教員

11月24日 一年半続けてた先生という仕事を辞めた。

去年の4月
 教科担の専科として小学校で働くことになった。
教師という仕事にキラキラした想いが隠しきれなかった。周りの先生が熱心で、かっこよくて、強くて、親切で、本当に素敵な職場だった。
そしてなりより子どもたちは元気だった。
半年専科、半年4年生の担任をした。
 子どもたちと過ごす時間が惜しくて、惜しくて仕方なかった。30人に囲まれた教室、31人でつくる授業、30人でつくった思い出は宝物で幸せでしかなかった。
またね、と学級締めをして1年が過ぎた。

今年4月
 1年を通した担任を務めたことがない私が、1年生の担任になった。人事を疑った。でもそれ以上に自分の心に感じた、期待感、信頼感が嬉しかった。
 6月に初めて学校を休んだ。朝ベットから出られなかった。
 7月学校に行くことが苦になった。日曜日の夜涙が止まらず眠れなかった。
年休が減るだけで、何も変わらなかった。
仲良くしてくださってた事務の方、主婦の先生から、冷たい目線を感じるようになった。
去年までの目とは明らかに違った。
 9月末前期が終わるタイミングで、後期は担任をおりたいですと教務先生に話をした。親身になって聞いてくれた。優しかった。上の先生は教室を見に来てくれた。アドバイスをくれた。
 11月 子どもたちは成長していた。その姿を見てやり甲斐を感じた。嬉しかった。子どもの家庭背景が見えるようになった。とてもつらかった。
 学校に行けず休んだ。
 去年の教頭先生に電話をした。温かい言葉と励ましの言葉をくれた。
心療内科に行けば、診断書を貰えれば少しは休めるかな、休んだらまた頑張れるかな。でもこわくて病院には行けなかった。
なにも決めれず、ただ苦しかった。
次の日、校長先生に辞めたいと話をした。
「明後日9時半に学校に来てください、気持ちが変わればまた普通に教室に入ってもらって大丈夫です」言われた。何度も考えて、思い浮かんだのは、子どもたちと一緒に作っていた作品展の絵、社会見学でいった動物園のグループ発表、それを見届けたかった。

連絡をいただいてた教務先生に夜連絡を返した。
また頑張りますと送ったはずだった。
でも、来週の月曜日、正式に文書で担任交代の書式が出ます。ときた。気が狂いそうだった。
未熟な私はそのまま連絡を返すことができなかった。
学校に行った。
ただ、子どもにはちゃんと話したいと思い、早めに校長室に行った。頑張りたいと話した。校長先生は、
「でもそれって解決はしてないよね、また休んだり落ち込んだりしちゃうよね、根本的な解決にはなってないよね」「心療内科に行って、診断を貰ってこれば先生を専科として任期お願いすることができます、担任が難しいと医者から診断がおりれば、人事を動かすことができます、ないとできない」と言った。
 その時の私も、今の私も、2択しかないと受け取った。辞めるか、心療内科にいって診断書があれば専科をやめる。悲しかった。悔しかった。
休んだ自分が悪い、辞めたいと軽々しく口にした私が悪い、でも努力してきたつもりだった。それが認めてもらえなかった気がした。
その場では答えることができず時間をもらった。
夕方に、「退職します」と電話をした。校長先生は、「今から来れますか?書類を書いて欲しいので」と言った。
 後悔はしていないけれど、現場はそんなに甘くないんだと思った。でも頑張ったこの半年は何の形もなく終わってしまったことは、すごく虚しい。

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