1-2.君子も経営者も豹変する。
1-2.君子も経営者も豹変する。
ダイエー会長 中内 功
本質をはずれた朝令暮改が問題外なのは言うまでもない。とはいえ、朝令暮改するほうはいいだろうが、される部下のほうは楽ではないという意見も出そうだ。しかし、これは部下にとっても自分の行動について同じことが言えるわけで、いったん決めたことだからと後生大事にそれを守っているだけでは、変化の激しい時代に生き残るのは難しい。
もっとも、こうした意味の言葉を使い始めたのは鈴木敏文が初めてではない。今を去ること40年も前から、常にこれを心がけてきた男がいる。ダイエー会長の中内である。
中内が大阪・千林に「主婦の店ダイエー」の第一号店を開店したのは昭和33年である。そして、創業2年目には年間18億円という驚異的な売り上げをあげる。しかし、スタートは決して順風満帆というわけではなかった。
開店初日こそ28万円を売り上げたが、2日目、3日目となるにしたがって、売り上げが落ちてゆく。三軒隣にあった「クスリ・ヒグチ」がダイエーを下回る低価格で競争を仕掛けてきたからである。ダイエーの売り上げは下がり続け、5日目には売上高はとうとう8万円まで落ち込んでしまった。
そこで中内は偵察部隊を繰り出してクスリ・ヒグチの値段を調べ、その値段を参考に自分の店の値段を決めた。秋葉原式の値付けである。もちろん相手も同じことを始めるから、結局は一日に数回、価格を変更することも珍しくなかった。まさに朝令暮改は日常茶飯事だったのである。
低価格競争はこのまま地獄へ通じるスパイラルのように、どちらか一方が倒れるまで続くかと思われた。そうした局面を打開したのは、中内のアイデアであった。
それまで、菓子類は大きな瓶に詰めて店頭に並べ、客の注文に応じて量って袋詰めして販売していた。しかし、この方法は、特に大阪というシビアな土地柄、量の多少や詰め方で客とのトラブルが絶えない。しかも、常に量り売り店員を必要とする。
これを解決する方法として、中内は袋詰めした菓子を店頭に並べるようにしたのである。これで客とのトラブルがなくなり、店員の手間も省けた……一挙両得のアイデアであった。この方法がどれほど優れた方法であったか、現在の菓子類の販売方法を見れば、一目瞭然である。中内が単に安売り王ではなく、流通改革の旗手と呼ばれるのは、こうした斬新なアイデアを生み出していることにもよる。
その後、中内の「君子は豹変する」という言葉が、一度マスコミを騒がせたことがあった。昭和63年である。
あるスポーツ紙が、ダイエーによる南海ホークスの買収をスクープしたことがあった。詰めかけたマスコミに対して、当初、中内は「根も葉もないこと。これ以上書くと告訴も辞さない」と突っぱねた。が、中内は1ヶ月後には記者団の前に満面に笑みたたえて現れると、「ダイエーによるホークスの買収と福岡へのフランチャイズの移転」を発表したのである。
「君子も経営者も豹変する」というのは、記者団が「1ヶ月前には事実無根と否定したではないか」と詰問した時の中内の答えである。
中内は「贅沢品は百貨店に任せる」と言いながら、銀座にプランタンを作った。朝決めたことでも、状況が変われば変えるのが当たり前……というのは、中内にとっては常識である。この言葉は、覚えるとなかなか使いでのある言葉のようである。
同じような言葉は、近年、多くの経営者から聞かれる。
「間違いは常にある。そういう時には、朝令暮改ですぐに改めればいい。だから大失敗したことがない。普通の人は一度口にした以上は、なかなか取り消せないでしょう。でも、僕は平気で取り消す。間違いを改められないことのほうがよほど弊害が大きい」(佐藤研一郎)
これはローム社長の佐藤研一郎の言葉である。ロームは「日経優良企業ランキング(95年度)」でソニーやシャープを押さえて前年の6位からトップに躍り出た。