見出し画像

大相撲の三大記録


石井代蔵氏の著書にもあるが、昭和相撲史に輝く三大記録は「双葉山の69連勝」「大鵬の優勝32回」「北の湖の連続50場所勝ち越し」という。


そのうち2つは白鵬によって破られたとはいえ今も大鵬、北の湖が築いた記録には価値がある。

やはり同時代に横綱大関としてあった力士の層の厚さだろう。

単純な個人の強さよりどの時代に横綱としてあったか、強豪たちに対峙し勝ち取った優勝の多さが価値を一段上げるものではないか。その証拠は同時代の横綱大関の優勝回数か。


大鵬の場合、柏戸・佐田の山・栃ノ海・豊山・北葉山・北の富士・玉の海等、36初~46夏まで16人の横綱大関と対峙し、壁となった。北の湖は49春~60初まで北の富士琴桜大麒麟輪島ら17人。白鵬は18夏~3秋まで期間は15年と両者を上回り魁皇、栃東に始まり正代まで17人。ほぼ3者同数である。時代が異なるとはいえ大関以上の数というのはさほど違いがない。

それぞれの優勝回数は大鵬 54回 、北の湖 82回 、白鵬 66回。北の湖は千代の富士が入ることによって圧倒的な数字となる。


わずか数場所で引退した力士もいる。仮に先輩大関たちの優勝回数を除くと、大鵬 32回(柏戸を入れると37回)、北の湖 51回、白鵬 33回。奇しくも大鵬は自身の優勝回数と同じである。

北の湖は仮に千代の富士を除くと20回となり如何に昇進直後より一時代を築いたか表すもの。


3者とも横綱大関として番付を共にしたが直接対決がなかった力士もいる。大鵬の場合同門で若乃花、琴ヶ濱、同部屋の大麒麟、北の湖は大関直後に引退の北の富士琴櫻、同部屋の増位山北天佑、白鵬は朝乃山。


大鵬の新入幕年より引退まで毎年1回は優勝し、32回と積み上げたのも偉大かつ大鵬の特異さを表す記録。北の湖の50場所連続勝ち越し(昭和48名~56秋)も平幕から始まり大関横綱へと昇進を含むもので、白鵬のそれよりも難しさ、価値の高さを感じる。双葉山が前頭から横綱へ番付を上げながら連勝を続けたことに似る。48夏の6勝が勝ち越しだった場合は連続52場所であり現在でも幕内連続としては1位であっただけに惜しいものだった。

ちなみに北の湖は横綱昇進時、双葉山について「知らないから別に」とそっけなく答えた。入門時の理事長とはいえ下手に語るより正直でいいもの。

北の湖の場合は50場所間に年間最多勝7回、年間82勝8敗、さらに6場所間の最多85勝5敗を30年以上保持。輪島や若乃花、さらに貴ノ花、旭國、黒姫山といった大関以下の曲者の多さでも随一だろう。まさに黄金時代であった。

本年もありがとうございました。今後ともよろしくお願いいたします。


いいなと思ったら応援しよう!