闇の承従 ヴォルフガング 3話「目覚めたダンケルヘイトの力」

タウセンフェルグ山中にあるダンケルヘイトの砦(とりで)近く。

辺りは鬱蒼(うっそう)とした木々が並んでいた。

ヴォゲルクにおぶってもらっているエメヘルと、ナイウェルトたちは、周囲を警戒しながらその場所から砦に近づこうとしていた。

「(周りを見回しながら)気をつけて下さい。砦近くになると、特に奴等の警戒が厳しくなります」

 ナイウェルトは、気になっていたことをヴォゲルクにぶつけてみた。

「……お前たちは、砦を占拠しているハルクフト隊の者達から抵抗せずにただ、逃げていたようだが……」
「……はい。我々は、砦を統率するディネス様を頼って集まってきました。そのディネス様は現在、テフィソネルとの戦いに備え修行に入っておられます。ですから、我々、砦に集まる者たちが、今奴らにつかまってディネス様の居場所を知られるわけにはいかないのです」
「……やはりそうだったのか。タウセンフェルグにある砦には強大な力を持つディネスがいると言われてきた。なるほど、そういうわけで逃げていたのか。それで、他の者達はどうなっているんだ?」
「各々が逃げておりますが、たぶん……ほとんど者がつかまって砦に連れ戻されていると思います」

その砦は、周囲に堀とその手前に丸太で組まれた柵があり、内側の中心に物見櫓(やぐら)とその周りに住居などが点在した作りになっていた。

物見櫓の周りには、ハルクフトと隊の兵士達。それに、捕らわれたダンケルヘイトの者達が縛られ、座らされていた。
 
砦のそばまで来たナイウェルトたちが、上方の茂みから砦の様子を伺っていた。

「……これで全部か?」
「はっ!まだ数名の者が逃走中とのこと。ただいま全力で捜索しております」

坊主頭に顎鬚(あごひげ)、全身鉄製の鎧を身にまとったハルクフトは、その長身と筋肉粒々の体から放った拳で、答えた兵士を吹っ飛ばした。

エメヘルと同じようなフード付のマントを身に付けた砦の者たちは、その光景に恐怖した。

「バカ野郎!そんな悠長なことでどうする!さっさと探し出し、何としてでもディネスの居場所を聞き出せ!」

ハルクフトが、捕らわれている砦の子供に近づく。

「オイ、子供(ガキ)!ディネスはどこに行った?」

それを聞いた子供が、ハルクフトの足を蹴る。

「例え知っていたって、お前なんかに教えるもんか!」

不敵な笑みを浮かべながら、子供の頭を抑えるハルクフト。

「へへへ!威勢がいいな。だがな、そう言っていられるのもディネスが見つかるまでだ」

ハルクフトが、砦の者たちの方に向き直す。

「よーく覚えておけ!お前たちは、ディネスが見つかるまでの命だってことをな!」

そのやり取りに、興奮して茂みから飛び出そうとするヴォゲルク。

「あいつ、砦で好き勝手なことしやがって!」

ナイウェルトが、ヴォゲルクの肩に手を当てそれを静止させる。

「慌てるな!今、お前が出て行っても何の解決にもならん」
「わかっております。しかし……、このままでは……」

砦の周囲を見渡すナイウェルトが、砦の出入り口に、門番が二人立っているのに気づいた。

「俺に考えがある。任せてくれるか?」
「……みんなを、助けて」
「(エメヘル頭を撫でながら)大丈夫だ。必ずみんなを助ける」

出入り口には閉ざされた木製の門があり、その前にハルクフト隊の門番が二人立っているダンケルヘイトの砦外。

その門番近くに突然、ナイウェルトのヴァローアが突き刺さった。

突然の出来事に驚きながらも、恐る恐るヴァローアに近づく門番たち。

「……な、何事だ?」
「……さ、さあ……」

ヴァローア、鍔(つば)の装飾にある獣の目が光り、地面から抜けて門番に向かって回転しながら切りかかって行く。

「ぐわあああ!」

すぐさま、砦の出入り口の異変に気づき、そちらへ駆け寄るハルクフトたち。

「な、何事だ!」

ハルクフトたちを出入り口付近に引き付けたナイウェルトが、砦内部の奥辺りに突然現われ、ヴァローアに指示を出した。

「ヴァローア!そいつらを蹴散らし、砦の者たちの縄を切れ!」

出入り口の砦外。

ヴァローアがナイウェルトの声を聞き、閉じてあった木製の門を回転しながら壊し、そこに近寄ってきたハルクフトたちを切りつけた。

「くっ、こ、こいつは……!」

ヴァローア、更に回転し続け砦の者たちの縄を切る。

自由になった砦の者たちが、ナイウェルトの元に集まって行く。

その内の子供一人が、逃げ遅れていた。

不意を付かれたハルクフトたちは一瞬ひるむが、ヴァローアを手元に戻したナイウェルト方へと再び走り出した。

その途中、ハルクフトの兵達が逃げ遅れた子供に近づく。

「くそっ!なめた真似しやがって!」

ナイウェルトがそれに気づき、兵達に切りかかって吹き飛ばす。

しかし、見落とした兵が子供に切りかかろうとしていた。

「くっそ!」

子供に覆い被さって変わりに切られるナイウェルト。

それを砦上方の茂みから、見て驚くヴォゲルクとエメヘル。

周りにいた者たちも、その光景に見入っていた。

羽織っていたマントとヴァローアを収めた鞘に付属するベルト、その下にある黒い皮の鎧ごと背中を切られながらも、子供を守り続けているナイウェルト。

そこへ、ハルクフトが重い鎧の音を立てながら近寄って来た。

「どうした?最初の勢いはすばらしかったが、運が悪かったな。子供なんぞ助けるからだ」

黙っているナイウェルト。

「切られた痛みで、喋ることもできんか。それとも死んでしまったのか?」

沈黙を続けるナイウェルトの身体に触ったハルクフトが、服の切られた部分から、切られた傷とは別の雷のような大きな傷に気づいた。

「そ、その傷……!!まさか、お前は……!」

切られた鞘を落としながらも、ゆっくり立ち上がってハルクフトの方に向き直すナイウェルト。

「ハルクフト……、あの時と同じだな。だが、一つだけ違う事がある。それは、今度は俺がお前を倒すってことだ!」

ハルクフトは驚いて後退りした。

「ナイウェルト……!お、お前生きていたのか……?」

周りの者たちも、「ナイウェルト」の名前を聞いて騒ぎ出した。

「も、元、ウェルファング隊長のナイウェルト……!」
「……生きていたのか……」

ナイウェルトと距離を取ろうとする砦の者たち。

「バ、バカな……。お前は確かにあの時、俺に切られて……」
「フフフ……。確かにお前の言うとおり、俺の隊はゲビエスン・チェンラッセの戦いに乗じてお前の隊に全滅させられ、そして俺も死んだ……」

ナイウェルトは、ハルクフトに向かってヴァローアを突き出した。

「だが……、俺はこいつのおかげで蘇る事ができた」
「そ、それはヴァローア!ま、まさか、眠っていたダンケルヘイトの力が本当に目覚めるとは……」

ハルクフトの兵達、その二人のやり取りを聞いて徐々に距離を置き、騒ぎ出した。

「や、奴が……、ヴォルフガングなんだ!!」

騒ぐ兵達を一括するハルクフト。

「やかましい!こいつとのけりを付ける。俺の剣をよこせ!」

ハルクフトの鞘に入った大きな剣を持っていた兵が、ハルクフトに渡した。

「(鞘を抜き捨て、両手で剣を構えながら)さあ、きやがれ。お前が何であろうと、もう一度俺が叩き切ってやる!」

ナイウェルト、片手でヴァローアを持っているが構えず下ろしている。

「やはりそうだったのか……。お前たちは俺がダンケルヘイトだと知っていて……」

ハルクフトが剣を振り上げ、ナイウェルトに向かって突っ込んで行く。

「オラオラ!ゴチャゴチャ言ってんじゃねえぞ、この死にぞこないが!」

ハルクフトの剣を軽く受け流すナイウェルト。

ナイウェルトの態度に腹を立て、更に突っ込んで行くハルクフト。

「てめえー!二度と蘇ってこられないようにバラバラにしてやる!」

凄い勢いで剣を振り回し襲い掛かるハルクフト。だが、ナイウェルトはそれをすべて軽く受け止めた。
 
重装備に激しい動き、ハルクフトの息が上がる。

「ど、どうしちまったんだ……?ナイウェルトの奴がこんな強いわけが…」

ハルクフト、ナイウェルトのヴァローアに目をやった。

「あのヴァローアか……!やはりあれに秘密が…」

周りにいたハルクフトの兵達、目の前の状況に驚き更に騒ぎ立てた。

「騒ぐんじゃねえ。俺があいつに負けるわけがねえだろう」

ハルクフトは、ヴァローアを持っているナイウェルトの右手を狙った。

「……ナイウェルト、死ねや!」

ハルクフト、ナイウェルトの正面から向かって行き、ヴァローアに当てる振りをして手を狙う。
 
不意をつかれ、ヴァローアを落としてしまうナイウェルト。
ハルクフトが、ナイウェルトを蹴ってひるませる。
よろけながら、ハルクフトの蹴りを左腕で防ぐナイウェルト。
確信を獲たハルクフトが、剣を振り上げていく。

「オラァー!死ねや!」

砦の者達が目の前の状況に声を上げた。

だが、ナイウェルトは平静を保っていた。

ハルクフトは、剣を振り上げたままの姿で立ち続けている。
その場が一瞬、静けさに包まれた。

「……へへへ、そういうことか。やはり、お前がヴォルフガングなんだな」

ハルクフト、ナイウェルトのヴァローアが背中に刺さったままその場に倒れ込んだ。

その姿を見つめているナイウェルト。

一瞬の静けさの後、ハルクフトの兵達が、その状況に驚いて逃げ出そうとする。

その兵達の前に、ナイウェルトのヴァローアが突き刺さり行く手を遮った。

「戻ってテフィソネルに伝えろ。ヴォルフガングとなってナイウェルトが戻ってきたと。いいな!」

兵の一人が何度も頷(うなず)いた後、その場から離れ他の兵達と一緒に砦から逃げ去って行った。

「戻れヴァローア……」

ナイウェルトはヴァローアを鞘に収め、そのまま手に持ちながら砦の者たちの方を見た。

砦の者たち、ナイウェルトの素性を知っため近づこうとしない。

その状況の中、ヴォゲルクとエメヘルが砦の中に入って来た。

「どうしたみんな?この方があいつらを追いは払ってくれたんだぞ。お礼を言わなきゃ」
「……わ、わかっています。確かにあいつらが言っていたとおり、俺たちの救世主ヴォルフガングなんでしょう。だがヴォゲルク様、そいつはウェルファングの隊長のナイウェルトなんです。い、今は違うらしいですけど……」

ナイウェルトの方を向きながら、驚きの表情を見せるヴォゲルクとエメヘル。

「ほ、本当にそうなのか……?ただ、そうだとしても、ケガをしてまでこうやって我々を助けてくださったんじゃないか!それに、この方はヴォルフガングなんだぞ」
「そ、そうだよ!私も追手からこの方に助けてもらったんだから……」
「わざとケガをしたり、仲間同士でやり合って、我々を安心させておいてディネス様に近づくためかもしれません……」

ナイウェルトは、砦の者たちの会話を黙って聞いていた。

そこへ、修行を終えたディネスが瞬間移動で現われた。

「その方の剣は、間違いなくヴァローアだ。ヴァローアは、ヴォルフガングに選ばれた者に降臨する剣なのだ」
「ディネス様……!」

細身で剃髪(ていはつ)をした顔に、白い顎鬚を蓄えたディネス。
修行のため、身に付けていた茶色のローブから所々肌が露出していた。

そんなディネスの周りに、砦の者たちが集まって行く。
集まって来たエメヘルの足のケガに気づいたディネスは、跪(ひざまず)いて手をかざし、それを治した。

「これで、大丈夫だ。(ナイウェルトの方を向いて)そちらの傷も治しておきましょう」

ディネスのが手から放った光が、ナイウェルトの背中の浅い切り傷を治した。

「どうやら、その大きな傷の方は、私の力では治せないみたいです……」

ナイウェルトがディネスに近づいた。

「本当だったのか……。砦のディネスは古代魔術(リフトスベレイ)が使えるというのは」
「私も、そしてここにいる者たちもあなた同様、みなダンケルヘイトなのです。同じ種族(ブラトスバート)の者として、私を頼って集まってきております」
「……確かに俺はダンケルヘイトで、このヴァローアのおかげで蘇ることができた。だが俺は……」

ディネスは、ナイウェルトがかばった子供を指差した。

「もし我々の敵なら、助けたりはしません。(エメヘルの頭を撫でながら)なあエメヘルよ」

エメヘルが、ナイウェルトの方を見て笑みを浮かべた。

「ディネス様、修行の方は……?」
「うむ、大丈夫だ。いつでもテフィソネルと戦えるぞ」

砦の者たち、ディネスの言葉を聞いて歓声を上げた。

「ディネス、お前もデレイラッドへ行くのか……」

「リチトーだけが、この世の種族(ブラトスバート)ではありません。近代化を推し進めるリチトーと自然や古来からのものを崇(あが)めるダンケルヘイト二つがあっての世界なのです。それを示しに行くのです」

ナイウェルトは、ディネスの言葉に困惑した。

「……あなたも奴の所へ行くのでしょう?」
「……俺は、自分はずっとリチトーだと思っていた。だから、蘇ってここまで来たのは、その恨みを……」

困惑するナイウェルトの手を、ディネスが優しく握った。

「どういう形にせよ、自分の答えを示せばいいのです」

「……わかった。ディネス、俺も共に向かう」

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