一途で誠実な彼(2人用台本)
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登場人物
矢野朔也:男子高校生
伊藤ハル:女子高校生、朔也の幼なじみ
(ハル:モノローグ)
彼をよい言葉で表すならば、「一途」で「誠実」。また悪く表すならば、「脆弱」で「貪欲」だった。
一見、誰にでも優しく人当たりのよい彼は、その裏、誰にでも好かれたく、望まれたいひとだった。
分け隔て無く明るく接する彼の闇を知る人は居ない。誰にも知られたくなかったのだ。
「朔くんはほんとにいいひと」
そうして振る舞われる『ご馳走』は、何よりも尊く心を震わせ、また、何よりも醜く心を歪ませた。
矢野朔也というひとは、人一倍、淋しかった。
(朔也:モノローグ)
初夏。
蝉が少しずつ羽化し、力一杯鳴き喚いて子孫繁栄に力を振り絞る頃。
僕は、その薄汚い、生命を感じざるを得ない音色に囲まれてぼんやりと空を眺めていた。
学校へ行く前はいつもこうして、『矢野朔也』という人間を形成してから通学路を辿る。
座っている木製のベンチは太陽の熱を吸収してやけどしそうな程熱い。コンビニで買った大して読む気もない雑誌を流し読みしていると、ふわりといい香りがして、隣を見ると容姿端麗の少女がこちらを見つめていた。
ハル「朔、おはよう」
朔也「……おはよう」(ぎこちなく微笑む)
(朔也:モノローグ)
まだ『矢野朔也』は作りきれていない。無理な笑顔を顔面に張り付けて返事をする。挨拶をしてきたのはおおよそ幼なじみと呼ばれる存在だった。
ハル「朝早いな〜、何読んでるの?」
朔也「この表紙の俳優さんの演技が好きでさ」
(朔也:モノローグ)
男になんてまったく興味がないし、名前も初めて知ったような俳優の写真を指させば、
(ハル)ああ、いいよねこの人。タイプだなぁ。
(朔也:モノローグ)
へら、と笑う顔。
この純粋な顔を、滅茶苦茶にしてしまいたい。
僕の心の中は、いつもそうだった。
朔也「ハルはさ、好きな人いないの?恋人作ればいいのに」
(朔也:モノローグ)
思ってもいない言葉を口に出すと、ぽっと頬を赤らめて、
ハル「い、いきなりなに?」
(朔也:モノローグ)
そういって、ハルははにかむ。
なんとなくこの人に気になる奴がいるのは知っていた。
小さい頃から見てきたこの人のことを、知らないはずがなかった。
(朔也:モノローグ)
彼女は望まれる人だった。
先輩から、「ハルちゃんに渡して欲しいんだけど」と手紙を渡される。
なんでもないように笑顔を貼り付けて、先輩に渡された封筒を預かる。
じゃあ頼むな、と言ってそそくさと下駄箱に向かう彼を蔑んだ目で見つめる自分に、まだ幼さを感じる。
感情の起伏は豊かではない。
でも、それを表現することはいくらでも出来た。
僕は演技の仕事が向いているのかもしれない。
帰路、別段連絡もせずにインターホンを鳴らせば、出迎えるのは彼女の母親。
何気なく挨拶を交わし、目的の人を呼んでもらう。
ハル「どしたの?」
朔也「これ、先輩から預かってきたよ」
(朔也:モノローグ)
そう笑って言うと、曇るハルの表情。
ハル「……明日にでも断るわ」
朔也「ええっ。なんでさ、もったいない」
ハル「興味ないもん」
(朔也:モノローグ)
いじけたようにそう呟いて、手紙の中を確認もせずにくしゃりと潰す。
人の想いは、そう簡単に粉々にされるものなのだ。僕は、きちんと理解していた。
ハル「ね、新しい絵見せたい。上がってって」
朔也「……わかった」
(朔也:モノローグ)
ぱっと表情を明るくして僕に話しかける。
切り替えが早いのは、本当に興味が無いからなのか。
そうして拒否のできない僕は、招かれるまま、導かれるままに二階の彼女の部屋へと進む。
彼女がドアノブを捻ってぐいとドアに体重をかけるとき、彼女の髪がふわりと揺れて、シャンプーの香りがあたりに舞った。
……思わず、くらりとめまいがした。
殺風景な部屋に案内されると、ちょっと待ってて、とベッドの上に促される。
ハル「お茶とってくるわ」
朔也「ああ、おかまいなく」
(朔也:モノローグ)
そうは言いながらも、炎天下まっすぐ寄り道もせずにここまで来たものだから、冷えたお茶を想像すると喉が鳴る。
大人しく冷房の効いた部屋に座って待っていると、目に留まるのは勉強机の上のノート。
日記帳のようで、開いたままだった。
いけないことをしている。
頭では理解しながらも、そっと近づいてその書き記された内容をちらりとのぞき見る。
(ハル)(日記)
『今日もあの人のことばかり考えてた』
『いつハルの想いに気づいてくれるんだろう』
『ハルはずっと見てたのに、あの人はそんなの興味なさそう』
(朔也:モノローグ)
かわいらしい字で綴られているのは、得体の知れない恋模様。
ぞくりと身震いしながらそっと次のページに行こうとしたとき、
ハル「朔、ドア開けて」
(朔也:モノローグ)
呑気な声がして、はっとして急いでページを戻してドアを開ける。
ハル「ありがとう」
朔也「……いいえー」
(朔也:モノローグ)
お互いに座って、淹れてきてくれたお茶を飲む。
朔也「はあ、外暑かったから生き返るわぁ」
ハル「おおげさだなあ」
朔也「ほんとなんだって!ハルはもうちょっと外出ようよ」
ハル「……あの、さ」
朔也「ん?」
(朔也:モノローグ)
他愛のない会話で先程の日記の内容を頭の隅に追いやっていたが、
ふいにトーンの落ちた声で呼びかけられて、思わず身構える。
何かしてしまっただろうか。『矢野朔也』は。
ハル「朔はさ、好きなひといないの」
朔也「……どうしたの急に、いないよ」
(朔也:モノローグ)
へらへらと気味の悪い笑顔を貼り付けて、言う。
すると、感情の出やすい彼女が、顔を悲しそうに歪ませて僕の手をそっと握る。
ハル「ハル、……言いたいことあるんだけど」
朔也「…聞くよ」
ハル「ありがとう」
(朔也:モノローグ)
その言葉に、なんだか妙に安心してしまう。
ああ、きっと、この先は、あの日記の内容を話してくれるのだろう。
僕はいつでも受身型だった。
深呼吸をする彼女。言葉を待つ僕。
そうして待ったのち、僕に何か得はあるのだろうか。
ハル「実は、好きなひとが居て」
朔也「……うん」
ハル「そのひと、鈍感だから、たぶん気づいてない」
朔也「そう、なんだ」
ハル「だから、言うね?」
ハル「朔、好き。」
「気づいたら朔のこと、好きになって」
「ずっと目で追ってしまう」
「こんなの、気持ち悪いってわかってるけど」
「それでも、もう限界なの」
「ハル、朔のことが、すき」
(朔也:モノローグ)
泣きじゃくりながらぽつぽつと呟く彼女に、僕はどうしたらいいのか、久しぶりに戸惑った。
どうするのが正解なのか。
どうすればいいのか。
どれが正しい道なのか。
ハル「……こまる、よね」
涙をこらえてそう笑う彼女は、さっと握っていた手を離そうとする。
……僕は、どうしたいのか。
朔也「……困ってなんか、ないよ」
一度離れた手を、今度は僕から握り返す。
……このひとは、きっと、本当の僕を知らない。
それでも、一縷の望みを自分から手放したくなかった。僕は、どこまで行っても、『貪欲』そのものだった。
朔也「すごく、うれしい」
ハル「……ほんと…?」
朔也「うん」
ハル「……じゃあ、」
ハル「付き合ってくれる?」
(朔也:モノローグ)
その言葉に、僕はまた、気味の悪い笑顔を貼り付けて、言う。
朔也「うん」
(朔也:モノローグ)
……嗚呼、滅茶苦茶にしてしまいたい。
滅茶苦茶に、してしまおうか。
そんなことを考えながらそっとハルの頬に手を添える僕の、『本当の矢野朔也』を知るのは、僕と、あの憎くぎらぎらと照りつける太陽だけだった。
僕というひとは、人一倍、淋しかった。
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