雨のバス停で
雨が強く降る日は、いつもとは違う経路で通勤する。
いつもだったら、自宅に最寄りのバス停から職場のある程度近くまで乗り換え無しで行けるバス路線を利用して、バスを降りた後は職場まで十五分ぐらい歩く。日頃は大して運動をしないので、これぐらいでも徒歩での移動があると、ちょっとした運動にもなるので悪くない。でも、この徒歩移動の経路は途中に雨を遮る屋根の役割を果たすものが全くなくて、十五分も土砂降りの中を歩くには不向きだ。
そういうわけなので、雨の中を歩くのはちょっと避けたいなあと思う日は、多少の回り道になるし乗り換えも必要で運賃も割り増しになるけれども、職場の建物に近いバス停で降りられるような経路を選ぶ。今日はそんな日だった。
乗り換えのバス停は屋外だけれども、屋根に覆われた空間は広々としていて、そこに二十人前後の乗り換え客がバスが来るのを待っていた。屋外であるし、周囲に人がいなければマスクを外しても問題ないだろうと思って、私は乗り換え客の集団から少し離れた場所でバス待ちをすることにした。軽く見回して他の人たちから十分距離があることを確認してからマスクを外し、雨が降り注ぐバスロータリーをぼんやり見ながらバスを待った。
そろそろ先発の別のバスが出発する時刻だけれど、バスじたいがまだいないところを見ると遅延が発生しているのかな、などと思いつつふと目線をバス待ち客たちに向けると、誰もがマスクを付けてバスを待っている。当然のように、スマホを見ている人が多い。マスクを付けている人たちの顔は目の辺りだけを見ることが出来て、全体的な風貌や表情は分からない。
私はみんなの顔がよく分からないのに、私の顔はみんなから確認できるんだ、という当たり前のことを意識すると、なんだか急に、マスクを外して素顔を出している私だけが、秘匿されるべき個人情報を無防備に公開しているような気持ちになった。ほんの二年ちょっと前まではそんなこと思いもしなかったことだろうに、変なの、と思う。
私の乗るバスは予定時刻よりも数分遅れてやってきた。それよりもずっと遅れているらしい先発のバスを待つ人たちを後にして、私は再びマスクを付けてバスに乗った。