【師弟対話】仕事の進まなさを受け入れる:求めない、心の余裕を保つ、伝える -098

○任せても、仕事が進まない

弟子: 師匠、この人に仕事を任せても進まないと思ってしまうんです。そんな時に怒らない、は心がけているのですが、真綿で首を絞めるみたいな感じになって、それはそれですごいプレッシャーを与えているな、と思っています。

師匠: 仕事を任せて進まない、これは誰しも経験することだ。真綿で首を絞める、か。次のネットフリックスの話のようだな(太字は私がしたものだ)。

 ネットフリックスに入社したばかりの頃、ぼくのグループのあるエンジニアが、ぼくの専門分野で大きな間違いを犯した。そのうえ自らの責任を回避し、対応策を何も示さないメールを送ってきた。腹を立てたぼくは、そのエンジニアに電話をかけた。彼を正しい道に戻そうと思ったのだ。ぼくは歯に衣着せずに彼の行動を批判した。決して愉快ではなかったが、自分が会社のために正しいことをしていると思った。
 1週間後、そのエンジニアの上司であるマネージャーが突然ぼくの席にやってきた。ぼくとエンジニアとのあいだでどんなやりとりがあったか知っているという。そしてぼくが言ったことは間違っていないが、あれ以降エンジニアがやる気を失い、生産性が落ちたことを知っているか、と言った。そして自分の部下の生産性を落とすことが、ぼくの目的だったのかと尋ねた。もちろん、そんなつもりはなかった、とぼくは言った。するとそのマネージャーは、こう聞いてきた。あのとき君が言った内容を、エンジニアが前向きな気持ちになり、自らの間違いを直そうという気にさせるような方法で伝えることもできたと思わないか、と。たしかに、そういうやり方もあっただろう、とぼくは言った。よかった。次からはぜひそうしてくれ、とマネージャーは言った。わかった、とぼくは答えた。

『NO RULES(ノー・ルールズ) 世界一「自由」な会社、NETFLIX 』(リード・ヘイスティングス; エリン・メイヤー著)


とはいえ、どうしたらいいか悩むよな。自分でやった方が早いとか。そう思ってしまうよな。一時の忍耐や見極めに役立つこともあるが、それが単なる放置になってしまうと問題だ。

弟子: 放っておくのはダメでしょうね。

師匠: 敢えて何も言わないというのも、ひとつの策ではあるとも思っている。

逆にやる気を奪う余計な声掛けは、我々も知らず知らずのうちに行っている可能性があります。そのような場合、“何も言わないこと”が相手のやる気を出す最大の支援になったりします。

どうしても頑張れない人たち  宮口幸治


大切なのは、その人の状況や能力を理解し、適切なサポートや指導を考えることだ。「進まない」ということが、その人の意識の問題なのか、スキルや知識の不足なのかを見極めるのだよ。時には、本人に自分のペースで進むことを許し、見守ることが必要なこともある。

弟子: 気持ちは見守っているんです。でも、待てないというか。

師匠: 「結果が出ない」を受け入れる勇気も必要だ。そして、どう進めていくかを見直し、他のチームメンバーに協力を仰いだり、適切な役割分担を再検討することだ。すべての仕事が計画通りに進むわけではないことを認めつつも、何を学べるか、次にどう改善できるかを考えていくのだろうな。

弟子: 進まない状況を客観視し、自分の学びにして、今後の対策を見つけることが必要なんですね。

師匠: 仕事は人と人の関わりで進んでいる。思い通りにいかないことも多い。いや、思い通りにいかないことこそ普通かもしれん。そう思って、そこから何を見つけ出すかが、成長と次の一歩につながる。

○怒る、ブツブツ言う

弟子: 怒るとかブツブツ言うのは意味ないですよね。

師匠: 怒るとかブツブツと愚痴を言うのは、意味がない。感情をぶつけるのは、相手にプレッシャーを伝えている。本人は余計、やる気をなくしてしまうだけだ。問題の本質には近づけないどころか、離れていっているぞ。相手を不安にしているのだ。不安にすると、やる気を出すという要因はないと次で言っているぞ。

不安にはやる気を引き出す力があると、多くのマネジャーが-意識的にも無意識的にも―相変わらず信じていることだ。(経営陣或いは成績不振の結果を)恐れさせれば人は望ましくない事態を避けるために熱心に仕事をするようになる、ひいては会社の業績も上がる、と信じ込んでいるのである。これは、仕事が単純で、作業者が問題にぶつかることも改善を提案することもまずない場合なら、有効かもしれない。だが、学習や協力をしなければ成功できない仕事なら、不安がやる気を引き出す要因になることはない。

恐れのない組織  エイミー・C・エドモンドソン   野津智子訳

弟子: 相手が萎縮して、改善に結びつかないですよね。実際、いやな顔をされました。そして、自分も過去、そんな指導を受けたことがありますが、前向きに考えることができなかったです。ただ、逃げたかった。夜は酒に逃げた。

師匠: なかなか厳しかったんだな。弟子も苦しんでいたな。だがな、それを今、自分が、自分の部下にしている、と考えることも必要ではないか。怒りや不満をぶつけて、自分の気持ちはスッキリするだろう。怒号をあげるとかではない。弟子には、少し厳しい言い方にはなるが、自分が気持ち良くなる行為をしているのだ。

何らかのルール違反を犯した相手に罰を与える体験をすると、報酬系回路の主要部位のひとつ(背側線条体)が活性化することが報告されています。興味深いことに、この部位が強く活性化した人ほど、自分自身が損をしてでも相手に罰を与えようとする傾向があったのです。

〈叱る依存〉がとまらない  村中直人

人間には「よくないことをした人を罰したい」という欲求が、脳のメカニズムとして備わっているというのです。

「叱れば人は育つ」は幻想  村中直人


今言っている私も、そんな雰囲気で、申し訳ない、と思っている・・・

弟子がしていることは、表面的な解決でしかない。相手が何を感じ、どう受け止め、どう行動するかを考えたとき、怒りではなく、対話や指導が求められる。

弟子: 対話、指導のつもりと思っていますが、たぶん自分は、そういう対話が下手なんでしょうね。だから自分は、嫌みなことを言ってしまう、言わないと、この人はわからない、と思っているんだと思います。

師匠: 「どう伝えるか」は大切だ。冷静に状況を伝えることも必要だが、受け取る相手にとっては、どう思うか、わからないな。そして、伝えている自分もそれは自分の思いなのか、それとも正義の味方になっていないか。

人が誰かを叱るとき、メッセージの主体は、叱る人ではありません。「どこから来たのかよくわからない正義」のメッセージを、叱る人がまるで「代理人」であるかのように伝えるのです。

「叱れば人は育つ」は幻想  村中直人


理解してもらえるように話すことは必要だし、共感を示す、改善策を共に考える姿勢も必要だ。わかってもらえないこともある、という気持ちもわかる。

○割り切る

弟子: 「仕事が進まなくても、仕方ない」という割り切りも必要ですね。「これは最低限、守る」さえできていればいいという割り切り。たとえば、人に危害を与えないとか。

師匠: そうだな。仕事が思うように進まないこともあるが、そのたびに一喜一憂していては心が持たない。次のような言葉で、大丈夫と思うことも必要かもしれんな。

僕は、「選手たちのやる気を引き出せる前向きな言葉」を探しはじめた。・・・もっと心に響くような言葉が欲しい。そこでたどり着いたのが、「絶対大丈夫」だった。

一軍監督の仕事  高津臣吾

そして、時には「仕方ない」と割り切る姿勢も必要だ。

弟子: 全てをコントロールするのは無理ですし、そこにエネルギーを使いすぎると自分も疲れてしまいますね。

師匠: その通りだ。仕事が進まないことに対して割り切るとき、その基準を「安全」であるかどうかに置くのは良い考えだ。危険や重大な問題が伴わない限り、焦らず状況を見守ることも大切だよ。無理に結果を急かしても、逆にミスやトラブルを招くことがある。それを自分の糧にしていけば良い。

弟子: そう考えると、一歩引いて見守ることも、重要な判断なんですね。

師匠: その通りだ。見守るには忍耐が必要だが、それによって相手が自分の力で進めるようになることもある。無理に進めさせるのではなく、自然と進んでいくように導くのが理想だ。

弟子: 相手に求めるのでなく、「自分はこう思う」とだけ言っておこうかと思います。

師匠: それで良い。「求める」ことは、時に相手に圧力をかけたり、期待が外れたときに不満を生んだりする。あなたは、あなたでいいんです。そういう気持ちを持つのも大事だぞ。

あなたには、あなただけの人生がある。あなたにしかない経験がある。その経験から引き出される洞察には、伝える価値がある。どれにその価値があるかを見極めればいいだけだ。

TED TALKS  クリス・アンダーソン  関美和 訳


一方で、「自分はこう思う」と伝える。自分の考えをシンプルに事実として伝える。相手に間違えた感情を与えない、そして、相手に自分で考える余地を残す。

なにかを人に伝えるとき、見たままの事実に自分なりの解釈を織り交ぜてしまうのはよくあることだ。伝えられた側は、それが事実と解釈の細切れが入り混じったものであるにもかかわらず、すべてを事実として受け取る。ところが、話し手の見解が正しいとは限らない。まちがった見解がまぎれこんでいたら、結果として誤った情報を伝えていることになる。

「話し方」の心理学  ジェシー・S・ニーレンバーグ  小川敏子訳

弟子: なるほど、自分の意見をシェアするだけなら、相手がどう受け取るかは自由に任せられますね。押し付けるでもなく、ただ自分の立場を示すだけですね。

師匠: 自分の意見を伝えることで、相手は参考にするかもしれないし、別の視点を得るかもしれない。それによって、相手自身が自発的に行動を起こすこともある。重要なのは、相手が自分で考えて進むこと。人のやる気は十人十色だ。

人に動いてもらうことが自分の課題になるためで、人のやる気は十人十色だと気づかなくてはならない。

リフレクティブ・マネジャー~一流はつねに内省する~ 中原淳;金井壽宏著

弟子: 確かに、自分の考えを共有するだけで、求めることのプレッシャーも減りますね。相手も気負わずに受け止められる気がします。

師匠: 求めすぎることなく、意見をシェアすることで、柔軟で前向きな関係を築くことができるだろう。次のような言葉がいいかもしれんな。

怒りを感じた時に、もし言葉にして伝えるならば「こうあるべきだ」よりも、「こうしてほしかった(ほしい)」という要望と「いまそれによってどんな気持ちになっているか」という、この2つを伝えることを、私は勧めています。

アンガーマネジメント  戸田久美

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