読書日記 「李王家の縁談」 林真理子 著
大河ドラマにふさわしい作品
こういう作品をNHKドラマでやって欲しいな、と切に思うものの、皇室がらみの話は無理なんでしょうね。
私が大河ドラマを観たのは三谷幸喜さん脚本の「新撰組」が最後。
ああいう近代モノには前のめりになりますが、戦国時代の武将たちには全く興味がありません。
自分が生まれるちょっと前の出来事や、両親がそれを目の当たりにした、あるいは、歴史に残る大事件だけれどそれが祖父母の時代に起こったのでその生の話を彼らから聞いたことがある、とかそういう「その時代を知っている人が身近にいて、あの事件・出来事の子孫が私と同じ時代に生きている」と言う話は生き生きしているのでもっと深掘りして知りたいな、と思います。
史書を読み解いて歴史上の戰、陰謀に思いを馳せるのが好きか、古い新聞や雑誌から当時を思い描くのが好きか、それは人それぞれですね。
タイトルの「李王家」と聞くと、この話は朝鮮半島の王家について書かれたものではないか、と思うかもしれませんが、舞台はほぼ日本で、明治の終わりに日本の宮家の姫と朝鮮皇帝の弟とを結婚させるために、姫・梨本宮方子(まさこ)の母・伊都子の奔走が中心に書かれた、明治から昭和30年代にかけての皇室の内側がよくわかる物語です。
あらすじ
梨本宮伊都子は、明治天皇皇孫の裕仁殿下(昭和天皇)のお妃は久邇宮良子(くにのみやながこ)女王に決まったという情報を得る。
良子の父、久邇宮邦彦(くにのみやくによし)は伊都子の夫、梨本宮守正の兄にあたるので良子と方子は従姉妹の間柄。
すでに世間では裕仁殿下のお妃は良子か方子だろうと知られていたので、伊都子は「選ばれなかった」方子を思うと我が娘が忍びなく、裕仁殿下と良子の婚約が発表される前に方子の縁談もまとめなければ、と家に釣り合う相手を探し始める。
めぼしい宮家、伯爵家の子息を思い浮かべるものの、伊都子の自尊心を満足させる相手はなかなか見つからず、行き着いたのが朝鮮皇帝の弟で少年の頃から日本に留学しているイウンだった。
韓国朝鮮併合と伊藤博文
日韓併合後、韓国統監だった伊藤博文が鉄道を敷いたり病院や学校を作り、韓国(朝鮮)の近代化に尽力した。
日本政府は併合を注意深く進め、これは植民地化ではなく平等な統合であると主張していたが、両国間での人々の往来はほとんどなくまた、韓国朝鮮のことを何も知らないのに多くの日本人は「彼らは無学で粗野な人間だ」と決めつけていた。
そんな国民感情を宮家の女性たちが知る由もなく、韓国の皇太子と娘を結婚させるアイデアに伊都子は満足していた。
国際結婚
大正4年、方子とイウンは結婚した。
日韓の架け橋になる婚姻として多くの人から祝福を受けたり感嘆された結婚ではあるけれど、朝鮮の人々は幼い頃から日本に住み日本語を話し、日本の士官学校に通い今後も韓国へ戻るつもりのない王世子(皇太子)が日本人と結婚したことを良く思わなかった。
東京に居を構える2人には不穏な嫌がらせなどもあり、男児に恵まれた夫婦が兄に謁見するため韓国を訪れた際には、なんと生後8ヶ月のこの長男・晋が城内で毒殺されてしまう。
悲劇から10年後、イウンと方子に再び男児が誕生する。
海の向こうでは、朝鮮や支那といった国々が日本に刃向かうようになっていた。
喜ばしいことは、昭和8年12月23日、良子皇后が男児を出産したことだった。
結婚後、4人の内親王に恵まれたものの親王が誕生せず、皇室では養子を迎えられないので周りの者が内心ハラハラしていたと言う。
第二次世界大戦と終戦
やがて、戦争の色が生活に漂い始める。
いつ子が暮らす宮家でもモノ不足になり、日本の戦況の厳しさを感じた。
昭和20年5月24日。
空襲で梨本宮家は焼け落ちた。
防空壕で一夜を過ごした伊都子は翌日、全く無傷だった紀尾井町の娘の家へ避難する。
8月15日、終戦を迎えた。
アメリカからマッカーサー元帥がやって来て皇族の資産を調べあげ、税金が課された。
婦人参政権が認められ、5月にはメーデーが行われた。
宮家も整理され、11の宮家が平民となった。
朝鮮半島は南北に分断され、南は李承晩(イスンマン)が大統領となった。
李王家は形だけのものになってしまった。
新しい時代
イウンと方子の息子、玖(ク)がアメリカに留学することになった。
アルバイトをしてお金を貯め、英語の勉強もしていたという孫のたくましさに伊都子は新しい時代を感じた。
昭和33年11月、皇太子が見初めたという民間の娘の記者会見がテレビで放送されるという。
伊都子はこの結婚に良子が大反対しており、不機嫌だと聞いていた。
マイクの前に座る令嬢は見たことがない美しさだった。ふっくらとした丸顔に知性と気品があふれていた。
読了して
最後の場面が、伊都子がテレビで民間から皇室に嫁ぐ正田美智子(上皇后さま)の記者会見をみる、というもの。
私はこの時はまだ生まれていませんが、いろいろなテレビ番組でこのVTRは何度も目にしましたし、上皇さまと上皇后さまもまだご存命なので、この小説が私も知っている時代にまで延びてきていることがうれしいです。
また、戦後、宮家がかなり減らされた事情や、減らされたことでお世継ぎ問題に接し旧宮家が再び脚光を浴びているわけがわかる書でもあります。
近代史の小説はとても面白いです。楽しめた一冊でした。