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ぼくはサラリーマン。残春の懇親会編②

社長の隣の席を指定された悲劇のヒロインサラリーマン。

前回の続き



大丈夫。焦らなくてもいい。
まだ初手で席次の辞令を交付されただけじゃないか。

思考を切り替えるんだ。

ここでほぼ全員が初対面になるわたしにとって、重要になってくるのは、人間観察だ。
今後どんなムーブをする必要があるのかを、徹底的に見極めなければならない。

ふぅ。
深く深呼吸をし、落ち着きを取り戻す。
するとモノクロだった景色に段々と色彩が蘇ってきた。


周囲を冷静に一度見渡してみる。
そこには社長の隣を任命されたわたしの事など眼中にないかのように、店の前で早速懇親をしながら、大きな声でたむろをしている漢達の姿があった。

はあ。
これが中学ヤンキー男子達なら通報ものなのに、中年ファニー男性達ってだけでたむろが許されるのだから、まだまだ日本の社会にはおかしな事が沢山ある。

詳しく光景の内訳を分析すると、店前で繰り広げられていたのは、各々懇親会に選抜された者たちが挨拶を交わす光景だ。

さしずめ、我らは会社を代表して懇親をしに来てるんだぞとG7首脳会談の様相を表しているようだ。

彼らと首相たちの違いは、国を背負っているかどうかだけの違いで、気負いなどはニュースで見た光景と何ら変わりはないように見える。


『じゃあ、役員の方は後から来るみたいなので、先入ってましょうか!!』


懇親会におけるバイデンが各国の長たちに入国を提議する。
そのコールを聞いた者たちが挨拶もそぞろに、店へと足を踏み入れる。


入店すれば、そこは小洒落た下町の居酒屋風のお座敷であった。
お座敷という事で、靴をシューズボックスに入れると中年男性たちの足を長年保護してきた漆黒の古びた靴下たちが露わになる。

そんな中、早速席次を巡って、往年のダチョウ倶楽部を彷彿とさせるサラリーマン達の「どうぞどうぞ」が繰り広げられている。

そんな光景を横目で見つつ、なぜ私だけ席を指定されたんだという疑問がふつふつと湧き上がるが、わたしも大人。腐っても成人男性。
特に泣き喚いたりする事もなく、席に着いた。


少しして、周りの座った席次を分析する。
どうやら私は長テーブルの1番奥で、社長はその隣に来るらしい。
これは社長のマンマークを任命されている。。。


やはりおかしい。


もう言っちゃお。帰りたい!!!
逃げるボタンを先刻から押してはいるが、逃げられない!の表示が食い気味に出てきてしまってる。

ポケモンだったらこんな腹の立つことはない。
ダメだ。。。もう逃げられない。





『やらなきゃ意味ないよ』
俺の中のリトル日大内田監督が囁いてくる。





よし、腹を括るしかない。

盛り上げてやる。
いざそう自分を奮い立たせると、なぜだか自然とスイッチが切り替わってきた。

そうだ、俺だってこの5年間ぼんやり窓際で景色を眺めて、過ごしてきたわけじゃないんだ。
こんな修羅場いくつも乗り越えてきたじゃないか。
英検だって4級を持ってる。
戦える。


役員2名分の席を空けて、全員が着席する。
改めて見渡すと、40〜60代と見られる修羅場をくぐり抜けてきたであろう猛者揃いばかりだ。
見るからに20代はわたし1人。

若くして名声を得た藤井聡太竜王もこんな気持ちだったんだろうか。
自らを将棋界の英雄と重ね合わせる。


音が消える。
まるで早朝の海辺の凪のように。
そして先程の懇親姿はどこへやら、静寂がお座敷を包み込む。

皆がこの世で最も誠意のある姿勢である正座で、役員の到着を全員で待つ。

『社長盛り上げるの一緒にがんばりましょうね。』


静寂が突拍子もなく、破られる。
誰だ。こんな時に。

分かった。神のお告げだ。
宗教の始まりはいつだってこうだ。救世主。
その神の声は自分に向かって前方より聞こえてくる。


『あ、設楽と申します。』

言葉と裏腹に、設楽と名乗る者の目に、まったく英気は宿っていなかった。


次回、神。敵か味方か。そして社長襲来。

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