ベイカレントの戦略とキャリアについて考える②

本稿では前回から続いてベイカレントの戦略をより深く掘り下げ、ベイカレントに纏わる読者のキャリアを紐づけて論じてみたいと思う。第一部で書ききることができなかったため、本稿も無料で公開することした。前回の投稿ではマッキンゼーのビジネスモデルとベイカレントの事業戦略について一部述べた。ここでコンサルティングファームのブランディング戦略について触れつつベイカレトのビジネスモデルについて掘り下げたい。(コンサルティングファームのブランディングについてはあまり記事がないように思う。)


アクセンチュアのブランディング

総合コンサルティングのAccenture(アクセンチュア)のブランディング戦略

Accentureのブランディング
実はグローバルではAccentureのブランド力は非常に高く評価されていると言える。ブランディング領域のコンサルティングファームであるInterbrand社が毎年公開しているBest Global Brandsというブランドランキングがある。当社の格付けによると2021年度、Accentureは32位にランクインしている。1位はAppleで、Accentureの前後のブランドにはAmerican ExpressやGUCCIなどが名を連ねている。
Accentureのランクインが意味するところは「Accentureはブランディングに上記のようなブランドと謙遜ないレベルで投資をしている」ということである。実際に海外の空港などでAccentureのオフライン広告(看板広告)などを見たことがある読者もいるだろう。

https://www.rankingthebrands.com/The-Brand-Rankings.aspx?rankingID=37

ここでアクセンチュアの国内の活動に焦点を置いてみる。アクセンチュアはブランドとして何をメッセージしているのか、なぜそのブランディングが重要なのか、を考えてみたい。

結論はシンプルで、アクセンチュアはDiversity&Inclusion(D&I)をブランドのコアとして訴求している。この背景にはクライアントニーズに対して、適正な量のコンサルタントを確保できていない、というファームの課題があったためである。2014年ごろ、国内のアクセンチュアのマネジメントレイヤーでは下記のような議論がなされていたと思われる。

1. アクセンチュアは市場ニーズに合わせ、意欲的に規模拡大をしようとしていた
2. パーディアム(人月)ビジネスの性質に鑑みて、規模拡大のためにはコンサルタントを大量に採用する必要性があった
3. 大量のコンサルタントを採用するにあたり、コンサルタント経験者を期待通りの人数を採用ができなかった
4. コンサルタント未経験者からも志望者を募ったが、これも期待通りの人数を採用ができなかった
5. アクセンチュア所属のコンサルタントが他社に流出していた

このような課題を受けて発足したものがAccentureが国内で2015年から開始したProject PRIDEであると考えらえる。この施策は簡単に言うと、国内のコンサルティング業界では初と思われる「働き方改革」である。

それまでのコンサルティング業界全体として「労働時間が長く、社内競争が激しく、プレッシャーの強い業界である」という認識があったように思う。
さらにAccentureはその中で(悪評高いというと失礼であるが)パワハラのようなイメージも加わり、「コンサルタント未経験者がエントリーしづらく、エントリーしたコンサルタントもすぐにやめてしまう(リテンションしづらい)」状態になっていたと思われる。この状況を生み出していた根本的な問題が当時の過酷な労働環境=社風・組織風土であった。

Project PRIDEは働き方改革である、ということ表面的に聞こえるが、その戦略的な意図としては、組織風土の改革を通じてコンサルティング業界の中で「未経験者でもエントリーしやすいファーム」であるというポジションニングをとり、「採用数・リテンション率」を向上させることにあったと想像される。
ここでD&Iを訴求しているのは、さまざまな理由で既存の国内大手企業では働きたくないが優秀な人材に来てもらいたいからである。
あまり言葉を選ばずに言うと、国内の伝統的大企業(JTC)の年功序列文化に馴染めない帰国子女、新卒配属で営業をしたくない研究・分析職希望のPhD、全国転勤を受け入れたくない上位の私大卒などである。

これを図示すると下記のようなものになる。

Accenture JapanがProject Prideにより実現したいビジネスサイクル(想定)

その他のファームでは、PwCが「やさしいコンサル」をタクシー広告などで訴求しているのも、似たような課題意識からきているように感じている。

ベイカレントの事業戦略①:ブランディング-a

ベイカレントはアクセンチュアがD&Iにブランディング投資するのと同じ要領で、コンサルタントの給与とエージェントのインセンティブに投資をしている。

ベイカレントが実現したいビジネスサイクル(想定)

このサイクルを続けることによりベイカレントは「(金払いのよい)戦略コンサルティングファーム」としてのブランド・ポジションニングを得たいのだろう、と筆者は考えている。
つまり、ベイカレントは「戦略コンサルティングファームである」という認知を人材市場から得て、採用面で有利に立ちたいのである。その際、戦略コンサルティングファームであることの証左として給与が高く設定されている必要がある。そのために前回の投稿で書いたような高い給与を実現する施策を熱心に行っているのである。

1. 高いコンサルタントの稼働率
2. 低いパートナーの給与設定
3. 最小限の設備投資(不要な投資の抑制)

https://note.com/weiden_haus/n/nfc0a5f240fe6

ベイカレントの事業戦略①:ブランディング-b

PMOで安定的に獲得した収益をコンサルタントへの高い給与で還元し、「金払いのいいファーム」を演出するに加え、ベイカレントはMBBなど戦略コンサルティングファーム出身のコンサルタントを採用することに力を入れている。この採用方針が示唆するのは
①生え抜きの社員だけで戦略コンサルティング案件ができるケイパビリティを有していない
②経験者を採用し戦略コンサルティング案件を実施することで戦略コンサルティングを実施している」、という既成事実を作りたい
③戦略コンサルティングファーム出身者が在籍していることによる「戦略コンサルティングファーム」というイメージを作りたい
ということである。

②③が非常に重要であり、PMOで得られた収益で戦略コンサルティングファーム出身者を採用することは、ベイカレントのブランディングの一環なのである。

ここがマッキンゼーとベイカレントとで大きく異なる点である。マッキンゼーが人材輩出という、崇高なミッションに掲げているのに対して、ベイカレントは「戦略コンサルティングファームになりたいコンサルティングファーム」「商売としてのコンサルティング感」はやはり否めない。

ベイカレントの事業戦略②:稼働率とリスク

他ファームより安いコンサルタントフィーであっても他ファームより高い給与を実現する施策として、実はPMO案件が重要になってくる。
一般の戦略コンサルティングビジネスはフロービジネスであり、3-6か月ことにプロジェクトを行い、単価は数千万~数億円にもなる。一方で、プロジェクトが取れなければアベイラブルなコンサルタントが発生し、稼働率が下がってしまう、非常に不確実性の高いビジネスである。

一方のPMOビジネスもフロービジネスであることには変わりないが、プロジェクトの期間が戦略コンサルティングよりも長く、1-3年ほどある。
戦略コンサルティングのコンサルタント単価は1人月500万円~が相場であり、PMOは100万円-800万円のレンジであり、比較すると後者の方が安い。しかし、3年間の間、安定的に100%により近い稼働率を実現することができるのである。

戦略コンサルティング案件はマンモスを狩るような狩猟型のビジネスであるのに対して、PMO案件は一度獲得できれば1-3年はコンサルタントを稼働させることのできる農耕型の案件である。一部ではあるが、売上予測1-2年後まで見通しがつけば、コンサルタントに支払う給料を上げることができるのである。

ベイカレントの事業戦略③:オフィス賃料と貸与端末

非常にシンプルな話である。PMOはクライアントのオフィスに常駐することになるためオフィスの賃料も大規模な費用が発生しない。
同規模のBIG4の都内オフィスのコンサルティング事業部は一つのビルに2-3フロアほどあるがベイカレントは虎ノ門ヒルズにオフィス1.5フロア程度である。また、PMOはクライアントの端末で仕事をすることが多いため、貸与端末のリース費もカットできると想像される。

ベイカレントの事業戦略④:転職エージェントのインセンティブ

巷でよく聞くのが、ベイカレントが転職エージェントに支払うインセンティブが異常に高い、と言う話である。

転職エージェントの一般的なビジネスモデルは、転職が成約した場合に、転職先の企業が求職者に提示した年収の約30%である。つまり、求職者を年収1,000万円で転職のあっせんに成功すれば、クライアント企業から300万円ほどの制約フィーがもらえるのである。

一方で、ベイカレントは転職エージェントに相場よりも高い制約フィーを支払っているとされる。Twitter上では100%ほど支払うという話もある。年収1,000万円の求職者を転職エージェントを経て採用すれば、ベイカレントは当該エージェントに1,000万円の制約フィーを支払うのである。とすれば、転職エージェントの視点では、下記のような皮算用が働はずである。

事業会社勤務の27歳の第二新卒(年収600万円)のコンサルティング職希望者の場合:

BIG4などの総合コンサルティングファームにあっせんした場合:
 ランク(想定):コンサルタント
 想定オファー(想定):650-750万円
 制約フィー(想定):200-300万円

ベイカレントにあっせんした場合:
 ランク(想定):コンサルタント、
 想定オファー(想定):700-800万円
 制約フィー(想定):700-800万円

ここまで制約フィーが異なるのであれば、転職エージェントは求職者をベイカレントにあっせんしたい気持ちが強く働く。これであなたが転職エージェントにベイカレントをお勧めされた理由がお分かりであろうか。

ベイカレントの事業戦略⑤:リテンション

転職エージェントに高いフィーを支払い、採用したコンサルタントへ高い給与を支払うと、その投下コストに対してリターンを得るためには長くいてもらう必要がある。

2022年決算のIR情報によるとベイカレントの平均勤続年数は3.9年である。

https://ssl4.eir-parts.net/doc/6532/yuho_pdf/S100NXKY/00.pdf

事業会社と比較すると平均勤続年数はかなり低いが、これでベイカレントが成長していることを考えると、あっせんしたコンサルタントが3年-4年ほど在籍してくれればベイカレントはその投下コストを回収したうえで成長できる、ということになる。中途で採用したコンサルタントが5年もいてくれれれればベイカレントとしては御の字なのである。

ベイカレントの事業戦略⑥:採用ターゲティング

2022年決算のIR情報によるとベイカレントの社員の平均年齢は32.6歳である。

https://ssl4.eir-parts.net/doc/6532/yuho_pdf/S100NXKY/00.pdf

ここからわかるのは、ベイカレントの社員は非常に年齢が若い。勤続年数を5年で意識すると下記のようなイメージである。

  • 新卒:23歳~28歳で在籍

  • 第二新卒:25-26歳~30-31歳で在籍

  • 中堅:29歳-35歳~36歳-40歳で在籍

20-30代前半ほどに採用ターゲティングを絞っているように見える。これはある種、どのコンサルティングファームでも同じなのだが。ここは非常にグロテスクな話が存在しており、それについては次回投稿することにする。


ベイカレントの事業戦略まとめ

先ほどの事業会社勤務の27歳の第二新卒(年収600万円)が転職エージェント経由でベイカレントに年収800万円で転職し、コンサルタント職でPMO案件に3年間、稼働90%でアサインされたとする。

3年間の想定売上:200万円/月 x 36か月 x 90% = 6,480万円
3年間の想定コスト:3,500万円
 想定人件費:800万円/年 + 900万円/年 + 1,000万円/年 = 2,700万円
 エージェントフィー:800万円/年 x 100% = 800万円
3年間の営業コスト:3,000万円/年(営業の給料) x 3年 / 100人* = 90万円

3年間のコンサルタント1人あたりの利益*:2890万円 利益率:45%
1年間のコンサルタント1人あたりの利益*:963万円

*営業1人あたり約100人のコンサルタントを管理していると仮定
*コンサルタントの売上-営業人員-転職エージェントへのフィーとしている

厳密な販管費としてのオフィス代や、貸与端末のリース代、ナレッジシステムやコミュニケーションツールなどのIT設備の部分は考慮から漏れているが、これを見てもわかる通り、かなり高い利益率である。実際には営業の費用はもっと高いかもしれないが、それでもSES事業や派遣会社と比べても
高利益率が成り立ちそうな数字である。IRによると2022年2月度決算時の営業利益率は35.8%であり、非常に高い数字を実現できている

今後業界に起きるうること

もしベイカレントがこの高い給与設定を人材市場における競争的優位性として今後も維持していくのであるとすると、ベイカレントのコンサルタントの
給料は今後も上昇していくことになる。

昨今のコンサルティング業界はコンサルタントの給与が高騰しており、ベイカレントがそこで優位性を継続して発揮していくのであれば、同様に給料を上げていくはずである。ベイカレントは以前から継続してコンサルタントの単価向上を掲げているため、今後も単価を向上させることでコンサルタントの給料に還元していく方針であると思われる。

(なお、労働市場の制度変更やコンサルティング業界の成長が鈍化した際に
同様のモデルが成り立つのかはまだ筆者もわかっていない点である。)

コンサルティング業界のCAGRは8.8%であるが、ベイカレントは29.6%ほどあり、業界の成長よりも高く成長している。
その背景には非常に緻密な仕掛けがあり、筆者はOBとして創業者・マネジメントの戦略眼を高く評価している。特に秀逸と感じる点は、このビジネスモデルが成長する背景にある雇用の流動化が実態として進む中で、国内の労働市場や事業会社の仕組みが抜本的に変化していない部分に商機を見出した点である。つまりベイカレントは労働市場・人材市場への洞察力が非常に優れている、と筆者は感じている。

次回はこのベイカレントで働くことによるメリット・デメリットについて触れつつ、キャリア論について書きたい。

最終回はこちら

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