君笑う町


俺はこの街が嫌いだ。
ありきたりな建売住宅、見栄えのしないショッピングモール、萎びたノボリ、そして綾子。
いつも薄汚れた町で彼女の存在は異質だった。愛想がいいわけでもない、一際見目麗しいわけでもない、ただ彼女の周りの空気が澄み渡っていた。

そんな彼女を初めてみたのは六月。先週から降り続く雨の中、図書館に向かっていた時だった。
傘から滴り落ちる雫と雨の音に包まれて歩いていると目の前に、憂鬱そうに点滅する歩行者信号が私を呼び止めた。

仕方なし立ち止まり、横を見ると綾子は傘もささず雨の中佇んでいた。
しかしながら、彼女の周りだけは晴れ渡っていた。周りと言っても、彼女のシルエットに沿った数センチの空間だけだが。
彼女は清々しい笑顔をたたえ見つめた憂鬱な信号を赤面させた。
「ごきげんよう。」
「あっ、ご、ごきげんよう。」
「あなた私を見る初めてかしら?」
「え、うん。あ、先週越してきたばかりだから。あの君は?」
「私は浅井綾子。苗字は浅いけど、人間性は深くありたいそう思って毎日過ごしているわ。ただあなた?人に名前を聞く前に自分が名乗るべきではなくって?」

決して早口ではない。ではないのだが、相手を焦らせる緊迫感そして圧倒的王者感が漂っている。正直嫌いだ。
「あっ、ごめん。僕菊川。菊川翔。姫ヶ丘高校の2年になる予定なんだけど…」
一瞬の言い淀みも逃さず虎が吠えた。
「なんだけど、そこで止めて興味を引こうとするのはよしなさい。菊川君、君が思うほどあなたの出来事は幸せでも不幸でもないの。それを決めるのは未来のあなたであり、どこかの他人よ。」
「え、うんなんかごめん。」
「謝れたわね。菊川君。君はまだ見込みがあるわ。街が晴れたら又会いましょう。ごきげんよう。」
雨音と機械仕掛けのカッコーが響き渡る交差点。
秘密をばらされた様な焦燥感と媚びた自分の情けなさに震えながら見据える先を綾子は颯爽と歩いて行った。


畠中真紀子の場合

「また休み…」
今学期に入って不登校になる生徒が半分以上。
はっきり言って異常だし、教員としても、肩身が狭い。
「畠中先生。ちょっと…。」
「はい…」
慌てて席を立って、教頭の後ろを歩く。安物のスーツに安い香水の匂いを纏った処刑人に続く。ふと横を見ると気の毒そうに私を見る諸先輩方。私にとってはこの廊下がゴルゴダの丘への道だ。
丘につけば、毎度毎度教頭に呼び出されクドクドと尋問。
畠中先生生徒と年齢の近いあなたにしか聞けないこともあると思います。って、年齢だけで理由話すほどあの子達は心は広くない。それで理由が分かるくらいなら仕事を変えて、とっくに教員なんてやめてる。
10年前の私にあった熱意や目標はなく、今はただ毎日を何とかやり過ごす毎日だ。
小さい背中が止まり尋問部屋の扉が開く。

「どうぞ掛けてください。」
「あの、本当に申し訳ありません。私なりに全力で取り組んでいるのですが…」
静寂。おかしい。少し顔を上げるときまりの悪そうなドクターワリオがいる。
「あ、うん、畠中先生。あなたはよくやってますよ。いや今日はお願いがあってこちらにお呼びしたんです。」
しまった、墓穴だ。それも後に引けない墓穴。もう、お願いとやらを聞くしかない状況
「は、はい。失礼しました!それで…あのお願いとは何でしょうか?」
「転校生が来るんです、来週。わかりますね?畠中先生?」
「あっ、はい!2年5組でお受けします!」
「いやぁ!受けてくれると思ってました!畠中先生は話がわかるから助かりますよ。」

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