ショートショート「秘密」
秘密①
かすみの場合。
私は、もうすぐしたら、ゆうたと結婚する。
出会って、何年が経ったのだろうか。
短い様な気もするし、
果てしなく長かった様な気もする。
初めて、ゆうたに出会った時、私は、生まれて初めて神様に感謝した。
私の目には、少女漫画に出てくる様な、特別な男の子に映った。
周りは、呆れるかもしれないけど、私は、ずっと胸の中で、こういうトキメク出会いを待っていたのだ。
ゆうたは、身長が高くて、痩せていて、顔は、塩顔だった。
そこが良かった。
ゆうたが、着ているコート。
(何度、ゆうたに聞いても、どこで買ったのか教えてもらえなかった。)
手首に身に付けているゴム。
(何度、ゆうたにねだっても、貰えなかった。)
ゆうたの仕草。
カッコ良いオーラがあった。
センスが良いか、悪いかが、男性が、イケてるかイケていないかの差だと、私は思う。
ほんの少しの差が、その微妙なラインの分かれ目な気がする。
実際に、学校でのゆうたは、目立っていたし、モテていた。
正直に言う。カッコ良かった。
だから、ゆうたの特別になりたくて、私から積極的に話し掛けた。
その時のゆうたの態度は、明らかに私という存在には、無反応だった。
しかし、私の親友の女の子には、反応を示した。
私の時とは違って、明らかに、楽しそうだった。
そのゆうたの行動は、私にとっては、とてつもなくショックな出来事だった。
せっかく、素敵な理想的な男の子に出会えたのに…。
私は、燃えた。
親友には、私の目の中に赤く燃えたつ炎が見えていたのかもしれない…。
誰にも知らない所で、決戦のゴングが鳴った。
調理実習で作ったクッキー。
もちろん、嫌がるゆうたにあげましたとも。
放課後。
帰宅部同士なので、最寄り駅で、ゆうたと話す時間を確保しましたとも。
体育祭。
二人とも足が速かったので、ゆうたと一緒に男女混合リレーに参加して、ゆうたにバトンを渡しましたとも。
憂鬱なプールの時間。
水着の胸の部分に二枚のパットを入れて、苦手な裁縫をして、しっかり留めましたとも。
(こんな事をしても、あんまり意味がないかと思うけど、私自身の見栄の為。)
プールの自由時間。
ゆうたより先にあがって赤面するゆうたの横を横切りましたとも。
プールが終わった時間。
ゆうたの真ん前で濡れている髪をタオルで乾かす仕草をしましたとも。
何気ない時間。
私の小さい身長を生かして、ゆうたに上目遣いしましたとも。
いつも着ているカーデガン。
ワザと大きめのサイズを買って、ゆうたの好きな萌え袖にしましたとも。
文化祭。
嫌がるゆうたと一緒に、お化け屋敷に入って、恐がるゆうたをなだめながら、さりげなく手を握りましたとも。
こんな感じで、私とゆうたは、熱い?高校3年間を過ごした。
私の血の滲む様な努力のお陰で、私とゆうたは、やっと友達になれた。
私にとっては、最初の一歩を踏み出した気分だった。
そして、大学こそは、一緒ではないものの、ゆうたとアルバイト先が一緒という最高なシチュエーションをゲットした私。
もう、私に迷いはなかった。
私は、ゆうたに告白した。
結果は…OKだった。
絶対に、ゆうたにフラれると思い込んでいた私は、人生のピークを迎えた。
季節は、違っても、私の人生は、この世の春だった。
信じられなくて、ゆうたの目の前で嬉し泣きをした。
ゆうたは、そんな私の姿を見て、顔を真っ赤にしていた。
ゆうた、可愛すぎるやろ…。
私は、ゆうたと別れた帰り道、小学生の時以来の分かりやすいスキップをした。
ルンルンルン♪
すれ違う人達は、もう良い年の私を好奇な目でジッと見ていた。
そんな視線も感じない位、私は、しあわせだった。
そう、あの日までは…。
「お邪魔します。」
ゆうたの実家に初めて行った日。
私は、目を疑った。
衝撃的すぎて、三度見位した。
「はじめまして。妹のスズです!!」
この世の美を集めた人間を初めて見た…。
塩顔のゆうたと全然似ていない、美人すぎる妹さん…。
天使…じゃない。
女神…じゃない。
ごめんなさい。
言わせていただきます。
ラスボスやん!!!
あなた、ラスボス…だ…わ…。
神様が私という人間が思い上がらない様に用意したラスボス。
それが、妹のスズさんだ…わ…。
私、全てが上手くいきすぎてると思ったわ。
だって、あんなに私に興味がなかったゆうたが友達になってくれて、恋人にまでなってくれて…。
私、これから、ゆうたと結婚しても、一生スズさんと比べられながら生きて行かなくてはいけない…。
こんなことって…。
嗚呼、神様…。
そんな私を尻目に、ゆうたは私にも見せた事のないとびきりの笑顔で、スズさんの頭を撫でていた。
まだ、私は、ゆうたに頭ポンポンもされた事がないのに…。
秘密②
スズの場合。
私と兄ゆうたは、顔が似ていない兄妹だった。
でも、血が繋がっている事は確信できる。
ただ、兄は母似で、私は父似だっただけだ。
兄は、小さい頃から天邪鬼だった。
母に似て、塩顔だったし、表情があまり顔に出なかった。
私にとって、兄は、分かりやすい存在だった。
兄は、自分の好きな子には、無反応になる。
私は、妹なので、恋愛対象外。
兄は満面の笑顔で、饒舌に接してくる。
なんなら、ベタベタしてくる。
私の髪の毛をくしゃくしゃにしてくる。
無邪気に。
何の悪意もなく。
私が中学生の時だった。
あんなに、優しく温厚だった兄にも反抗期がきた。
いつもしていた挨拶は、全くしなくなり、部屋に閉じこもりきりになった。
私とも口をきかなくなり、疎遠になった。
私は、周囲から勧められて生徒会選挙に出る事になった。
私は、嫌だったけど、職員室に呼ばれ、先生2名に同時に頼まれたので、断るに断りきれなかった。
兄も同じ中学だったので、兄の前で選挙活動をする事が嫌だった。
兄は、今、反抗期真っ只中だし、凄く気まずいだろうな…。
生まれて初めて家に帰りたくないと思ってしまった。
ドアを開けるのが、こんなにも憂鬱だ。
まるで、地獄に繋がる門の様だ。
開けたくない。
でも、開けなければ前に進めない。
ガラガラ
勇気を出して、玄関を開けた。
「ただいま…。」
案の定、玄関に兄が無言で立っていた。
…怒られる…。
私が身構えた瞬間。
兄は、
「スズ…。お前、生徒会選挙に出るんか?」
と静かに聞いた。
「そうやけど。副会長。まぁ一年やから、落ちるやろうけどさ。それより…。」
私が兄に謝ろうとした瞬間…。
「スズ、安心しろ。お前には、既に10票ある。」
と、兄は笑顔で言った。
「え…?」
私が言葉に詰まっていると兄は続けた。
「俺の友達、全員、お前に票を入れるって!だから、安心しろ!!」
私は、想像していなかった返事にビックリした。
「お兄ちゃん、妹が選挙に出るって恥ずかしくないん??」
私が聞いたら、兄は、
「全然。むしろ、嬉しいし、誇らしいわ。お前は、昔から、目立っていたし、人望があったもんな。やるんなら、生徒会副会長を目指せよ。なんなら、芸能界に入って、女優を目指せよ。お前は、どこに出しても、恥ずかしくない。俺は、いつでも、兄妹として、お前を誇りに思ってるよ…。」
私は、その言葉を聞いて、思わず泣きそうになった。
お兄ちゃんは、狡いよ。
ずっと、まともな話もしてなくて、久しぶりにした会話がそれって。
狡いよ。
凄く、狡い。
今のお兄ちゃんの言葉とかさ、一生、忘れられない会話になっちゃったじゃん。
どうせ、その気まぐれで自分勝手な反抗期が終わったら、また私の髪の毛をクシャクシャにするんでしょう??
そうして、一緒に私の心も掻き乱すんでしょう??
今日、私は、かすみさんに初めて会った。
兄は、かすみさんに素っ気なかった。
本命だって、すぐに分かった。
お兄ちゃんは、いつでも分かりやすい。
単純な男だ。
バカみたい。
早く忘れた方が良い。
忘れてしまった方が、私も、すぐにラクになれる。
私は、自分の部屋に入り、机の上の鍵のかかった一番上の引き出しをそっと開けた。
そして、あまり可愛くない猿の置物を手に取った。
幼い頃、お祭りの射的で兄が取ってくれたものだった。
いつも、捨てようと思っていた。
それでも、捨てられなかった。
捨てきれなかった。
こんな想いをする位なら、ずっと、幼いままが良かった。
そしたら、こんなに勝手に傷付く事もなかったのに…。
私は、猿の置物を机の一番上の引き出しに戻した。
そして、鍵をかけた。
小さい頃から、ずっと、そうしてきた様に…。