗星落下のXデーに備えた。


 朝目が覚めると郵便ポストにカランと音がした。もうすぐ人類 が滅ぶというのに働き者もいるのもだ。顔を洗って外へ出てポス トを覗く赤紙が来ている。何とも前時代的である。
 庭には鶏頭が十四五本咲いている。すっかり秋だ。
 欠伸しながら東の空を眺めると、明るい月ほどもある凶星が尾を引きながら近付いてくるのがはっきり見えた。
 今日は人類の最期の日であった。
 吾輩、生まれてこの方まさか人類の滅ぶ瞬間を目撃するとは思わなかった。どうせいつかは果てる人生である。人類御一同様と仲良くあの世へ行けると思うと寂しくなくっていい。大変な僥倖である。
 昨今、能戸村要三なる者が現れ氣功術で彗星を破壊すると豪語しておるが毫も信じておらん。どうせインチキに決まってる。こんな詐欺師まがいの人物に人類の命運を託すなど笑止千万、片腹痛い。国連の御偉方も薹が立ったに違いない。

「おや猫石さん。あなたにも赤紙が来ましたか?」
 垣根から髭面の顔を出してこちらを覗くのは隣の森野、通称熊さんである。
「ええ、しかし人類が滅ぶってのに働き者もいるもんですな。真面目な配達夫だ」
「何呑気なことを言ってるんです。我々の力で彗星を止めて生き延びるんですよ。赤紙をご覧なさい」
 赤紙を読むと「本日凶星落下予定時刻二屋外ヘ出テ能戸村要三氏ノ指示二従イハレー彗星ヲ撃滅セヨ」と書かれていた。
 落下予定時刻まであと3時間しかない。赤紙が来ては吾輩も参加せざるを得まい。
「熊さん。指示に従えってあるが一体どうするんです?」
「あなたはテレビもラヂオも持ってないからいかん。うちへいらっしゃい。一緒にラヂオを聞きましょう」
「へえ、そうさせて貰います」
 熊さんにはいつも世話になってばかりだ。死んでしまったら御礼も出来ないだろうから深々と御辞儀をした。
「そうだ。彗星が墜ちるまでの3時間、何も食べてはいけませんよ。消化にエネルギーを使って氣が散るといけないら」
 生憎吾輩はさっき起きたばかりで朝食はこれからであった。昨夜明日が最期の朝食になるだろうと、半値じゃない寿司のパックやオードブルを買ってきたが、こんなことなら昨日の内に無理にでも全部食っておけばよかった。
「御茶は大丈夫ですか?」
「ええ、飲料は御酒以外ならよいと能戸村先生が仰ってました」
 なら精々玉露を飲むとしよう。
 吾輩は家に帰ると引き出しから玉露を出した。
 ついでに白猫のタマに鮪の刺身を一切やった。

 3時間後吾輩は森野家の縁側で熊さんと共に玉露を啜りながらラヂオを聞いた。
 吾輩は箒星を使った辞世を考えていた。恋猫の……眼に……。
「……猫石さん、始まりましたよ」
 熊さんが俄にラヂオのボリュームを上げた。
「……全世界の皆様。いよいよハレー彗星が有効射程圏内に近づいて参りました。今こそ世界中の人々が心を一つにする時です。今72億の人々が太平洋沿岸諸国に集まって待機してます。準備はいいですか?両手に氣を集めて下さい……」
 それを聞いた熊さんは急に立ち上がると酔拳の如き妙な動きを始めた。吾輩も渋々真似てみる。熊さんはスーハー息をしている。吾輩は非常に滑稽を感じて吹き出しそうになった。
「皆様。カウンドダウンを開始しますよー。……3……2……1……今です!……かーーめーーは一ーめ一ー波 ーー!!」
 吾輩は熊さんを真似て、花の開く如く両の掌を重ね合わせて凶星に向かって突き出した。

 太平洋の沿岸諸国、洋上の船に集結した77億9480万の人間がドラゴンボールの悟空と同じポーズを取った。寝たきりの人や病人など移動が困難な23億5667万人はベッドから空へ向かって祈りを捧げた。

 その時奇跡は起こった。約78億の人間の掌から迸る光り輝く氣の奔流が太平洋の上空で集まり、一筋の川の流れとなって大気圏を突き抜け、宇宙空間を地球に落下しつつあるハレー彗星を貫いた。
 破壊され四分五裂した彗星の欠片は塵となり、大気圏の摩擦熱で光り輝く流星となって地表へ何時間にも渡って降り注いだ。

 流星を見た白猫のタマはにゃーと鳴いた。




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