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ドラフト新興勢力の大歴史/高田博史著『崖っぷちリーガー』〜徳島インディゴソックスはぐれ者たちの再起〜
今やすっかりドラフトの新興勢力となった感の独立リーグ。今年は16名(支配下7,育成9)がNPBから指名を受けた。
その歴史は、2005年に発足した四国アイランドリーグに端を発している。創設者は、90年代西武ライオンズ黄金期の主力として活躍した石毛宏典氏。そこから20年近い時を経て、国内5つのリーグで展開されるまでに至った。
本書『崖っぷちリーガー』は、四国アイランドリーグPlusに加盟する「徳島インディゴソックス」の球団創設期から11年連続ドラフト指名選手を輩出した昨年までの歴史を主に描いた野球ノンフィクションである。
著者はNumberなどで数々の印象的な執筆を手掛けた故・永谷脩氏の薫陶を受けており、2005年から四国アイランドリーグPlusの取材を敢行。1年目は徳島インディゴソックスを追い、2年目からは四国リーグ全体を取材して回っているという。
本書はそうした背景から貴重な取材機会を得て、多くの関係者に寄り添う綿密な取材のもと展開されている。
球団黎明期からの苦境、試行錯誤の末に確立した独自の育成システム、当時在籍していた選手のNPBを目指しての苦悩などが鮮やかにかつ爽やかに描かれている。
「夢を諦めさせてくれる場所』(巨人 増田大輝)
独立リーグに関しては、メディアを通じて表層的なことは伝え聞いている。
NPBのように大きな運営母体を持たないため、各球団、必ずしも経営を円滑には進められてはいないこと、所属選手はアルバイトをしながら生活費を稼いでいることなどは、広く知られているところだろう。
本書を読んでも、さして驚くような新事実が判明する訳では無い。
リーグ発足当初の運営会社の経営の杜撰さ、苦境などは想像していた通りだが、所属選手のドラフトまでの限られた時間での努力、活動、そして人生をかけた極限の緊張感は想像以上の凄みを感じた。
現在、巨人で守と足で不可欠な存在となっている増田大輝は、徳島インディゴソックス時代を振り返り「夢を諦めさせてくれる場所」と言った、と本書にはある。
大学野球が肌に合わず、とび職に人生をシフトし、再びNPBの夢を追いかけ実現した増田が、ここがダメだったら諦めがつく「最後の区切り」の場所と古巣を例えた。
ほかにも不動産営業マンだった故・木下雄介(中日)、甲子園のスター岸潤一郎(西武)など、一度は野球から離れながらも徳島を経由してNPB入団を果たした選手からも増田同様のニュアンスが伝わってきた。
そして、夢破れNPB入団を果たせなかった選手たちも例外ではない。彼らは彼らで徳島で「ギリギリ」の勝負を挑んだ経験を糧に、新たな人生をたくましく歩んでいる。
本書はそうした元独立リーガーたちの奮闘記であると同時に、野球ファンなら誰もがエールを送りたくなる若者たちの人生譚でもある。快著と言えるだろう。
ドラフト指名選手を多数輩出する育成の仕組み
徳島を語るうえで欠かせないのが、選手育成システムだ。本書には、荒井健司オーナーの言葉として、以下のように記述されている。
「ウチに来たら、どういう育成ステムがあって、どうやってNPBに行くのか?っていうストーリーを、明確に提示できるっていうのがすごくいいですよね」
徳島にはスカウティング、トレーニング施設、そしてNPBを経験している指導者層が「三位一体」有機的に連関している。以下、興味を引いた部分を抽出する。
全国にアンテナを張り巡らせるスカウティング
荒井オーナーは元高校球児で、現在は株式会社Wood Stockの代表取締役を務めている。インターネットメディアを展開する同社は、ネット上で『ベースボールドットコム』『高校野球ドットコム』『社会人野球ドットコム』『ドラフトドットコム』を運営している。
なので徳島インディゴソックスは、インターネットメディアが保有する球団で、そのため、有望選手のスカウティング情報を全国からつぶさに集める仕組みをもっていることになる。ドラフト間際の最終リストアップは200名に及ぶという。
狙う選手は球団創設から「NPBへ行ける選手」に他ならず、今ではドラフト1位の可能性のある高校の選手であれば、たとえ社会人の有力チームと重複していても、臆せずオーナー自身が出向くようになっているそうだ。
数年前までのドラフト漏れ選手たちの「駆け込み寺」的イメージは影を潜め、今や「選手を選べる」立場に変わっていることがうかがえる。
最速150キロ超えが続出する秘密
また育成システムのトレーニング面に関しては、「インディゴコンディショニングハウス」の存在が欠かせない。「ほぼシステムとして完成された自信がある」と荒井オーナーに言わせるほど、徳島の有望選手獲得のセールスポイントになっている。
そこでは、選手のトレーニング、体のケア、トレーナー派遣、そして数値測定を1ヶ月に1度行っていると本書にはある。現在、測定しているのは10種目。それを丸1日かけて測定するという。
徳島は「フィジカルで勝つ」「フィジカルだけはプロ野球のレベルに持っていこう」をスローガンに掲げ、投手なら球速150キロ、野手ならスイングスピード150キロをそれぞれ目標に設定している。
積年のデータの蓄積によって、目標到達に必要となる体力、筋肉量のデータを把握しているため、それに近づくための明確なトレーニングマニュアルが用意されているそうだ。「数値を出しながら理論的にレベルアップしていける」環境。最速150キロ超えが続出する秘密はここにあるようだ。
選手をスカウトに売り込む球団代表
そして徳島には選手をNPBスカウトに売り込むキーパーソンがいる。南代表だ。球団の経営はもちろん、選手のサポート、そしてNPBへのプレゼンテーションも担っているという。球場に足を運んでくれるスカウトとコミュニケーションを図り、良好な関係性を築くのだそうだ。
本書を読み進めると、NPBの各球団による徳島への興味が年々高まっていることがよく分かる。そして何より印象的だったのは南代表の以下の記述だ。
「目指しているものはずっと一緒で。『ドライチ(ドラフト1位)』なんですよ。だから、まだたどりつけていないです。もしくはメジャーリーガー。目指すところはもう、そこです。』
これは理念だけの話ではなく、球団運営に関する切実な問題を含んでの発言のようだ。四国リーグの場合、選手がドラフトに指名されると契約金の1割を球団に支払う契約があり、ドラ1を多数輩出すれば、その分、球団経営も潤う。
ましてメジャーリーグ球団からのポスティングが発生するような事態になれば、その経済効果ははかりしれない。現在の徳島の育成の仕組みをもってすれば、"徳島ドリーム"の実現もあながち夢ではないような気がするが、どうだろうか。
OBたちのNPB入団後の苦闘
徳島インディゴソックスは、上述した「インディゴコンディショニングハウス」ができた2017年から数えても昨年までで19人もの選手がドラフトで指名を受けている。
そして今年も加藤響(DeNA3位)、中込陽翔(楽天3位)工藤泰成(阪神育成)、川口冬弥(ソフトバンク育成)が指名を受けた。
12年連続でのドラフト指名となり、いたって順調なように思えるが、その一方で宮澤太成(西武)、村川凪(DeNA)など入団まもなく自由契約となった選手もいる。
NPBでの現状を鑑みるに、育成指名から支配下へ、支配下指名から主力選手へそれぞれステップアップできるている選手がなかなか見当たらない。
昨年「最速159キロ」の看板を掲げ、阪神からドラフト2位で指名を受けた椎葉剛は、ルーキーシーズンの1軍登板はなかった。
2軍での登板イニングは30回で防御率は4.45。強みであるはずのストレートの平均球速は145.6キロと徳島時代の迫力は見られない。*データ引用元はDelta1.02
阪神の藤川球児新監督は、椎葉の球速が戻らない現状を「ルーティンがアマチュア時代のまま」と分析していた。
椎葉の来年は気になるが、徳島ならず独立リーグ全体として、首位打者を獲得した角中勝也(ロッテ)、FA移籍を果たした又吉克樹(ソフトバンク)のように、OBたちの「際立った成績」が自らの球団運営の正当性を国内外の野球関係者に示す格好の機会となる。
それだけに、目的を果たしプロへ送り出した元独立リーガーの「伸びしろ」も大いに気になるところだろう。独立リーグに"ゴール”はない。