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【こぼれ落ちた断片06】叔父さんの訪問

今年の4月に彼の叔父さんが亡くなった。ということを、昨日彼のお墓参りで偶然にも鉢合わせした彼の従兄のノリオさん(仮名、本編に既出)から知らされた。それにしても、お墓参りでの鉢合わせって、ありそうで、なかなかないことのような気がする。

この叔父さんは、彼の父親のすぐ下の弟で、彼と同一市内の比較的近所、自転車であれば10分もかからない場所に住んでいた。もう90歳を超えておられる、小柄で細身の、帽子の似合うダンディな叔父さんだった。ワダ兄弟の葬儀や法事に毎回顔を出され、お歳のせいもあってかとても寡黙でいつもちょこんと座っておられたが、末席に座るマリにも隔てない笑顔と会釈をくださった。



父方の親戚とはとかく相性の悪かった彼も、この叔父さんのことは嫌いではなかったんじゃないかな?と勝手にマリは想像した。というのも、マリはこの叔父さんが嫌いではなかったから。あるいは若い頃にはぶつかったこともあったのかもしれない。時を経て、彼にとっては「心通じ合うことはないが、害もない」存在というところだろうか。

ノリオさんから叔父さんの訃報を聞き、寂しさの感情とともに、この叔父さんとの唯一の思い出を書き忘れてしまったことにハッと思い至った。

それがいつ頃のことだったのか、思い出そうにも手がかりがない。まだ暑さが厳しい頃か、逆に寒さの厳しい真冬か、どちらにせよ過酷な気候の季節だったように思う。残暑の頃だったら、マリが彼と付き合い始めたばかりの頃である。

夕方、玄関の黒電話が鳴り、やや親しげに誰かと話し終えた彼は、
「今から叔父さんが来るんだって。わざわざ来なくってもいいって言ったのに。」
と少しめんどくさそうに言った。
「私にお見舞いを持ってくるんだって。」
「ありがたいじゃない。でも、どうやってくるの?」
「自転車で来るんだよ。いつもそうなんだよ。」
「そっか。なら心配はないのかな。それなら私はもう帰るね。」
マリが言うと、
「キミがいたってぜんぜん構わないんだよ!」
彼はぜひそうしてくれと頼みこむように何度かそう言った。

マリがいてもいいと彼が言うのは意外だったが、ちょうど保育園のお迎えの時刻でもあったので、マリは叔父さんを待たずに帰った。しかし、彼があれほど叔父さんにマリを会わせようとしたのはなぜだったのだろう。
「私にも、気にかけてくれる近所の女性ができたんだよ。」
と叔父さんに知らせたかったのか、単に叔父さんと二人きりになるのが耐えがたいほどの苦痛だったためか。

叔父さんが持ってきてくれた蜜柑と林檎はあまりにも立派なもので、彼の冷蔵庫に似つかわしくないままいつまでも滞在していた。

今ごろ、天国の二人はどんな顔を見合わせているのだろうか。


【このこぼれ話はどうしましょう課】

→書き入れる最適の場所を探したいと思います。

☆【こぼれ落ちた断片】シリーズは、必要に応じて本文の中に回収していきたいと思います。


※ヘッダー画像はりょーこ【グラレコ✖️理学療法士】様よりお借りしました。ありがとうございました。

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