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Harlemに飛ぶ
最近大型テレビに買い替えた私がひどく驚いたのはリモコンにYouTubeのボタンがあること。YouTube鑑賞がこれまでと比較にならないほど臨場感あって楽しめるようになった。機械音痴の私でも簡単に接続できて迫力ある大画面で低音バリバリの音楽が聴ける。夢中になってお気に入りのアーティストのMVやスーパーボウルのハーフタイムを見まくっていた。そういえばSTUTSがNYの Harlem で路上ライブをやっていた動画があったことを思い出し、入れてみた。
大画面に映し出されるディープアウェイなHarlemでひたすらパフォーマンスする孤高感満載のSTUTSに改めて惹きつけられた。そのひんやりした場の空気がだんだん緩んでくる。セッションしてくれるノリのいいイケてるラッパーが現れたり、人々の体にSTUTSの編み出す音楽がじわじわ入って行くのが見てとれて痛快な気分になる。だいたいあの不思議な玉手箱みたいな機械からなんであんな奇妙キテレツな音が出るんだ?彼は宇宙人かい?そんな素朴な疑問は私も含めてその場に居合わせた全員にあるだろう。。このHarlemでの動画を最初に見た時、私は拍手喝采したい気分だった。あのゴスペルの聖地Harlem、125thは思い出の地だったから。
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数年前125thの駅で地下鉄を降りて、Harlemの図書館に週2回通っていた。アメリカの公共図書館がフリーで英語を教えてくれるクラスで学ぶために。マンハッタンのいろいろなブランチ図書館でその他言語話者への英語クラスは設けられていて、私はたまたまHarlem図書館に割り当てられた。
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そこでアフリカや中南米、アジア、ヨーロッパからのほぼ20カ国の移民と机を並べて2時間の授業を受けていたのだ。
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ホームワークもたっぷりあって最後には上のクラスに昇級するためのテストもある。フェアウェルパーティも用意されている。希望すると冬、春、秋とクラス開講のメールがくる。授業内容は…これは驚くほど多岐にプログラミングされていた。言葉だけでなくアメリカで健康に暮らすために望ましい食べ物や避けるべき薬、病院のかかり方など知っておくべきことを英語学習を兼ねて丁寧に教えてくれた。アメリカン、チャイニーズ、コリアン由来の油っぽい食べ物、スナック、タバコは健康によくないことを先生は何度も強調していた。人々は日本の寿司を口々にヘルシーと持ち上げていた。勤勉な日本人が主人公のアメリカで奮闘する物語も読まされて、くすぐったい思いをした。先生の好意だったのかわからない。マイノリティの中でマイノリティの日本はステレオタイプされているようにも感じた。また市民としての社会的なマナーのテーマも興味深かった。例えば他人の財布を拾ったらどうするかディスカッションしたところ、自分の懐に入れてはいけない、神が見ている、しまいには困った人にあげるという帰着点で意見がまとまりそうになっていく。警察に届けると言ったのは私だけだった。生きていくに必要なことは仕事に従事すること。その斡旋も図書館は熱心だった。そして民主党への思想的誘導、黒人有権運動の歴史など動画やイラスト入りでしっかりレクチャーされた。公共図書館はなんと政治的団体が支援していたのだったのだ。日本では考えられないことで理解するまで時間がかかった。オバマや夫人の本は推薦図書だった。選挙があれば必ず投票に行くようにと促され、生徒は実際投票資格はない人ばかりなのに政治の仕組みも時間をかけて説明していた。将来のためにと。
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こんなみっちりした総合学習を共に受講するクラスの皆は、レストランやスーパーで仕事をしていたり、学校に行きたかったり、一族で祖国を出て力を合わせて暮らしていたりと、老若男女いろいろだったが、皆アメリカで自分の道を開こうと真面目に生きている人たちだった。私も紛うことなく移民。どうやって自分を表現していいか手探り状態だった。アウェイの街でガチに生きて、いつでもテンパって歩いていた。どこから何が飛んでくるかわからない。そんな緊張感がいつもあった。山登りしたり、ランナーズハイみたいな感覚と似ていたように思う。だからそのご褒美としてもたらされる高揚と理屈抜きの自由の中で、世界に繋がるかもとこれまた浅い錯覚のアンテナに触れていた。全然若くないのにティーンエイジャーの気分だった。
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Harlem、いやアメリカで年齢を聞かれたことは一度もない。
STUTSは今や世界を席巻する素晴らしいアーティストでこの動画が初期の頃なのかもう有名になってからなのか不明なのだが、少しだけあの頃のHarlemに心臓バクバクで通っていた自分を思い出す。街には怖いような圧ももちろん漂っていたが、人間のみなぎるパワーがあった。笑顔の下に白い歯が見えた時、私は見てみたかった。感じたかった。そのそれまで会ったことのない国の人たちが醸し出す空気を。何かひとすじ掴みたかった。同じ人間として。共有できる何かを。
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そしてその実感は間違いなく残った。収穫は私の心に刻まれ、今日本にいる。
そしてこのところ、私はYouTubeで街歩きの動画を暇さえあらば見まくっている。。例えばセントラルパークから歩いて懐かしいHarlemへと辿る動画をあげてくれる人々に感謝しながら。日本から懐かしいHarlemに飛んでいっている。