友人はクレーマー?、いや、私が自重(じちょう)し過ぎかも、と思った話

初夏の美しい植物園。ラベンダー園に面したカフェで、私(ヤマノ)は、高校の同級生のハスミちゃんと久しぶりに会って、おしゃべりを楽しんだ。
その時、ハスミちゃんが学校に対してしたコトが、それってクレーマーじゃ‥と思った。

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「だって、美しくないのよー。
娘には美しい解き方を学んでほしいのにさあ。
先生が、あんなドンくさい、ムダの多い証明さぁ」
と、昔から美人だったハスミちゃんがいった。
娘さんの高校の数学教師の板書した証明問題の解答が美しくないと憤慨する。

「だからさ、わたし、自分で解いて、解答例をファクスで学校にダア~ッて」
と、ハスミちゃんはファクスを送信する手振りをし、肩を揺らした。
笑顔の眼はしっかりと私の表情を捕らえていた。
「学校にファクス、流したの?」
私はとても驚いた。

先生の解法が、保護者である彼女にとって好ましくないからと、別解答を作成し、学校へファクスするのは、正直、やり過ぎじゃ‥ないかと思った。
ただ‥、見方をかえれば、保護者のネイティブ教師への心配と同じかもしれない。
学校や外国語スクールなどには、少なからず訛りのあるネイティブ教師がいたりする。
保護者は子に訛りのある外国語が身に付いてしまわないか、結構、気にしている。そのことを入学前に質問したり、保護者会などで申し入れる話は、たまに見聞きする。
ハスミちゃんの行為はその類似と見るべきだろうか。

「うん。だって、娘にあんな解き方、身に付いたら困る。ほかの子だって」
「ハサミちゃん、そーなんだ‥。
いまだに数学、解けるの、すごいね」
私は咄嗟に話の焦点をズラした。
学校へファクスしたことを、すごい(やってるなあ)、といいかけたのだが、彼女が気を悪くするといけないと思い、彼女の数学力の方に、すごい、を着地させた。
妙な受け答えになったが、ハスミちゃんは多分、気に止めていないようだった。
「すごくないよ。解けるよ、あんな簡単な問題」

ハスミちゃん ≒ (プチ)クレーマー‥‥
と、私の頭の中によぎっていた。
クレーマーって、なんてことないところから生まれるものかもしれない、と思った。
だけど、学校はどんな反応を示したんだろう。
なんだか聞けなかった。

ハスミちゃんは、高1の時、クラスメイトとして知り合った。
スラリと長身、色白、眼や髪が茶色くて、きれいな子だな、と私は思った。
見た目に反して、性格はマイペースでサッパリとしていた。
髪は一年に一度しか切らない、といい、春に緩くうねっていたロングヘアを、夏前にいきなりショートボブにして現れた。次は来年、切るといった。
生物の授業でABO式血液型を学んだ時は、生徒が各自、自分の指に針を刺して、プレパラートにチョンと付く程度の血を採取することになったのだが、私は臆病で、自分の親指に立てた針に力を入れることができなかった。
同じ班だったハスミちゃんが「痛くないよお」と、私の指に針を刺してくれた。
私の中で、私とハスミちゃんの関係性がこの出来事で印象付いた。

ハスミちゃんはその後、うちの高校では珍しく専門学校に進学し、3年後、国内屈指のメーカーに就職した。

一般職だったが、働きぶりはアグレッシブだった。
例えば、他部署からくる書類は全て自分が目を通している、と彼女はいった。
その話を聞いたのは、私も社会人になり、居酒屋で、当時、流行りの日本酒の味比べをハスミちゃんとしていた時のことだ。
「だって、も~。ウエがズボラでさ。書類、止めちゃうんだもん。ほかの部署から催促されちゃうんだよ?」
と、ハスミちゃんが少しムキになっていった。
ちなみにハスミちゃんは、ただのポーズかもしれないが、少しムキになる時がある。
多分、彼女が幼少時に身に付けた、お母さんとお姉さんへの対抗手段なんだろう、と私は推察している。
話によると、母、姉ともにマイペースで強い性格の人らしい。

「ハスミちゃんが職場の書類、捌いてるの?」
私は驚いた。
「うん。だってウエ、いっつも、いないしさあ。だから全部、私が目、通して、さささ~って、書いて流しちゃう」
と、ハスミちゃんは書類を流すような手振りをした。
私はこの時、単純に、ハスミちゃん、活躍してるな、すごいなと感心した。

彼女は会社を代表して、女性の社会進出を促す世界交流の会にも参加した。
会議中、「ハスミは英語が話せないのよね」と、ある国の女性に皮肉をいわれ、それなりに凹んだという。
カスミちゃんは、その時のモヤモヤを思い出し、かき消すように、そして自信を奮い立たせるように「も~、失礼じゃん」、といって、盃をテーブルに軽く叩きつけた。
笑顔の中に強気と弱気が混じって見えた。

グローバル企業で勇ましく活躍する彼女の話は、私をワクワクさせた。
だが実際は、彼女も常に弱気を秘めていたんだと思う。
しばしば見受けられる必死な口調は、相手の説得のためだけでなく、弱気が差す自分を奮い立たせるためだろう。笑う時の、横に大きく開げる口や眼の光が平坦になるのも、弱気を棲まわしているように思える。
私はそんな彼女に共感を覚えていた。
私は職場でとかく、やせ我慢をしていたので、彼女だってタタカッテいるんだ、と励まされたからだ。
そして、そんな健気な(?)彼女に惹かれる男性もいたようだ。
ハスミちゃんは同僚の男性から猛アタックを受けた。猛烈に抵抗したらしいが、うまくスカされて、ヒョイッという感じで結婚した。

やがて娘さんが産まれた。
娘さんは、ハスミちゃんたちの転勤で関西で小学六年間を過ごした。
中学進学の時、関東へ。関西弁が抜けず、教室で孤独に陥りかけたという。
ハスミちゃんは、消沈した娘へ、あなたはみんなより経験が広いことを自信に思いなさい、といったそうだ。
娘さんの気持ちは救われたのか? ハスミちゃんらしい声掛けだが、私は微妙に思った。
娘さんの高校進学時に、一家は地元に戻ってきた。娘さんは伝統ある女子校に入学した。

話は冒頭に戻る。
「なんで、先生がそういう解き方してるって、わかったの?」
と、私はハスミちゃんに尋ねた。
「娘のノートを見たの」
私は少々、絶句した。
彼女は理数系が得意なゆえに興味が湧いて、娘の数学や物理のノートを度々、見せてもらうのだといった。
センター試験の数学も毎年、解いているといった。

それにしても、このハスミちゃんの能力と積極性、社会で活かせるといいのにな、と私は思っていた。ご主人の最初の転勤に合わせて、ハスミちゃんは専業主婦になっていた。

「去年から図書館でパートしてる」
と、ハスミちゃんがいった。
「あ、そうなんだ」
図書館で働くのも、それはそれで彼女らしい気がした。
図書館は人気の職場で、司書の資格があってもなかなか入れない。
「資格なんかない」
ハスミちゃんは堂々といった。
「受付とか、本の整理とかやるの? 購入や書籍の分類とかは司書さんがするんでしょ」
「うん、受付とか。最近、新人の子が来てさ、私、受付機器の使い方のレクチャー、任されたんだけど、その子、いちいち、メモを取りたがるんだよね」
「?」
「あんなの簡単だからさあ、すぐ覚えられるから、メモなんか取らなくてもいいっ、っていうのに、メモ、取っていいですかぁ‥って」
「真面目な姿勢でいいじゃん」
「だって、滅茶苦茶、簡単なんだよ?」

ハスミちゃん‥。そこ、ムキになるかな‥。
私は彼女が図書館で、周りから厳しい人と思われていないだろうか、と想像した。
もしや、学校ではモンスターペアレントなどと‥。
ハスミちゃんのご主人は、そういう時の彼女にどう対応してるんだろう‥。

そうか。
ハスミちゃんのご主人は彼女の操縦が多分、上手い。
彼女を結婚に持ち込んだ時のように、意表を突いてヒョイッとスカすのが上手いに違いない。彼女の鼻先を、いつも絶妙にかわしてる気がする。

いや‥。
カスミちゃんの言動ばかりを気にしていた私は、急にはっと我にかえった。
─むしろ私だよ
 カスミちゃんの鼻先がどうの、
 とかいってる私
 むしろ自分を抑え気味じゃ‥

私は、仕事のことでは割と多言だが、雑談の場では無難を選んでしまう‥。
ハスミちゃんの言動(その是非は置く。信頼関係のもとにあるかもしれないし)に比べて、私の言動は可もなく不可もない。相手とつながらない。何も生まない。

ハスミちゃんは合理性を好む思考回路なんだと思うが、実は私も同じような回路を持っている。
彼女は感受性が高く、常にいろいろなことを考えていて、脳内の処理量が大量になり、自ずと回転が速くなる。円滑な処理のため合理的になる。
私も似た感じで合理性を好む。
私が彼女と気が合う感じがするのは、多分、そのあたりにある。
ただ、そんな合理性を、彼女の場合、“良かれ”または“すべき”の感覚で、相手に突き付けたくなる‥んだと思う。
私の場合は、自己肯定感が低すぎて、私なんかができることは、相手にもできるだろう、お勧めだからやってみて、というアウトプットになる。

だからかもしれないなあ、と思った。
こんな風に文章を書いてみたり、シオノ エリなんてペンネームで、私じゃない、もう一人の私に時々、代弁させたり。
おまけに、文章や代弁も、なぜか、あまり多くの人の眼についてほしくない気持ちもあるのだ。

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