ショートショート「海が呼んでいる」
唐突だが、
私は、集団行動が苦手だ。
だから、
当分、一人で良い。
でも、この小学校と言う世界では、単独行動は、他人の目には、異質に映る。
だから、目立たない様に、不快に思われない様に、私は、クラスの中に紛れ込んでいる。
そうして、息を潜めている。
そんな、安定した平穏と引き換えに、私は、涙が溢れる感動や胸が熱くなる友情を感じた事がなかった。
下校する時、強い風が吹いた。
スカートが捲り上がる。
でも、私は、冷静だった。
いつも、中に運動着の短パンを穿いているから。
「つまんねーの。」
振り返ると同じ年くらいの男の子が立っていた。
でも、こんな見た目の男子は、同じクラスには、いなかった。
見たことがない、男の子。
よく見ると、ランドセルをかるっていない。
どこの子だろう??
近所の子??
「志乃は、いつも、鉄壁だな。」
志乃って、私の事??
私の名前は、穂乃果なんだけど…。
「志乃じゃないよ。穂乃果だよ。」
思わず、見ず知らずの男の子に名乗ってしまった。
「忘れもしない。その顔は、志乃だよ。」
なぜ、私を志乃って言うのだろう??
彼の知り合いに、志乃って女の子がいたのかな??
私は、きっと、その子に似ているのだろう…。
「志乃は、帰り一人なの?」
男の子が下から覗き込んでくる。
うわ…。
睫毛が長い。
よく見ると、男の子は、美形だった。
「ほ、穂乃果ね。まぁ、一人が好きだから。」
すると、男の子は、意外そうな顔をした。
「え!?志乃って、いつも、沢山の友達に囲まれてたけどな…。」
そうなんだ…。
私と違って、志乃って女の子は、きっと活発な明るい子だったんだろうな…。
振り返ると男の子は、もう姿を消していた。
「不思議な子…。」
私は、思わず口に出して大きな声で、喋っていた。
次の日も
また
次の日も、
下校時間になると、見知らぬ男の子が私の後をついてくる。
時間をずらしても、道を変えても…。
そして、私の事を″志乃″と呼び続けた。
私も、面倒くさいから、彼の前では″志乃″であり続けた。
そして、決まって、家に近付くと急にいなくなる。
でも、彼の言葉、態度、笑顔。
その全てが、温かく、どこか懐かしかった。
だから、警察に突き出すとか、誰かに助けを求めるとか、親に相談するとか、そんな気持ちには、とてもなれなかった。
次第に、私は、彼の事を″友達″だと思う様になった。
生まれて初めて、できた友達。
学校の帰り道、小高い丘の上に立つと海が見える。
太陽の光に照らされて、光が乱反射している。
光の粒が、海の上を自由に踊っているみたい。
「綺麗…。」
私が見惚れていると、男の子が言った。
「僕は、海の王子様だよ。」
ぶほっ。
思わず声に出して笑ってしまった。
「海の王子様!?君が??面白い事を言うね。」
男の子は、不満そうな顔をして私を見た。
「本当だよ。海が僕を呼んでいるんだ。いつも…。だから、海には行ってあげない。逆方向に進むんだ。」
海が人間を呼ぶ…??
本当に、そんな事ってあるのかな??
「僕はね。多分、前世がイルカなんだ。泳ぐのが得意なんだぜ。クラスで1番!!上級生を負かした事もあるんだ!!」
彼の言葉を聞いて、私は目を輝かす。
「どこの小学校??ずっと、気になってたんだよね!!」
男の子は、驚いた顔をした。
「何を言ってんだ??志乃。僕と同じクラスだろ??」
私は、また声に出して笑った。
「ははは。まぁ、いっか…。君は、イルカか…。私は、ニシオンデンザメかな??」
男の子は、変な顔をした。
「ニシン??でザメ??」
その言葉を聞いて、私は何かの呪文かと思った。
「ニシオンデンザメ!!この前、図鑑で見たの。世界一のろい魚なんだってさ。」
男の子は、大笑いした。
「志乃は、のろまだもんな。確かに下手だった。」
志乃さんも泳ぐのが下手くそだったんだ。
私は、なぜだがホッとした。
「のろまって言われたのに、嬉しそうな志乃。変なやつ…。」
海が更に輝き、繊細な色を放つ。
「海…。私は、好きだな…。」
男の子も、私の隣で海を見つめた。
今日の下校は、いつもとは違う方向に、ズンズンズンズンと歩いて行く。
男の子は、あからさまに嫌そうな顔をした。
「志乃、お前、まさか…。」
私は、振り返って、両腕を腰にまわす。
「そう、海を見に行くの!!だから、君は、もう来なくて良いから!!」
男の子は、石ころを蹴った。
「なんだよ、志乃。いじわるだなぁ。」
口では、そう言いつつも、彼は、帰る素振りは見せない。
私の後をしぶしぶ、ついてきた。
二人が歩いていると、鼻の奥にツーンと磯の香りがした。
海が近い証拠だ。
「磯臭い…。」
「良いかおり…。」
私達は、真逆の事を呟いた。
私は、思わず全速力で走る。
砂浜、そして、海だ。
広い、大きい。
遠くで見るよりキラキラしてる。
最高!!!
「海、綺麗だよ!!!」
男の子は、海を眺めながら、切なそうに微笑った。
「そうだな…。志乃。ここに連れて来てくれて、ありがとう。志乃と一緒だから、海が綺麗に見えるよ。僕、一人だと、そうは思えなかっただろうな…。君と一緒だと、世界は綺麗に見えた。君と出会えて良かった。」
その言葉に、私の顔は真剣になる。
「なんだか、お別れみたい…。」
その言葉に男の子は、元気に笑った。
「僕は、いつも、君と一緒にいるよ。君の心の中に…。」
すると、遠くから声が聞こえた。
「西山さ〜ん!!」
振り返ると、同じクラスの佐々木さんが犬を連れて散歩していた。
「佐々木さんとワンちゃん!?」
意外な組み合わせにビックリした。
佐々木さんといえば、メガネをかけて、教室で静かに本を読んでいるイメージだった。
しかし、ここにいる佐々木さんは、Tシャツに短パン姿で、元気に犬の散歩をしている。
「ここ、私のお気に入りの散歩コースなの!!」
佐々木さん、もの凄く明るい。そして、なんだかイキイキしている。
「佐々木さん!!ワンちゃん可愛いね!!」
私は、ワンちゃんの頭を撫でた。
「うちの子、西山さんに凄く懐いてるわ!!嬉しいっ!!!」
佐々木さんは、感動していた。
私が振り返ると男の子は、姿を消していた。
「あれ…。男の子…。」
私が、そう呟くと、佐々木さんは、不思議そうな顔をした。
「男の子って??一緒に来てたの??」
私は、静かに頷いた。
「うん…。そうなんだけど…。」
佐々木さんは、目をキラキラさせながら聞いてきた。
「先に帰った男の子って、西山さんの好きな子??」
私は、首をブンブンと横に振った。
「違うよ。違う。友達だから…。」
佐々木さんは、優しそうに笑った。
「分かったよ!分かった!!続きは、学校で聞くから…。」
その日を境に、佐々木さんは、私の親友になった。
そして、その事実と引き換えに、私の前に、あの男の子が二度と現れる事はなかった。
時を経て、私は中学生になった。
中学生になっても、思い出すのは、あの男の子の事ばかり。
彼は、一体、何者なのだろう…??
そして、私は、ある一つの仮説に辿り着いた。
彼は、私の母親の小さい頃の顔と見間違えていたのではないだろうか…??
昔から、祖母に私は、母の生き写しだと言われ続けていた。
そして、私の母親の名前は、忍だった。
母親は、おそらく小さい頃″しの″と呼ばれていたのだろう…。
私は、小高い丘の上にのぼった。
小学生の頃と見える景色の感覚は、だいぶ違っていた。
背が高くなったからかもしれない。
あの頃は海が果てしなく大きく見えていたが、今は、普通に見える。
少し前の事なのに、だいぶ昔の出来事の様に思える。
海の色は、あの頃と変わらずにキラキラと輝いている。
変わってしまったのは、全部私の方なのだろうか…。
あの男の子の初恋の相手は、母だった。
もしかしたら、母の初恋の相手も、あの男の子だったのかもしれない…。
二人は、お互いが運命の相手だったのかな。
永遠に結ばれる事はなかったけれど…。
そう、考えると胸が切なくなる。
そして、奇妙な事に私の初恋の相手も彼だった…。
その時、強くて強烈な風が吹いた。
慌ててスカートを抑える。
「穂乃果は、鉄壁だな。」
「僕は、いつも君と一緒にいるよ。穂乃果の心の中に…。」
無性に彼に会いたくなった。
私は、海まで全速力で走った。
もう、いない彼と競争でもするかの様に…。
海が私を呼んでいる。
いつの日も。
私を…。
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