創作落語 大村昔噺「ぎんぎらぎんとぴんぴらぴん」
創作落語 大村昔噺「ぎんぎらぎんとぴんぴらぴん」
えー、毎度ばかばかしいお笑いで、みなさんの、ご機嫌をうかがいます。
むかしむかし大村藩に長沢勘作という身分の低い武士(お侍)が住んでおりました。この男、剣の腕はからっきしでしたが、幼いころから頭の回転が早く、機転の利く、大のとんち好きだったので、城下の人々から大変愛されておりました。なぞなぞやクイズを解くのが上手だったのですね。いまで言えばクイズ王、むかしで言えば、とんち名人の一休さんのような人物だったのでしょう。
ある日のこと。大村藩と諫早藩の国境での出来事です。両藩につづく幅の広い道の真ん中に、形のいい大きな石がごろりと転がっておりました。そこへ諫早藩と大村藩の二人の武士が通りかかりました。
「おお、これは美しか石じゃ。持ち帰って殿の屋敷の庭石にしゅうばい」
諫早藩のひとりの武士がつぶやきました。
すると、それを聞いていた大村藩の武士が怒り出しました。
「こらっ! ここはわが大村藩の領地ばい。領内の石ば勝手に持って行ったらならん!」
「なんば言うか! ここはわが諫早藩の領内。この石はわが藩のもんじゃ!」
「いやわが大村藩じゃ」「なんの諫早藩じゃ」と二人の武士は、一歩も引きません。そのうちに互いの腰の刀を抜かんばかりの怒鳴り合いになりました。
そこへたまたま通りかかったのが長沢勘作。この騒ぎを聞きつけ、あわてて走りよってきて、言いました。
「まあまあまあ、ご両人とも、そう喧嘩せずとも。ここはひとつ話し合いでいこうではなかか。ん? そうばい! この石ばどちらかが天保銭一枚で買い取るというとはどげんじゃろか?」
「なに? 天保銭一枚じゃと? それは安か買物ばい。よし、さっそく諫早藩で買い取ってくれる!」
諫早藩の武士が懐から天保銭を一枚取り出して言いました。
その言葉を聞いて、勘作はニヤリと笑いながら、叫びました。
「そらそら、化けの皮のはがれたぞ! おのれの藩の領地の石ば他の藩から買うバカがどこにおろうか。やはり、ここは大村藩領、この石はわが大村藩の石じゃ! おぬし、早々に立ち去られよ!」
「うーん、こりゃあ、まいった! まいった! 退散じゃ〜!」
「むむっ、あっぱれ、勘作! さすがわが大村藩のとんち名人じゃ! でかしたぞ!」
こうして、勘作のとんちのおかげで、大村藩の武士は踊りあがって喜び、諫早藩の武士はとっとと逃げ帰りました。「お見事、勘作どん! 剣の腕は領内一弱かばってん、とんちは領内一の名人じゃ!」この話を聞いた領民たちにもたいそうな評判となりました。この美しい大きな石は、のちに大村藩のお殿様の屋敷に運ばれ、立派な庭石になったということです。
さて、またある日のこと。大村の漁師が海にしかけた網に、珍しい魚がひっかかりました。その魚はヘビのように細長く、うろこがピカピカと光って、まだ誰も見たことのない魚でした。そこで、漁師たちは集まって話し合い、この初めて見る珍しい魚を、お殿様に献上することにしました。
「殿、この漁師たちが珍しき魚を献上品として持って参りました」
藩のお重役は漁師たちを殿様のもとへ案内しました。
「ほほう、どれどれ。おおっ、こ、これはまことに珍しき魚じゃ! その者たち、即答を許すぞ。これはどこでとれた魚じゃな?」
「お前たち、直接お答えしてもよいと、殿の仰せじゃ。早くお答えせんか」
漁師たちは頭を下げたまま口々に答えました。
「へへい。大村湾にて今朝とれたばかりの魚でございますたい」
「うむ。それで、この魚の名はなんと申す?」
「は? 名前ですか? 名は……」
「そうじゃ。名はなんと申すのじゃ?」
「これ、早く殿へお答え申さぬか!」
「へへい。そいが、おいたちも初めて見る魚でございまして、名は分かりません」
「な、なにい? 分からぬ? ええい、余はこの魚の名が知りたい! 城内に誰ぞ名を存じておるものはおらんのか?」
「これ、殿のお申し付けじゃ。珍しき魚の名を存じておるものはおらぬか?」
しかし、居並ぶお城の家来たちも誰ひとり答えられません。すると、お重役が扇子ではたと膝を打ちながら言いました。
「おおっ! そうじゃ! あの男じゃ! あの男を呼べ! 勘作じゃ、勘作じゃ!」
こうして、殿の御前に勘作が呼ばれることになりました。
「勘作、さっそくじゃが、この魚の名はなんと申す? 見事、答えられたら褒美をつかわすぞ」
「ははっ。ありがたき幸せ。この魚はたしか……」
と言ったものの、実は勘作も初めて見る魚で答えられません。
「この魚はたしか、なんじゃ? なんと申す? さあ、勘作、答えてみよ!」
しかたがないので、勘作はとっさに思い浮かんだ名前を口に出しました。
「ははっ。殿、この魚はぎんぎらぎんという魚でございます」
「なに? ぎんぎらぎんとな? うーむ、まことその名に相違ないか?」
勘作の言ったその奇妙な名前に、納得のいかない顔のお殿様ではありましたが、「間違いございません」と勘作が自信満々に言うので、「うーむ、よし、勘作に褒美をとらせよ!」その日、勘作は金十両の褒美をもらい喜んで帰りました。
それからしばらくたったある日のこと。漁師たちはあの珍しい魚の干物をつくり、お殿様に献上しました。
「おお、これは美味じゃ。酒の肴にもよいのう!」
殿様は、この干物を見て、ある考えがうかび、ニヤリとして言いました。
「ん? そうじゃ、勘作じゃ、勘作をこれへ呼べ!」
再び勘作が殿の御前に呼ばれました。殿様はニヤニヤしながら勘作にたずねました。
「勘作、余は最近もの忘れで困っておる。これはいつぞやの珍しき魚を干したものじゃ。はて、この魚の名はなんと申したかの? 今一度教えてくれぬか?」
「ははっ。その魚の名は……」
「この魚の名は?」
「たしか……」
「たしか、なんじゃ? ええい、早う申せ!」
困ったことに勘作は、以前とっさに答えた名前をすっかり忘れていました。
「どうじゃ? たしか、なんと申した? ん? 早よ答えよ勘作!」
「こ、これは、……ぴんぴらぴんという魚でございます」
「なにい? ぴんぴらぴんじゃと? うーぬ、だまれ、だまれ、だまれ! 以前はぎんぎらぎんと申しておきながら……、この偽りもの! 許せん。勘作をとらえよ。縄を打て! 打ち首じゃ!」
さあ大変、お殿様はかんかんです。勘作はあっという間にまわりの家来たちに取り押さえられ、縛り上げられてしまいました。哀れに思ったお重役は「これ勘作、打ち首になる前に何か言い残すことはないか?」とたずねました。
縛り上げられた勘作は神妙に答えました。
「では、ひとつだけ」
「よし。申してみよ」
「ははっ。おいの言うたことが間違いならば、いかを干したものをするめとは言われません。本日より、領内ではいかをするめと言う者をみな打ち首にするおつもりなのでしょうか? これでは領内に大勢の罪人が出ますばい」
その勘作の言葉を聞いた殿様。はたと扇子で膝を打ち叫びました。
「なるほど! これはまいった! たしかにいかも干せばするめじゃ。いやあ、余が悪かった。勘作の打ち首は取りやめじゃ。代わって金二十両の褒美をつかわすぞ!」
「ははあっ。長沢勘作、ありがたき幸せに存知まずばい」
「勘作、見事じゃ! あっぱれじゃ! わっはははっ……」
「勘作、よかったのう。よかった、よかった」
「ほんに勘作どんは、領内一の、いや、日本一のとんち名人じゃ」
お重役も漁師たちも喜び、ホッと胸をなでおろしました。
こうして、一件落着。勘作は殿から金二十両をもらって、大喜びで城から帰りました。
『世に争いの種は尽きずとも、とんちで解決できぬものはなし。大村に、笑いの花が今日も咲く』勘作とんち噺「ぎんぎらぎんとぴんぴらぴん」の一席でございました。
お後がよろしいようで。