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囲碁史記 第129回 昭和初期の若手棋士 2 橋本宇太郎

 本因坊昭宇と号し、関西棋院を設立するなど昭和期に活躍した橋本宇太郎もまた、大正末期から昭和初期にかけて青年棋士として活躍した人物である。
 今回は橋本宇太郎の青年期について紹介する。

橋本宇太郎(昭和四年頃)

大阪時代

 橋本宇太郎は明治四十年二月二十七日に大阪市の天満北区北同心町で生まれる。先祖は西宮市塩瀬町名塩で代々紙の製造業を営み、父は青年時代に大阪へ出て同心町に居を構え製紙業を始めている。
 浄土真宗本願寺派の熱心な門徒であった父は、橋本を僧侶とするのが念願だったといわれ、後に橋本がもともと僧侶の名である本因坊となった際に、願いがかなえられたと大変喜んでいたという。
 碁を始めたのは九歳の時で、たまたま近所に碁会所があり、学校の行き帰りに熱心にのぞいていたところ、常連客の一人に誘われたという。
 すぐに上達し近所で負け知らずとなった橋本は、十一歳の時に常連客に連れられ久保松勝喜代へ弟子入りしている。当時道場には二歳年上の村島義勝(誼紀) がいて、間もなく二歳年下の木谷実が入って来た。当時の棋力は年の順どおりであり、三人は切磋琢磨して頭角を現していく。

瀬越門下へ

 熱心に研究している三人を見て、久保松は東京で修業させなければ立派な棋士になれないと考えられたらしく、まず村島を本因坊秀哉のところへ世話し、次いで橋本を瀬越憲作の門下として送り出した。しばらくして木谷も鈴木為次郎の門下となっている。
 久保松が橋本を瀬越に預けたのは、「橋本はほっておいても強くなるが体が弱い。他の先生方はそういう方面に無頓着だが、瀬越なら細心の注意を払ってくれるだろう」というのが理由だったという。大阪で橋本と試験碁を打った瀬越は、将来大物となると感じ弟子入りを承諾している。
 橋本は十四歳の時、大正九年八月二十五日の夜八時に父と共に大阪を発ち、東京駅についたのは翌朝の九時であった。
 中央線の東中野駅近くの上野原にあった瀬越憲作邸で、橋本は結婚するまで内弟子として世話になっている。瀬越の代稽古をしながら師匠の日常を見聞きしているのが修業であり、師匠や兄弟弟子も皆優しく、ほとんど叱られたことが無かったという。
 以前、瀬越憲作を紹介した時に述べたが、唯一師匠に叱られたのが、関東大震災が発生した時で、代稽古先へ向かう電車の中で地震に遭遇したものの、関係先を巡って翌朝帰宅したため、なぜ早く帰ってこないといって叱られたという。
 初段となったのは十五歳の時で、方円社の広瀬(平治郎)社長に呼ばれ、「おめでとう。きょうから君は初段だ」といわれたという。この時の喜びは、のちに九段、十段になった時より大きく、初段になった日から一人前で手弁当ではなく、食事も出るようになったと当時の事を語っている。

政治家と囲碁

 政界の名士との付き合いも多かった橋本は、政治家との対局についても色々述べている。
 頭山満とは七子ぐらいで、やさしくおとなしい碁を打たれたと語っている。逆に鋭い碁を打ったのが犬養毅で、橋本とは四子、その性格の通りに俊敏な碁を打ったという。平沼騏一郎は犬養さんより少し弱かったが、どうしても三子以上は置かれようとはしなかったという。橋本は平沼が負けるとひどく不機嫌になるので苦手だったと語っている。平沼が総理の時の秘書官の青木重臣が陰へ呼んで「橋本さん、なんとかひとつ負けてくださいよ。御機嫌が悪くってしようがない」と頼んだこともあったといい、といっても三子では負けるわけにいかないし、まして総理とあればなおさら負けるわけにゆかないと語っている。
 鳩山一郎総理とは三子であった。犬養よりは少し力が弱かったが、鈴木為次郎門下として本格的な紳士碁を打ったという。岸信介総理とは五子の碁であったが、戦後、巣鴨プリズンに入られてから強くなられたと語っている。
 囲碁とは関係ないが、大正十年十一月四日に原敬首相が東京駅で暗殺されるという事件が発生したが、橋本はその現場を目撃したと語っている。
 下宿先の瀬越邸で朝刊を見ていると、原総理が関西政友会大会に出席するため夕方の列車で大阪へ発たれるというニュースが出ていて、一目見ようと東京駅へ出掛けたという。降車口の近くにある大きな柱のかげで待っていると、原首相が駅長の先導でホームへ上がってこられたが、その時、自分の近くにいた二十歳くらいの書生風の青年がものすごい勢いで首相に走りより、総理の腹をめがけて刺したという。橋本は総理が刺されるまでは見ていたが、かけ寄った警官に突きとばされ追い払われたと語っている。
 帰って師匠の瀬越に報告したところ、瀬越は別に驚きもせず「それはいい死に方だ、政治家としては一番立派な死に方であるから運がいい」といっていたそうで、「えらい先生のいわれることは違う」と思ったと、当時の様子を語っている。

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