愛する人を奪われた者たちは「kuroyuri(クロユリ)」の名を知る 五話「目視」
下校途中の電車の車内。
左腕の長袖先から見える包帯の存在が、相変わらず莉子にはあった。
それを見ている絢が、隣に立っていた。
「なかなか治んないね。火傷してからどれくらい?」
絢の予期せぬ質問に、莉子は日数を数えたフリをした。
「ま、まだ四、五日ぐらいしか経ってないから……」
莉子はごまかす様に、車内の中吊りや路線図などを見回した。
その時だった。
不意に目に入った、夕刊の見出しがおかしいのに気づいた。
「え、何あれ?」
思わず声を上げてしまった。
莉子の反応に、絢もその方向を見る。
「え、何?」
そこには、マナーの悪い中年のサラリーマンが夕刊を広げて見ていた。
「莉子、何か面白い記事でも載ってたの?」
信じられないが、莉子に目に映っているのは、夕刊の記事の一部だけが赤く枠組みされていき、包帯下の模様と同じあの黒い翼と剣が現われ「60」と記されたことだった。
目を閉じ、少しの間うつむいてもう一度、同じ場所を見た。
やはり錯覚ではないようだ。
莉子の目には、先程と同じ光景が映っていた。
途中で絢と別れた莉子は、サラリーマンが見ていた夕刊の名前を忘れないうちに、駅の売店でそれと同じものを買い、即行で家に帰った。
「あ、これだ!」
電車で見た時と同じ光景が、莉子の部屋でも広がっていた。
そこには数日前、シラハに殺された清堂賢の事故の記事が載っていた。
もちろんこの時点では、莉子にはそれが姉の美果をひき逃げした犯人だということはわからなかった。
「飲酒運転! 限界を超えた暴走の末に――」
見出しを読み上げてみるも、確信はなかった。
「60」という数字は一致しているのに。
考えられる理由を探してみた。
居間に降りて行き、リモコンでワイドショーかニュースを探してみる。
その後、家の新聞をあさってみるも、あの夕刊と同じ現象は起こらなかった。
その日の夜――。
色々試していく中で、莉子はある一つの答えに行き着いたが、確証がなかった。
ベットの上、目線を部屋の色々な場所に移してみる。
ガバっと、突然起き出して、サイドテーブルの上でノートパソコンを広げた。
この時点より、前でも同じ操作をしてみたが、それに行き当たることはなかった。
しかし、盲点があるような気がして、居ても立ってもいられなかったのだ。
そして、別の死亡記事にたどり着いた時、包帯のされていない左腕と見比べてその数字が異なっていたことで導き出された。
莉子は、色々な数字に出会った。
ある記事には『会社員の男性、渓流釣りで熊に遭遇。襲われて即死』と書いてあった。
また、先週ニュースで見た記事には、『主婦、中学三年生の長男に刺殺される』と。
そして、二、三日前のワイドショーの記事には『寝たきりの妻を持つ老夫婦。土砂に巻き込まれ死亡』の詳細が。
その中でも、いくつもの数字が重なってその悲惨を物語っていたのは『白昼、薬物の常習犯男による無差別殺人。斬殺の連続、そこはまるで地獄絵図!』は、今でもマスコミがこぞって取り上げている話題だ。
シラハが言っていった「実行されたかどうかは、自分の目で確かめられるようになる」とはこの事だったのである。
自分に刻まれている数字より前に、それだけの人間が死んでいるのである。
いや、殺されているのである。
そして、自分もその一人なのだ。
その数字の中には莉子のより多いものもあり、現在も進行中であることがよくわかった。
姉が戻ってこないという虚無感。
客観的に自分がした行いを見せつけられ、揺らぐ倫理観。
莉子は、一人もがき続けた。