超自然的世界観に心が静まった彼女と静まらない私の話

郊外に向かう電車の車内。乗客がほとんどいない。
久しぶりのお出かけだったのに、車窓が濡れ始めた。
私(ヤマノ)は、空席だらけの車内を見回しながら、ふと、満員の通勤電車を思い出した。

─たまに、満員電車で、なぜか、
 ポツンと空席ができていることが
 あったな

でもそれは、多分、偶然なのだ。
空席の周囲に立つ客が、たまたま、「次で降りるし」とか、座れない生理現象にあるとか、ただ、座りたくないとか、そういうのが揃うのだ、きっと。
私はいちいち、物事の理由を考えてしまう。

そんなことをボンヤリ、考えていたら、そういえば、友人の家、この辺だったな、と気がついた。
どんな町なんだろうと窓の外を見ると陽が差していた。お天気雨だ。
濃い緑の針葉樹。光る雨粒。幻想的な感じがした。
─虹が出ているかもしれない
 まさに、“彼女が住む町っぽい”
 じゃないか
と思った。
“彼女が住む町っぽい”というのは、不思議っぽい、とか神秘的っぽい、という意味だ。
その友人は10数年前からスピリチュアルにハマり、‥いや、目覚め、今年からは何か、考えがあるらしく、世間との交流を絶っていた。

彼女と最後に会ったのは昨年の秋だった。
いつも通り、彼女がネットで探した店でランチをし、その後、場所を変え、長々とおしゃべりを楽しんだ。
しかし、その日の彼女は別れ際に、普通の顔でサラッと意味深なことをいった。
「もう、あたしからは誰にも連絡しない。祈りの時間に入る」
私はそう聞いた時、これからは、彼女からは人を誘わないけど、誘われれば来るんだろう、と思った。
年が明けると、互いに長年、続いた年賀が彼女から一方的に途絶えた。
─えっ?、それも?
とりあえず、こちらから挨拶程度のメールを送ってみたが返信はなかった。
─よほどの理由がない限り、誰とも
 会わないんだ‥。本当に隠遁する
 つもりなんだろうか

🐑

彼女の行為について、もし、“スピリチュアル”だの、“信じる・信じない”だの、俗世間的な言い方をしてしまったら、彼女は凍りつき、失望するだろう。だから私はずいぶん、言葉を選んできたつもりだった。
だから、ここで使うそういった言葉も、あくまでも便宜的な表現、という気持ちで記している。

彼女とは互いに20代の時、職場で出会った。
一緒に働いたのは1年間だけだったが、気があい、その後も付き合いが続いた。
だいたい、年に1、2度くらいのペースで会ってコンサートや観劇を楽しんだ。
ところが14、5年くらい前。彼女は不可思議なものに興味を示しだした。最初は、好奇心旺盛で活発な彼女の、新たな趣味が始まったかな、くらいに思っていた。しかし、着々と言動が超常的になっていった。

きっかけはよくわからない。だが、当初の出来事として思い出されるのは、ある一つの旅行だ。
いつものように、彼女と一緒に観劇に行き、そのあと、アルコールで盛り上がっていると、彼女は旅行に行った話をし始めた。
古事記や日本の古い神話などを訪ね、離島にいった、という。
その旅行は段取りがあまりにも悪く、見かねた彼女が途中から旅の世話役をする羽目になったという。どうやら同好会の手作り旅行だったらしい。
彼女は面倒見がいいから、普段からしょっちゅう、人に頼られて厄介ごとを引き受けていた。
その旅についても、私は旅程より彼女の世話焼きぶりばかりが印象に残った。
あとから考えると、あれはただの神話ロマンをたどる旅行ではなかったように思う。

次に彼女と会った時は、気脈を感じ取るための修練に通っている、といった。
この世のあらゆる事象には気脈が通っており、それを感じ取り、滞りがあれば修復し、健常を保つのだという。
私は、ヒーリングの一種かな、と思い、私も習ってみたいな、と思った。しかし、彼女は詳しいことを教えてくれなかった。

その後、彼女は気脈の道の先達に出会った、といった。
3年ほど師事すると、邪(よこしま)なものを感知し、取り払えるようになった。外出時はお清めの塩を持ち歩くようになり、気にかかるものは逐一、検分して、暮らしの中にケガレを混入させないようにした。食材や衣料素材なども彼女なりに厳選していた。
さらにしばらくすると、輪廻思想が加わった。転生は地球上だけでなく、地球以外の星も併せて宇宙全体で行われるのだという。私(ヤマノ)の転生の回数は比較的、多いほうだと彼女は説明してくれた。
数年前からは、自身は地球上、最古で最上位の巫(みこ)と自認し始めた。
そして昨秋、最後に会った時には、宇宙規模の真理、業、いや、平和?、システム?、のようなものを知るに至り、自分の本来の勤めに気付いた、といった。現在は勤めを果たすために日々、祈りを唱えている‥‥ということだった。

彼女の生活は、私から見れば抑圧的だ。しかし彼女にとっては気持ちがたかぶるようだった。なんで?
私の想像だが、彼女は適齢期を過ぎた頃から人生の方向性に深く悩み、もがいて形を探していた。
結婚を意識した人もいたが、その形は何か、しっくり来なかったんだろう。
子どもの時は、父親の存在が絶対的な家に育ち、重圧を感じていたという。その生い立ちが、結婚を忌避する気持ちや自由への憧れ、強い自立心につながったのかもしれない。
納得できる将来が描けず、焦っていた矢先、健康問題にまで影が差した。
そんな時、ふとした出会いからスピリチュアルという世界観に触れたらしい。それが彼女の心に刺さったようだ。
これだ、と思ったようだった。彼女の性格からすると、武器を手にした、と思ったかもしれない。

私は内心、困惑していたが、同時に、不遜ながら、興味を掻き立てられていた。彼女がそんな難解、難渋な道をどう突き進むつもりなのか。
もともと私は、以前から彼女の生き方には惹かれていた。
彼女は賢くて潔く、とかく自信のない私には魅力的に映った。
私は子どもの時からずっと、じたばたしてばかりいる。大人になった今でも焦ったりへこんだり、自己評価がどうにも低いままだ。
日常生活、転職、結婚、家族問題など、人生の課題を、彼女だったら、どう向き合い、踏破するのか。大いに参考になるところがあった。
彼女の率直な言葉の返しは、しばしば、私の悩みをあっけらかんと吹き飛ばしてくれた。
彼女が次第に深めていった超自然的な世界観。それへの邁進に、彼女はどれだけ耐え得るのか、一体、どれだけ強靭なのか。どれほど満たされるのか。

因みに、彼女はその道の奥深く、扉の向こうへ去る際、きっちりと先々の生活の目処まで立てていた。いかにも彼女らしい。
─そこまで貫けば、大したもんだ
と、私は思った。
私のリアリストの夫も全く同じ言葉を口にしたので驚いた。私は時々、夫に彼女の話をしていた。

🐑🐑

車窓からお天気雨を眺め、
─彼女は今、ワンルームの部屋で
 祈りに沈潜しているんだろうか
と思った。
─お天気雨になったのは
 彼女の力なんだろうか
とまで思った。
─やっぱり私は、彼女から影響を
 受けているな
と少し、奇妙で可笑しい気持ちになった。

ふと、私の頭の中に、ファンタジーな物語が湧いてきた。
そのまま、するするとストーリーが溢れた。
満員電車内に、ぽつんと一つできた空席に“いる”人の話だ。

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主人公は大学生、シオノ エリ。
満員の通学電車で空席を見つけた。
空席なのに気配を感じた。
エリは、子どもの時のある出来事を思い出した。

エリが小学4年生の時、同じクラスに“ヒタさん”という女子がいた。
彼女の姿はエリには見えなかった。先生や級友には見えているらしい。エリにだけ、透明人間だった。
ある時、エリはヒタさんから話しかけられた。
「シオノさん、なんでいつも目をそらすの?」
エリはビックリした。声が正面から放たれている。が、誰もない。
ヒタさんは少し、怒っているようだった。彼女は、エリがずっと、彼女の目をそらしている、と感じていたようだった。
「ごめん、そらしてないんだけど‥、え‥‥‥と。」
説明のしようがなかった。
その一年間限りで彼女とはクラスが分かれた。
エリはその後、彼女のことを忘れ去っていた。

満員電車の空席。
また、ヒタさんがいる?
しばらくして、満員電車の空席の正体が判明した。
ヒタくんという同じ大学の先輩だった。
エリは改めて、彼とアルバイト先で直接、出会う。やはり、エリにだけ、その姿が見えなかった。

エリとヒタくんは付き合い始めた。
どうやって?
ヒタくんにはエリが見えているが、エリには彼の気配しか掴めない。だが案外、それで十分、関係を深めることができた。
やがて、結婚へ。
ただ、エリがヒタ姓を名乗ることになったら、彼女は彼女自身の姿まで見えなくなるのか‥‥。子どもができた場合、その子の姿は。

なんで“ヒタ”という名前の人が見えないのか。
その姓の人だけ見えないのか。
エリにとって“ヒタ”に意味があるのか。

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さて、せっかく降って湧いたストーリーなので、オチをつけたいと思った。
まずは、エリの “ヒタ” が見えない理由‥。
生理的な原因にしたい気分だ。例えば、脳の仕組みの不具合だとか、精神的な負荷によるとか。
そして、結末は思いっきり、ただのファンタジーにするか‥。
因みに、『シオノ エリ』という名前は、私(ヤマノ ミサキ)が学生時代、マンガの投稿をしていた時のペンネームだ。
その名前には、私のダミーや代弁者として、長年、私に付き合ってもらっている。

しかし、どうも引っ掛かることがあった。
「ヒタさん」「ヒタくん」という名前についてだ。
ストーリーの中に既にあった。
いや、よくよく考えると、“ヒタ” というより “ヒ” に引っ掛かるかも。
“ヒ”は、「ヒカリ」や「日(ヒ)」のイメージだ。
─「ヒカリ」のイメージ‥‥
そう、思ったら、複雑な気持ちがよぎった。
「ヒカリ」は“彼女の言葉”だ。
今や、超自然のベールをまとった彼女が、一つの真理だとして示した言葉だった。彼女の世界観を表す重要な要素だ。

「サイゴは全部、光になるんですよ。人も宇宙も、ありとあらゆるものが」
と、彼女は夕陽に照らされながらいった。
窓際の席で私とお茶をしていた時だ。少々、高圧的な感じだった。
おしゃべりの途中から、彼女は興奮気味だった。
「うーん、わかんないかなあ」
と彼女は苦笑いした。
この頃の彼女の話は、古神道とスピリチュアル、東洋医学、発達心理学、社会学などがミックスになって、染みついたビジネスマナーで理性的な雰囲気にまとめられていた。
聞く側からすると、内容がちらかっているのだが、彼女にとっては運命的な気付きに一歩一歩、導かれ、積み上がっている認識らしかった。

しかしながら、彼女の話はシンプルに面白い。なので、怪訝ながらもついつい、聞きたくなる。
不思議で不穏で特別感のある話は、なんだかんだいって興味をそそられる。多くの人が同じなんじゃないだろうか。しかも、私の場合、当事者から直接、大きな熱量で浴びせられるのだ。
だが、私は臆病で慎重だったから、内心、常に現実的な価値感や一般常識にしがみついていた。
それでいて、真実や真理が砂金のように顔を出さないだろうか、とも思っていた。

ただ、話を聞くのは結構、疲れた。
普通の感覚では当然、納得しづらい。飲み込むには抵抗感がある。
彼女への友人としての愛着や信頼感と、心に生じる矛盾のやり過ごしようには、正直、困惑の連続だった。

結果、私は内心、秘かに、彼女の話に理屈や合理性を重ねあわせる作業をしていた。
私の持ち合わせる、稚拙な自然科学や心理学、生理学、歴史、民間信仰、おとぎ話などの知識を総動員し、リアリティに落としこもうとした。
例えば『サイゴは全部、光になる』に対しては、宇宙に想像を飛ばし、星の消滅時の巨大な発光に対照してみたり。実際、人間や動植物などの細胞の死滅も、微かに熱や光を放っているのでは、と思っている。
『転生は宇宙規模に行われる』に対しては、宇宙を主体に考え、宇宙のあちらこちらでおきる「細胞」のターンオーバーみたいな感じを想像してみたり。私たちは地球、すなわち宇宙に住む生き物で、宇宙の一部─上手い感じでいうと「宇宙の細胞」だ。その細胞を今度は主体に考えると、ターンオーバーの際、個々の意識は継続しないが(意識を持つならば)、転生といえるだろう。‥‥みたいな。
因みに、宇宙で見つかった元素と、生き物の身体を構成する元素、およびその含有率は、ほぼ、同じらしい。とすると、私たちはまさしく宇宙の細胞みたいなものだ。ロマンチックに、星の一種だ、とか考えたくなる。

そんな内心の作業をしていると、いっそ、彼女に正面から問いただしてしまえば、なんて展開も心によぎる。
だが、意味がない、と諦める。
そうしたところで彼女の返事は
〈そう〉
なのだ。
「ほんとにそんな“気”を感じ取ってるの?」とか、「指令がどんなふうにくるの?」とか。‥尋ねるまでもない。
全部、彼女にとっては確かな現実なのだ。
その人の脳内で、その人の現実が展開し、外界に反映しているのだ。
─プラネタリウムの投影機のようだ
と、思った。
しかし、彼女の世界観はあまりにもよく、出来上がっていて、とても彼女一人で作り上げたとは考えられなかった。
実際、世間を見渡してみると、彼女の世界観と同じような論理が結構、ある。すでにある程度、普遍化さえしているようだ。
彼女はその中で着々と関係性を広げている。そうして心も満たされていくのだろう。
彼女と同様に、多くの人が満たされたり、救われたりすれば、世界や宇宙の平和、秩序に良い影響が及ぶ。‥と、いう理論的な展開がすでにある。それもまた、彼女から語られた。

前述の彼女のセリフに戻る。
「うーん、わかんないかなあ」
それは、無人となった実家を残すか売るか、という私の悩みに対する発言だった。
『サイゴは全部、光になる』ので、目先に囚われるな、というようなことをいいたいのだろう。
─話が噛み合っていない
 思いやりを失ってない?
と、まあ、ごく普通なら思わざる得ない。
「現実の悩みと悲しみなの」と、私は言い返したかったが、彼女には無意味だった。
私は脳内をフル回転して、不毛でヘンテコな喩え話を口にした。
「※※さん(彼女の名前)だって、花粉症がひどくてサングラス無しでいられないんでしょ? カバンに入ってんでしょ。サングラス、※※さん、リアルに今、必要としてて、デザインさえ、選んだりして買ったんでしょ」
「全部、光になるからいらないんです」
まさかの返答だった。思っている以上に感情的になってるのか? もしくは妙な自信がついてしまっているのか。
「いらないって、今日もサングラス、かけてきたんでしょ」

この日は少々、会話が衝突したが、彼女は私のことを覚醒が遅い仲間で、仕方ないと思っていた。店を出る時には温和な空気に戻っていた。
その後に会った時も、彼女は私の気脈を診断しくれたり、ケガレを払ってくれたり、覚醒に役立つ情報を教えてくれたりした。

🐑🐑🐑

彼女を思い出して、湧き出した “ヒ” が軸となったストーリー。
─私はやっぱり、彼女の影響を
 受けている
と思った。
しまいには、
─今日のお出かけ自体、
 彼女に導かれたのか
‥とさえ、思ってしまいそうだった。

だけど、やっぱり、私の気持ちは抗っている。自分を客観視して引き留めている。
─だけど、彼女に会いたいな
とも思う。
会おうよ、と誘えば、また来てくれるだろうか。その後の様子も知りたいし。

“ヒ”のストーリーは、結局、私の彼女への葛藤が反映された。
葛藤して、考え過ぎて、自分自身の弱みにたどり着いた。

(よろしければ、次話「『超自然的世界観に心が静まった彼女と‥』のおまけ」をご一読ください)

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