見出し画像

「空飛ぶサーカス」004.アクロバット一家の一日

 サーカスを知っている人なら推だって、アクロバットが何をする人かは良く知っているでしょう。でも、そのアクロバフトが舞台に出ていない問、何をしているのかを知っている人は少ないようです。アクロバットの技と同じように、びっくりすることがいっぱいあるのです。

 たとえば朝。たいていの人は、目が覚めると、もうちょっと寝たいなあと考え、やっとあきらめがついたところで、「こらっ、早く起きないと遅刻しますよ!」というお母さんの声にうながされて、いやいやベッドから下り、洋服があるところまで歩いて行き、ズボン、シャツ、ソックス、と着替えてゆく・・・というのが普通でしょう。

ところが、アクロバットは、まったく違います。普通の人がやるようなことは、絶対にしないのです。なぜかって、彼はアクロバットなのですから。

 

 アクロバットの朝は、こんなふうに始まるのです。

 彼は、目をさますとまずベッドの上で体をゆすります。するとマットレスがトランポリンのようになって、からだが高く飛び上がるようになります。じゅうぶん高くなったところで、アクロバットはみごとな宙返りを一回決め、ベッドをそのまま飛び越えて、スリッパの中にピタッと着地します。

 

 次は体と顔を洗う番です。

 たっぷり水をふくませたタオルを上へ高く放り投げます。そうしておいて、タオルが落ちてくる瞬間、からだをタオルに触れさせ、素早く前後左右に動かして、体をたっぷり水にぬらします。そこで今度は部屋を横切って猛烈なトンボ返りをうち、からだについていた汚れをはじき飛ばします。あとはぬれたからだを乾かすだけ。これは、アクロバット全員が協力します。やり方は簡単です。

 

 一枚の大きなタオルを広げ、すみを四人のアクロバットが持って、しりかりと支えます。そのタオルの上に一人のアクロバットが乗ると、布を支えている四人がそのアクロバットを上に放り上げます。アクロバットは体を右や左に回転させて、体のあちこちがうまくタオルに触れるように、落ちてきます。何回かそれをくり返しているうちに、やがてからだはきれいにふかれてゆく、といったぐあいです。

 

 歯はどうやって磨くかって? これがまた、愉快なのです。

やり方はからだをふくときと同じです。彼らは歯ブラシを手にもって歯をみがくなんてことはしません。ブラシを手に持たないで歯を磨くのは、アクロバットにとってはコップから水を飲むみたいに、かんたんなことです。

 

まず、歯ブラシに歯磨き粉をつけます。その歯ブラシを高く放り上げます。落ちてきたところへ顔を持っていって、歯を歯ブラシにあてた瞬間、サッサッー目にもとまらぬ早業で首を左右に振ります。これで一丁あがり!というわけです。最後に歯磨き粉のチューブを右手に、キャップを左手に持って、チューブとキャップをちょいとひねりながら、一緒に空中に放り投げます。空中でチューブとキャップがぶつかり、ひねられているキャップとチューブがぴったりとはまって、下に落ちてきた時は、棚に収まっているというわけです。

 

髪をとかすのも簡単です。

 くしを空中高く放り上げて、くしが落ちてくる瞬間に3回転宙返りを決めます。髪を前向きにとかしたい時はうしろ方向に3回転、後ろ向きにとかしたい時は前方向に3回転をするのです。

 

 これだけ説明すれば、もうアクロバットたちがどうやってズボンをはいたり、服を着たりするのかはわかるでしょう。

 どちらの場合も空中に投げておいて、ズボンは後方宙返りで、上着は前方宙返りでスポ ッと体を入れてしまうのです。

 

 ではソックスはどうやってはくのかって? 彼らは夜寝る前に、ソックスをたたんだりはしないのです。彼らは、ソックスにひもをつけて、ぶらさげておきます。朝起きてソックスをはくときは、つるしたソックスに宙返りで足から入ってゆくというわけです一瞬の作業です。

 

 したくがすむと、アクロバットの2人の子供たちは、朝ごはん用のパンと卵を買いに行きますが、アクロバットは子供だってサイフなんか使いません。買物に行くときには、お金を空中に投げ上げては受けとめ、お手玉をしながらでかけるのです。

そのうちにパン屋さんに着きます。パンを買っている間に、空中を飛んできたお金は自動的にパン屋さんのレジにカチャ、カチャ、カチャ、カチャ、と飛び込みます。買物にいらないのはサイフだけではありません。買ったパンや卵もお金と同じように、空中を飛びながらサーカスまで帰ってきます。

 

そんな練習を小さいころからやっているので、子供たちもうすでに、ジャグリングの名人なのです。買物用のカゴや袋だっていりません。 通りを一緒に歩いている他の人たちは、それを見てびっくり。なかにはお金やパンをつかもうと手をだす人もいますが、残念ながらまだ成功した人は一人もいないそうです。

 

 アクロバットの食事のしかたも、普通の人たちとはちょっとちがいます。たとえば、卵をスプーンで食べたりはしません。全員が協力して食べるのです。

テーブルに座ったアクロバットたちは、それぞれ一つずつ卵のカラをむきます。でもそれは自分が食べるためではありません。卵をむき終るとアクロバットたちは卵を放り上げて、ちょうど向いに座っているアクロバットがそれを口で受けるのです。まだ、口の小さなアクロバットの子供たちの場合は、卵をまず鼻で受けとめ、少しずつ口に入れてゆきます。もし、きみたちがアクロバットの子供たちの真似をしようと思ったら、絶対に卵はかたくゆでなくてはいけないよ。半熟の卵なんかでやったら、口のまわりがベトベトになってしまうからね。

 

 お昼ごはんもまた、アクロバットたちのは変っていて楽しいものです。

長い棒の先におぼんをのせ、その上にコーヒーや食べ物をのせます。そして、そのおぼんの上から食べ物を高く放り投げ、少しずつ口の中に落してゆきます。ジャガイモ、サラダ、肉だんご・・・などがつぎつぎとおぼんから口のなかに飛びこんでゆきます。そして最後には、デザートのさくらんぼやプラムが口のなかに消えてゆきます。

 

とくに上手なのは、アクロバットのお父さん。

お父さんの好物は肉だんごで、肉だんごの日などは、あまりのうれしさに、食べ物をどれだけ高く放り投げるかわかりません。ある時なんか、ずーっと離れたところにいた仲間の肉だんごを、気づかれずにひょいとうまく横取りして食べてしまったくらいです。

 

 さて、アクロバットは夜どんなふうにしているのでしょうか? サーカスが終るのは夜遅くなってからですが、そんなときのアクロバットのベットの入り方は、もちろん普通の人とはちょっと違います。移動車に向かって勢いよく宙返りをすると、その勢いをかりて窓からそのままベッドに飛び込んでしまいます。

 

 失敗したことはあるかって?

 うーん、あんまり言いたくないけれど、残念ながらあるのです。たとえば、あるアクロバットなんか、一日中失敗ばかりしていました。その日は、まず着替えのときに、ズボンとまちがえて上着のそでに足を入れてしまったかと思うと、クシで頭をとかすつもりが、まちがえて歯ブラシで頭をとかしてしまい、卵のかわりに殼を食べてしまうというぐあいでした。

そして、宙返りして移動車のベッドに入るはずが、どういうわけかお風呂に飛びこんでしまうというしまつです。

 

なかでも一番ひどかったのは、ポマードのかわりに歯磨き粉をつけて舞台に出てしまったことです。彼にはなぜ観客が笑うのかわかりませんでした。内緒ですが、その日は、そのおかげで、ピエロより、笑いをとったようです。また、夕食の時にも、彼の好物の肉だんごとジャガイモ、それにサラダのメニューで、肉だんごをめがけて水平飛び前方宙返りをつづけたにもかかわらず、彼が口にいれたものはといえばサラダだけだったというありさまでした。

 

 仲間がそれを見てどれだけ笑ったか、たぶん想像できないでしょう? それはもうひどい状態でした。サラダが、頭にひっかかったり、目や耳や鼻に入ったり。しまいにはサーカスじゅうが一緒になって腹をかかえて笑いだすしまつです。

あんなにおかしいことはサーカスでも初めて、これをお客さんに見せれば、絶対に大喜びなのに、という意見さえあったほどだったそうです。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?