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横綱のウラのウラ
豊昇龍の昇進。横綱不在をさけたい事情もあったようだが、それだけではなく今後の昇進を見据えた先例作りとも囁かれる。つまり条件を緩和したいという意図。やはり琴櫻・大の里。この2人こそが本丸なのではないか。
こうした先例云々は過去にも例があった。
昭和11夏に新横綱となった男女ノ川。この前場所に主流派・出羽海所属の武蔵山が昇進している。これは大いに関連があった。男女ノ川の師匠の高砂の陰謀といわれたのだ。
川端要壽著「下足番になった横綱」にはこうある。
前場所後の武蔵山の昇進時、その成績が甘かったにもかかわらず積極的に提案したのは高砂であった。高砂は武蔵山の反対陣営である。本来ならば反対派。それが提案したのだから役員たちは大いに驚いた。武蔵山の師匠出羽海は喜んでこれを受けた。高砂は出羽海に貸しを作ったのだ。
今度は供二郎の番である。彼は千秋楽玉錦に敗れての9勝2敗である。大関4場所の成績は、5勝、9勝、8勝、9勝で武蔵山の成績より悪い。
本来ならば横綱推挙は無理であった。しかし出羽海は武蔵山の昇進時に借りを作っていた。反対はできなかったのだ。結局供二郎は武蔵山のバランス上推挙された。
本来対立する出羽海と高砂という両一門が、互いの利に力を貸したというわけ。両横綱とも昇進後は振るわず、武蔵山に至っては1場所のみの皆勤という結果に終わったが、横綱として名を残したとはいえる。男女ノ川もすでに全盛期は過ぎ、かろうじて体面を維持という程度の土俵であった。
昭和36年の大鵬柏戸同時昇進。柏戸は11勝に12勝の優勝同点。今一つ物足りないともいえたが、大鵬柏戸は勝率では互角。さらに当時は系統別の対戦時代。柏戸は役力士全員と当たる総当たりであり、大鵬と比べ不利と言えた。大鵬の新入幕時に柏戸が止め役となった事情から、両者をライバルとする世論が盛り上がっていった。
さまざまな背景はあるが、この時から柏鵬時代を作り上げようとする意図があったともいえる。そして柏戸も度重なる負傷がありながら大鵬の好敵手として応えた。
近年でも先を見越したと思われる昇進があった。2014年の鶴竜。
鶴竜は2014年初・春と14勝・14勝の優勝1回、同点1回で昇進した。これは双羽黒廃業後、旭富士以降の2場所連続優勝→昇進の原則を崩すものだった。双羽黒事件の後、頑ななまでにこの原則にこだわっていたものの、鶴竜がそれに風穴を開ける形となったわけ。当時の事情をみると横綱不在というわけではなく、白鵬、日馬富士の2横綱が君臨。にもかかわらず甘いともいえる昇進となった。
さらに横綱にふさわしいような好成績を継続していたかというと、そうではない。鶴竜の大関時代の成績をみると2012夏~13九州までで、8勝が3回、9勝4回、10勝2回、11勝1回。大関としても並以下といっていいレベルである。
連続14勝とはいえ、それまでの成績を考慮するといったいどうかというところ。サンスポのコラム【甘口辛口】型なし、華なし、ドラマなし… 鶴竜ないない尽くしでの横綱昇進に物申す でも異議が唱えられていた。
一部を抜粋すると
昨年九州場所までの10場所で2桁勝ったのは3場所で、それも11勝が最高。8勝7敗が3場所もあり勝ち越すのがやっとで、はたいたり引いたりのイメージが強い大関だったからだ。それが2場所連続14勝。まさに突然変異ではある。
鶴竜にはこれという型がない。こんなないない尽くしの横綱も珍しい。
2場所の成績で横綱昇進を決めることが妥当なのか、改めて考えさせられる。
「春場所は13勝の優勝」などと横審が綱とり条件を簡単に口にする風潮もよくない。数字に表れないところを見るのが横審の使命のはずだ。
この昇進の背景には稀勢の里があるともいわれる。稀勢の里は2012初が新大関であったが、以降2013九州までの成績は13勝2回、11勝4回、10勝5回、9勝1回。鶴竜を見るまでもなく成績は上。強豪大関である。ただ2度ほど横綱をかける機会はあったが、チャンスを生かせずあっけなく崩れた。
稀勢の里は鶴竜の昇進後も優勝に縁がなかった。2014年にも13勝を記録したが、以降は11勝が最高でしばらく推移する。
しかし30歳前後の2016年春~名古屋、13勝、13勝、12勝と3場所38勝。横綱の牙城を崩せず完敗し優勝はできなかったが、九州にも13勝を記録し、年間で69勝。この年は横綱陣の休場も多く、史上初の優勝なしでの年間最多勝となった。白鵬にもようやく陰りが見え、このあたりで優勝がなくともという声もあったようだ。これは鶴竜の前例が効いているのではないか。日本人として待望の横綱に最も近いのが稀勢の里であり、誰もが望んでいたといってもいい。
最多勝という勲章を得た後の、2017初は綱取りともそうでないとも曖昧な状況で始まった記憶がある。しかし初日より連戦連勝。白鵬も敗れ、日馬富士鶴竜も休場と風が吹いていた。終盤の時点で横審より横綱問題が言及され、綱取りとはっきりした。14日目の勝利で優勝同点が確定し、白鵬もまさかの貴ノ岩に敗れ優勝決定。この時点で横綱を確実にした。
改めてみると稀勢の里の昇進は異例な経過をたどっており、やはり鶴竜の昇進からその準備がされていたと考えてしまう。
今回の豊昇龍は審判部でも尚早の声が多く、見送りが優勢という所で八角理事長、高田川審判部長が後押しした。いわば成績以外の理由も大きかった。
鶴竜の際には横審の存在意義も批判されていたが、今回の豊昇龍に至ってはもっと軽薄だったといえる。とはいえ過去にもこのような政治的な要素で誕生した横綱がいたのである。