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「空飛ぶサーカス」001.事件がおこった

 ある町にシルバーサック団長がひきいる小さなサーカスがありました。

団長の名前のシルバーサックというのは、シルバー=銀、サック=袋、つまり銀の袋という意味です。

 シルバーサック団長は、毎日サーカスが終ると切符売りの娘パパゲーナにその日の売り上げをすべてもってこさせるようにしていました。

パパゲーナが持ってきたお金を数えて、その日にどのくらいの売り上げがあったのかを自分の目で確認することが団長の最高の楽しみでしたし、それを、寝るまえの日課にしていたのです。

だから毎日、売り上げを確認するまでは、ベッドに入っても絶対に眠ることができませんでした。そんなわけでしたから、勘定をはじめても計算が合わなかったりしたら、たいへんです。夜中どころか、朝がきてもまだ団長がお金を数えているなんてことも珍しくありませんでした。

 

 サーカスに人がたくさん入れば、お金がたくさん集り、団長が数える時間がそれだけ長くなります。町の人気ものだったサーカスにはたくさんのお客さんがやってきましたから、団長はかなりひんぱんに寝不足になるというわけでした。

しかし、寝る時間が少なければ少ないほどきげんがいいというのですから、まったくこまった団長でした。

窓からのぞいている月も、シルバーサック団長のあまりの熱心さとお金の多さにあきれてしまうということもしぱしぱでした。

 

 でもこれはまだいいほうです。もし逆に、サーカスにお客さんが入らずにガラガラだったりしたら・・・。

そんな日のシルバーサック団長は、お金の計算が簡単で早くベッド入ることができるというわけですが、だからといって団長が大喜び、なんて思ったら大まちがいです。

売り上げが少なかったりすると、これはもう団員にとっては一大事です。もうけが少ないことに腹をたてた団長が、団員たちを大声でどなりちらすのです。

そのおかげで、今度は団員たちが寝られないというわけです。

 

 ふつうサーカスの団員たちはテントの横にある移動車で寝泊りしていますが、このサーカスではシルバーサック団長だけはホテルに泊まっていました。

団長がそばにいないからといって、団員たちはけっして安心したりはしません。売り上げが少ない時は、シルバーサック団長はなかなかホテルに帰りませんし、あげくのはてには移動車で寝ている団員を起こしてはどなったりするからです。

 

そんな夜は、さすがに月もあきれて、厚い雲の陰に顔を隠したりしています。シルバーサック団長はこうしてしばしば月にも迷惑をかけているのです。

 

 さて、売り上げの勘定が終ると、シルバーサック団長はお金を3つの袋に分けます。1つは赤い袋、1つは緑色の袋、そしてもう1つは銀色の袋です。

それぞれの袋はちゃんと使いみちが決っていて、赤い袋にはサーカスの団員の給料が、緑色の袋には動物たちのエサ代やいろいろな支払にあてる金が入れられます。

そして、最後に残った銀色の袋、この中にシルバーサック団長の取り分かどさっと入れられるというわけでした。

 こうして、無事にお金をそれぞれの袋におさめると、団長の仕事も無事に終るのですが・・・、ある日のこと、大変な事件が起りました。

 

 その日、いつものようにシルバーサック団長はサーカスの事務所でお金の勘定をしていました。無事に計算が終り、お金を袋におさめたとき、サーカスのテントから物音が聞こえたような気がしました。団長はそっとテントの中に入り、明りをつけました。しかし、テントの中にはだれもいませんし、何も異常はないようでした。

 

 「おかしいな、たしかに何か音が聞こえたはずなんだがなあ……」シルバーサック団長は首をかしげながら、テントの明りを消して、お金の袋が置いてある部屋に戻りました。

そして、袋を片付けようとして、驚きました。なんと、3つあったはずの袋が2つしかないのです。しかも、あるのは赤い袋と緑の袋で、よりによって、命と同じくらいに大切な団長の銀色の袋があとかたもなく消えていたのです。

 団長はすぐに警察に電話をして呼びました。

 

 受話器を下ろして間もなく、遠くから「ピーポー、ピーポー」とパトカーが近づいて来る音が闘えてきました。

 パトカーから降りたのは、事件の捜査ではこの人の右に出るものはないという泣く子も黙るメッサーシャーフ警部でした。これまでも大事件には必ず登場し、数々の難事件をすべて解決してきたという名警部です。

メッサーシャーフ警部に続いてパトカーからたくさんの警察官と刑事が降りてきました。そして、さっそく指紋をはじめ犯人の手がかりを探しはじめました。

 

 「テントはすぐ近くだし、行き帰りには誰にも会わなかった。だから犯人は窓から忍び込んだにちがいない」シルバーサック団長は言いました。

 「あったぞ! この窓のところに指紋がある。犯人の指紋にちがいない」指紋を調べていた刑事の一人が叫びました。

 

 やった、これでもう犯人は捕まえたも同じだ!とわきたちましたが、よく調べてみると その指紋はシルバーサック団長のものであることがわかりました。

 「ここにもあったぞ!こんどは問違いない! パイプたばこの跡もあるぞ。」別の刑事が叫びました。

 

 「シルバーサック団長、あなたはパイプたばこをすいますか?」メッサーシャーフ警部が団長に尋ねました。

 「いや、わしはたばこはすわん」

 「では、最近、誰かパイプたばこをすう人がお客さんに来ませんでしたか?」

 「わしが覚えているかぎりはだれもこの部屋に入ってはおらんはずじゃ」シルバーサック団長はこたえました。

 

 「では、サーカスの団員でパイプたばこをすう人はいますか?」メッサーシャーフ響部が尋ねました。

 「よく知らん」

 「それでは、団員に直接聞いてみることにしよう」メッサーシャーフ警部はそう言うと警官を2、3人連れて部屋を出て行きました。

 

 警部は団員たちが住んでいる移動車をたずね、次つぎにノックしては、「パイプたばこをすっているかどうか?」を聞いてまわりました。

 警部がアザラシの調教師アンナの移動車にやってきたとき、アンナは酔っぱらって眠り こんでいました。警部はアンナを起こして、たずねました。

 

 「えーっ、なんだって? おまえさんのパイプで、あたしを喫うかって?」アンナはずいぶん酔っていましたので、頭がこんがらかっていました。

 アンナの態度を見て、メッサーシャーフ警部は怒りました。

 「ちゃんと私の質問に答えなさい。さもないと、公務執行妨害で逮捕するぞ」

 

 残念ながら、メッサーシャーフ警部の言葉はまったくアンナには通じませんでした。

というのは、警部の言葉が終らないうちにアンナは眠りこんでしまっていたからです。

いきりたつ部下をおさえてメッサーシャーフ警部は「もういい、十分だ」と満足しました。話している間にすばやくアンナの臭いをかいで、彼女がたばこをすわないことをたしかめていたからです。

さすがは名うての警部です。「アンナはたばこを喫わない」しっかりとノートにメモを書き込んだのは言うまでもありません。

 

 次の移動車では、メッサーシャーフ警部は何度も何度もノックをしなくてはなりませんでした。みんな寝てしまって誰もなかなか起きてこなかったからです。

ずいぶん長い時間待ちました。事件の取り調べでは、待つことが仕事、これがメッサーシャーフ警部のモットーでした。

 

しばらくすると、やっと中からカタカタという音が間えてきました。どうやら起きだしたようです。そこで警部はドアー越しに声をかけました。

 「キミはパイプたばこをすうかい?」

 すると突然、ドアーの中からラッパの勇ましい音が聞こえてきました。

びっくりしたメッサーシャーフ警部は飛び上がり、あぶなく象のオリにはまってしまうところでした。

 

 「ふーっ、びっくりした!」警部はあわてて次の移動車に向かいました。

 次の移動車は、象の調教師のビンポーの家でした。

メッサーシャーフ警部がビンポーの移動車に着いたとき、夜中に急にたたき起こされたビンポーはまだ完全に眠りからさめていなくて、半分ねぼけていました。

だからビンポーがメッサーシャーフ警部の言ったことを半分しか理解できなかったのも無理のないことでした。

 ビンポーはどうしたことか、「キミはパイプたばこを喫うのかね?」というメッサーシャーフ警部の質問を、「おいキミ!パイプたばこを喫いたまえ!」と言われたとかんちがいしたのです。

 

 「ふん、あほらしい! こんな夜中に起こして、人にパイプたばこを喫えだなんて、とんでもないことだ!」ねぼけ頭でビンポーはそう考えました。

ドアーのすき間からのぞいてみると、警官の格好をしておもちゃのピストルを持った人間が立っているではありませんか。こんな遊びにとても付きあっていられない。彼は「ばかもの!たばこくらい自分で喫いたまえ!」そう叫ぶと警部たちの目の前で、ガーンーとドアーを勢いよく閉めました。

 

 「こら、わしの言っていることが分からんか!」メッサーシャーフ警部はビンポーのごかいをとこうと大声をあげましたが、すぐにあきらめました。

というのは、ビンポーはもうベッドにもぐりこんで大きなイビキをたてていましたし、「けしからん!」と持っているピストルでビンポーを撃とうとする若い警官をなだめるのに精一杯で、ビンポーを起こしてもう一度質問する余裕などなかったのです。

 

 次の移動車には楽隊長のハンス・ゲオルクが住んでいました。

 「あんたはパイプたばこをやるかね?」メッサーシャーフ警部は尋ねました。

 「なに、パイプ? いや、パイプを鳴らしたことはないなあ。フルートやトランペットならよく鳴らすがね」ぐっすり寝ていたところを起こされて、寝むそうに目をこすりながら楽隊長がこたえました。

話が理解されていないようです。

 

 メッサーシャーフ警部はここまでの捜査で、すっかりやる気をなくしていました。

「いったいここのサーカスの人たちはなんという連中なんだ! パイプたばこの犯人の捜査は、今日はこれでヤメだ、やめ。つづきは明日だ!」そう言うと警部は警官たちを連れて帰って行きました。

 

 さて、自分がもらうはずのお金を盗まれてしまったシルバーサック団長は、その晩はベッドに入っても眠ることはできませんでした。目を閉じると銀色の袋がうかび、頭の中でサーカスの団員のだれが盗んだのか、一生懸命犯人さがしをくりかえしました。

「もし、犯人をつかまえたら、そいつはサーカスからそくざに永久追放だ!」シルバーサック団長は決心しました。犯人はだれかと考えると興奮してなかなか眠れません。団長は散歩にでることにしました。

●●●

 団長は近くの公園にでかけていきましたが、そこで彼は思いがけないものを目にしました。芝生の上に切符売りのパパゲーナがいるのです。

彼女は一生懸命になにかをしているようでした。よく見ると、どうやらコインを空中に高く放り投げては、月の光を浴びてそれが芝生の上に落ちてくるのを待っているようです。そして芝生の上に落ちたコインをながめては笑みをうかべたり、頭をふったりしていました。しばらくするとまたコインを高く投げ、拾い、ふたたび空中高く投げあげる……それを何度も何度もくり返していたのです。

 しばらくパパゲーナの様子を見ていたシルバーサック団長は、やがてパパゲーナに近づいて行きました。

「やあパパゲーナ、きみはいったい何をしているんだね?」

「コインを使ってお月さまと話しているのよ」パパゲーナはこたえました。

「月と話す? どういうことかね?」

「お月さまはいろんなことを知っているから、それを教えてもらっているのよ。たとえば何か願いごとがあれば、それがかなうかどうか、お月さまは教えてくれるの。むずかしいことじゃないわ。」

「ほう、おもしろそうだね。いったいどんなふうにやるんだい?」

「まず、願いごとをとなえながらお月さんに向かってコインを高く投げ上げるの。そのコインが下におちた時に、表なら願いごとがかなうし、裏だったら願いごとはかなわない。お月さまがそれを教えてくれるのよ」

「それはあたるのかね?」

「ええ、お月さまは何でも知っているみたい。外れたことなんて一度もないわ」

「なるほど、とてもおもしろそうな遊びだね」シルバーサック団長はそう言いながら、もしかするとこの方法で、盗まれたお金の行方がわかるかもしれないぞ、と考えました。そして、パパゲーナに「お金の行方を聞いてくれないか」と頼もうとしましたが、その時また、ひとつの考えが頭にうかびました。もし、パパゲーナがお金を盗んだ犯人だったとしたら? だいいち、わしが金を数えていることを知っているのはパパゲーナだけだし、こんな夜中に外にいるのがおかしい、しかも、お金を使って遊んでいる! それに、月と話しをしているなんて言っているがそれだってあやしい? 考えれば考えるほど、パパゲーナが怪しくなってきます。

 

 不安になった団長は、パパゲーナに遠回しに聞くことにしました。

 「ねえパパゲーナ、それで月に何を聞いていたんだい?」

「大切なことよ。ないしょ、ないしょ。教えられないわ」パパゲーナはこたえました。

 言えない?これは、いよいよ、パパゲーナはあやしいぞ? さっそく、メッサーシャーフ警部に報告しなくてはいかん、シルバーサック団長はそう思いました。

「どうしてわしに、教えられないのかね?」シルバーサック団長はつづけて尋ねました。

「もしそれを言ったら、団長さんは私をクビにするにきまってます」パパゲーナはこたえました。

 うん、これはますますもってあやしいぞ、パパゲーナこそ犯人に違いない。ああ、ここにメッサーシャーフ警部がいれば、すぐに逮捕できたのに! シルバーサック団長は残念がりました。いや、なにもメッサーシャーフ警部の助けをかりる必要はないな。シルバーサンク団長は、思い切ってパパゲーナに言いました。

「パパゲーナ、残念だが私にははっきり分かっている。君こそ、わしの銀色の袋を盗んだ犯人に違いない!」

「ああ、神さま!」パパゲーナはおでこをポンとたたいて言いました。「やっぱり、お月さまの言うことは正しかったんだわ!」

「なっ、なんだって? 月がどうしたって?」団長はあわててパパゲーナに聞きました。

「団長さんは私が月に何を閔いていたのか、知りたがったわよね。自分で聞いてみればいいわ。お月さまはもうすぐに顔を見せるから!」パパゲーナは言いました。

 

 

 

Fz01.事件がおこった-5

 

 パパゲーナの言ったとおり、間もなく月が出てきました。なんと、その月はおいしそうにパイプたばこを喫っているではありませんか! 「犯人はパイプたばこを喫っている人間」、シルバーサック団長の頭にメッサーシャーフ警部の言葉がうかびました。

「これはこれは団長さん、私になにか用かね?」月の声が突然近くで聞えました。

「うわっ、これはおどろいた!」気がつくと月がシルバーサック団長のとなりに立っています。あまりのことにあわてながらも、シルバーサック団長は一生懸命考えました。そして、言いました。

「よろしい、キミに3つだけ質問がある。答えてくれるかね」

「何のことだかよくわからないが。」月は言いました。「とにかく質問をしてみたまえ」

「第一の質問は、わしの銀色の袋の行方だ。キミはあれがどこにあるか知っているのかね?」

 月は口からパイプをはずすとたばこの煙をシルバーサック団長の顔にふーっと吹きかけました。団長は煙にむせ、ゴホンゴホンとせきこみました。その時、月が何かを言ったようでしたが、団長には、月がしゃべった最後の部分だけしか聞こえませんでした。

「・・・・・・の方が、キミよりずっとお金を必要としているんだよ」

 シルバーサック団長はあきらめて2つ目の質問をしました。

「では次の質問だ。誰がわしの銀色の袋を盗んでいったのかキミは知っているのかね?」

 月はまた、こたえながら煙をつよく団長に吹きつけました。団長は煙を吸うまいと息を止めて力一杯こらえました。そしてそのことに気をとられて、またまた、月が言ったことを聞きのがしてしまったのです。うーん、困ったぞ。まあいい、犯人はメッサーシャーフ警部がつかまえてくれるだろう、団長はそう考えました。そして最後の質問をしました。

「この娘は、キミに何を聞いていたのかね?」

「なになに、これはなかなか答えにくい質問だ。しかし、よろしい答えよう。ただ、その前に一つだけ約東をしてもらわなくちゃならん」月は言いました。「どんなことでも、この娘さんを絶対にクビにしないっていうことをね」

 もしパパゲーナが犯人だったらクビにしないわけにはいかないなあ、よわったな、どうしよう、はてさて、困った、いったいぜんたい、うーむ、ふーむ・・・シルバーサック団長は頭をかかえて迷いました。

 「いいだろう、約束しよう」さんざん迷った末に、とうとう団長は知りたいという誘惑にまけてそうこたえました。そうキミたちにはまだ言っていなかったけれど、シルバーサック団長はとても知りたがりだったのです。

 さて、この時ばかりは、たばこの煙は団長の顔にはかかりませんでした。というのは、月はパイプをすい終っていたからです。

 「この娘さんはね、サーカスの団長が、ということはつまりキミのことだがね、悪魔に売りわたされるべきかどうかを聞いてきたのさ」

 それを聞いてシルバーサック団長は、悪魔に売るなんてけしからん!と思いました。でも、相手は月です。怒ったりしたら、押しつぶされてしまうかも知れません。団長は黙っていました。ちょっとまてよ、犯人ならわしを悪魔に売ろうと考えるかもしれないぞ。なぜなら、わしがいなくなれば、銀色の袋の行方はだれも気にしなくなるはずだからな、ますますパパゲーナはあやしいわい! そんな考えが頭のなかにうかびました。

 

 

 

Fz01.事件がおこった-6

 

 気がついたときには、そこにはシルバーサック団長とパパゲーナの二人しかいませんでした。月はまた、もとのように空の上にいました。よく見るとニヤニヤ笑っているようでもあります。

 パパゲーナもまた、二コニコしていました。「もう一度、コイン遊びをしてみますか?」彼女は聞きました。そして、手にいっぱいのコインを差し出しました。

 シルバーサック団長はたいへん知りたがりでしたので、自分が悪魔に売られるべきかどうか、そんな恐いことはいやだと思いながらも、知らずにすませることはできませんでした。団長はパパゲーナの手を下から押し上げ、いっぺんに全部のコインを空に放り投げました。そして、コインが落ちてくるのを待ちました。しかし、驚いたことに、コインは一つも落ちてきませんでした。いったいどこにいってしまったのでしょうか。

 あまりのことに、シルバーサック団長は口をあけたまま、しばらくポカンと立っていました。

「いったいぜんたい、これはどうしたっているんだ!」

 しかし、驚くのはそれだけではありませんでした。月がまた隣に立っていて、しかも、手にいっぱいのコインをジャラジャラいわせているのです。

「なんで、キミがそのコインをもっているんだ」シルバーサック団長は尋ねました。月はこたえる代りにコインを芝生にジャラジャラとばらまきました。芝生の上にコインが星のように散らばって光っています。ところがどうでしょう、今度はそのコインが逆に月の手の中に吸いつけられているのです。月はただ立って手を広げているだけです。コインはまたたく間に、また元どおり月の手の平の中に収まってしまいました。あっけにとられている団長に、月は言いました。

「おや、キミは私がとても強い磁石を持っていることを知らなかったのかい? これがあるから私は潮の満ち干を起こせるんだよ」

 そして、パパゲーナに向かうと小さな声で、

「パパゲーナ、キミを疑うような団長はやっぱり悪魔にプレゼントしてしまったほうがいいようだよ」

 そうささやきました。そしてコインをシルバーサック団長の足下に投げると、すっと消えてしまいました。

 シルバーサック団長は、いまや絶対の自信をもって、銀色の袋を盗んだ犯人を知っていると思いました。パイプたばこをすっていて、しかもお金の袋を引きつける強い磁石を持っている人間、いや動物? いや鉱物? いや星? いや、いや、いや……?

 

 

 

Fz01.事件がおこった-7

 

 あくる日、団長は朝起きるとすぐにメッサーシャーフ警部のところにかけつけ、「犯人がわかった、すぐに逮捕してくれ!」と訴えました。

団長の話をじっくり聞いたメッサーシャーフ響部は腹をかかえて笑いだしました。

「『お金を盗んだ犯人は“月”でした。探してください!』なんていう看板を、警察がかけられると思っているのかね? それに、私たちの法律は人間についてのもので、宇宙にまではとても面倒をみられんのです。こんな冗談はダメ、だめ。あんたには何でも協力してあげたいけれど、月まではとてもツキあえん!」

 

 一方パパゲーナは、あの晩のできごとがあって以来、月の占いがさらにうまくできるようになりました。いまでは、切符売場に座って入場券を売るだけでなく、サーカスに出て人気者にもなっています。彼女は月がでている晩にしか出演しませんが、コインを使ったマジックは不思議とよく当ると大評判になりました。プログラムには〈魔法使いパパゲーナの不思議な予言〉と書かれていました。

 パパゲーナが舞台で予言ショ―をやるときは、大きなテントの天井は開けられ、月の光が射し込むようにされます。舞台に出てくるとパパゲーナはまず観客から、教えてほしいことを受け付けます。そして、コインを空高く投げ上げ、落ちたコインの裏/表によって、イエス/ノーのこたえを観客につたえます。ただコインを投げ上げているだけのように見えるのですが、予言が外れたことがないのでたいへんな人気を呼んでいるのです。

 たとえば、こんな相談ももちかけられます。

 ある日のこと、観客席でパパゲーナのマジックを見ていたパン屋の親方、ザウアーブロート氏がぜひともパパゲーナに聞いてみたいと手を上げました。彼の弟子のプレッツェルが、最近、朝ご飯を食べ終ってからもしばらく椅子に座っていて、なかなか仕事にとりかかろうとしないというのです。もしかすると、私の目をかすめてプレッツェルはズボンに糊をつけていて椅子とくっついてなかなか離れないようにしているのではないか? もしそうだとするとけしからん。注意しなくてはいけないので、それを教えてほしいというのです。

 こんな質問でも、パパゲーナは月のこたえをちゃんと伝えます。どんなこたえだったか

 って? いや、あまりにばからしいので、私も忘れてしまったよ。

 またある時は、パパゲーナのマジックの人気を聞いたメッサーシャーフ警部が、観客にまじって見物したそうです。そして、どなたか質問はありませんか?というパパゲーナの声に手をあげ、
 「この国で一番りこうなのが自分かどうか」
を知りたがったそうです。

 パパゲーナはコインを投げて、占いました。しかし、コインが落ちてきた時には、パパゲーナは口をつむってなにもしゃべらなかったそうです。

 よほどこたえにくかったのでしょう。パパゲーナのほうが、警部よりりこうだということかもしれないね。

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