074.経済的な豊かさのみを対価とする文明の悪を回避する
「2.勤勉は近代産業とともにやってきた」でご紹介した岩倉使節団の「特命全権大使米欧回覧実記」には、欧米の社会や産業の見たままが記されています。
使節団は、日本国内の実情と比較して、経済発展のすさまじさに目を見張りましたが、同時に、英国での貴族や富豪と庶民の間にある格差の大きさや、市中の治安の悪さに驚かされています。
ノンフィクション作家の泉三郎は、1984(昭和59)年に「明治4年のアンバッサドル」(日本経済新聞社)を著わして以来、この欧米回覧の実態を研究し紹介していますが、また、自身のwebページでも、欧米各国の経済発展のすさまじさに驚きながら、他方で、経済発展、あるいはそれを実現した各国の負の部分を「文明の悪」として以下のように紹介しています。
「政治の目的が利益追求と保護にあることに対する、東洋政治の理想型である道義政治に照らしての批判が書かれています。そして、西洋の民は「欲深き民」であり、「快楽追求の民」であり、「資性元悪なり」とし、それが国際間で帝国主義となって「弱肉強食」の世界を現出しているとも分析している」(⑩『岩倉使節団と久米邦武』泉三郎
http://www.gakusai.org/gakusai/10/gakusaijin.html)。
視察で見た圧倒的な産業の発達に驚き、早く追い付きたい、としながらも、その陰の部分ともいうべき、貧富の差や道義の欠如、経済的な豊かさのみを対価とする考え方に、精神的な欠陥を感じているのです。
幕末に来日した駐日大使ハリスは日本を称して、「富者も貧者もいない貧しくとも平和に暮らす国」と書きましたが、そうした日本とは大違いと視察団一行は感じたのでした。
そして、岩倉具視は、マンチェスターでタイムズの記者のインタビューに答えて、「われわれは訪問した諸国から、西洋文化の長所はなんでも取り入れたいと思っているが、同時に、文明の発展に伴って各国に発生したと思われる弊害を回避するように努めるつもりだ」と語ったといわれている。
弊害を回避するとは、つまり、西欧文明が経済発展の裏側に抱えている「富の配分のいびつさ」と「治安の悪さ」です。米国や英国の社会を見ていると、共和制で民主主義+資本主義が行われているために、富の分配が偏って貧富の差が大きくなり、治安が悪化しています。
これを回避する解決策として明治政府がとったのが、庶民の意識を高める教育の機会均等化と、庶民に政治をゆだねる共和制ではなく立憲君主制でした。久米邦武は欧米回覧実記の中で「英米蘭などは町人国家なり」と書いています。