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バングラデシュ人が自国について語ってくれた

バングラデシュではここ数ヶ月にわたって反政府デモが起こり、デモに対して警察が発砲するなどして数百人の死者が出ていることがニュースになっていた。その結果、15年の長期政権に就いていたハシナ首相がついに先日辞任して、国外へ脱出。政治的な転機を迎えた。

今回のデモのきっかけは、1971年のパキスタンからの独立戦争に参加した兵士の家族などが有していた、公務員採用の優遇枠の是非に関すること。ここではその背景や経緯は省くけれども、もともと国民の間でハシナ首相に対する不満が溜まっていたことも影響しているのでは、と思っている。

なぜ僕がこの話題について書いているのか?それは、むかし僕がドイツで働いていた時のバングラデシュ人の同僚が、自国について色々と思うところを語ってくれた話を聞いたことがあるから。

やはり直接に人から話を聞くと、こういった出来事は単なる「死者の数」といった血の通っていない情報ではなく、「物語」として意味を持ってくる。日本の日常生活ではなかなか交わる機会がないバングラデシュ人が語ってくれた彼の思いを、少し書いてみる。

バングラデシュの概要

バングラデシュは、インドの東側(右側)に位置している国。元々はインドの一部だったけれど、インドが1947年にイギリスから独立する際に、ヒンドゥー教徒とイスラム教徒の対立が深まり、イスラム教地域がパキスタンとして独立。ただしパキスタンはインドの西側と東側に地理的に分離しており、東側地域のパキスタンは、そのあと1971年にバングラデシュ(ベンガル人の国)として改めて独立して、国として成立した。

そんな経緯もあって、インド・パキスタン・バングラデシュの三国は今でも関係が悪く、それぞれの国からお互いに入国しようとしても、ビザがなかなか取れなくて親戚まで身分を調査される、といった話も聞く。

もともと、バングラデシュは離れている左側のパキスタンと同じ国だった

バングラデシュは経済的に貧しい地域で、また人口も多く(日本より多い1.6億人)、そのために豊かだったマングローブの森林を伐採して農地に開拓していった。ただ、この地域は定期的に大雨が降る。森林がなくなったことによって、土地が水をたくわえる機能を失い、その結果としてバングラデシュでは大規模な洪水が発生することになった。そして洪水によって農地などが大きな被害をうけて国民がさらに貧しくなる、という悪循環に陥り、一時は世界最貧国の一つと呼ばれるほどの状態だった。

ハドゥから聞いた話

そんなバングラデシュからドイツに来た人がいた。彼の名前は仮にハドゥとしておこう。当時、ぼくが働いていた会社に入ってきて同僚になった。年齢は当時で40才くらいだったかな。

ある日、そんな彼と「コメ好きのアジア人仲間」として一緒にお昼ご飯を食べに行った。よもやま話をしていたら、話の流れで「バングラデシュではコロナ対応がひどかった」という話になった。

ハドゥ
「今回のコロナによって、バングラデシュは国として本当にひどい状態になったんだよ。政治家たちは何もせず、ただ状況を放置しただけ。病院も完全にさじを投げてしまって、コロナだろうが何だろうが患者を一切受け付けなくなった」

コロナの当時は世界中が混乱していたから、バングラデシュの医療機関が対処能力を失ってしまったのも、想像できる。

ハドゥ
「でね、バングラデシュに住むうちの父親は、折り悪くちょうどその時期に体を悪くしてしまった。コロナではないんだけど。でも病院に診てもらわないといけないから、何百回も病院へ電話したんだけど、ようやく電話がつながって診察してもらえることになったのは、何ヶ月もしてからだったって」


「え、あのお父さんでさえ診てもらえなかったの?!」

僕が驚いたのには理由があった。というのも、彼の父親はバングラデシュで大臣級の職務を務めているレベルの要人(政治家ではないけれど)。それを知っていたから、病院に診てもらうことすらできなかったということが驚きだった。

ハドゥ
「そう、うちの父でさえ全く相手をしてもらえなかった。本来、父はとても前向きで明るい性格なんだけど、今回はホトホト絶望してしまったって。国民はみんな、無責任な政府に絶望したり、コロナに対する恐怖で完全にパニックに陥ってしまったんだよ」

というコロナの話から始まって、次に話は政治に移っていった。

ハドゥ
「無責任な政府と言えば、今の首相はかれこれ12年も首相の地位に就いている。海外では報道されていないけれど、彼女は要は独裁者なんだよ」


「でも、民主主義国家なんでしょ?独裁者が生まれる余地なんてあるの?」

ハドゥ
「たしかに民主主義ではあるんだけれど、バングラデシュは国のシステムのあらゆるところまで汚職がはびこっている。だから政府は何も機能していないし、国民が国や政治家を変えることもできない。だからみんなが希望を失っているんだ」

社会がうまく回っていない国の話になると、必ず「汚職がひどい」という話が出てくる。汚職と言っても、必ずしも「袖の下を渡して・・」というパターンだけではなく、個人的なつながり(コネ)を優先して人選したり、といったことも汚職には含まれる。「本当に公正で開かれた社会」って、世界では必ずしも多くない。

ハドゥ
「そして本当の問題はね。バングラデシュの国民は「良い社会」というものがどんなものか、みんな見たこともないし体験したこともないこと。これは残念ながら、本当にどうしようもない」

ハドゥが伝えようとしている話の先行きが、僕にはほんのりと予想できた。

ハドゥ
「僕はヨーロッパの色んな国に住んでいるから、正常な社会や良い社会がどういうものか知っている。でも、ちゃんとした国に住んだことのないバングラデシュの大半の人たちは、今の国の中で、ただ閉塞感や絶望感を感じながら生活しているだけ。やっぱり、知らないことは、分かりようがない。人々が良い社会を知らなければ、社会を変えようがない、ということなんだ。残念だけれど」

これはよく理解できる。社会を良い方向へ変えたいと思ったら、理想の社会をイメージしたり、実際に良い社会を体験しないと、どうしようもない。理想や望むかたちのイメージを持っていないと、現実を理想に近づけることはできないと思う。

そして政治の話から、自国の歴史の話に。

ハドゥ
「僕のおじいさんは、イギリスの植民地から1947年に独立する時に独立戦争を戦った闘士だった。逮捕されて牢屋にも放り込まれた。そして叔父さんも、今度はバングラデシュがパキスタンから独立するときにゲリラ兵として戦った。僕たちの国っていうのは、そうまでして勝ち取った独立国家なんだ。そうやって過去から先人たちが苦労してようやく得た国が、未だにこんな状態だなんて、本当に情けない」


「だからハドゥは、ヨーロッパに移住してきたって言ってたよね」

ハドゥの顔が明るくなった。

ハドゥ
「そう!僕はEUが今後どうなっていくのかを、ヨーロッパに住みながら一生かけて見届けていきたいんだ。EUは成功してほしいなあ。だってさ、ヨーロッパの個性あるたくさんの国々が、独立を保ったままの状態で、一緒に協力しながらやっていく。コンセプトとして、こんな素晴らしいものはないよ!そして現実に、そのコンセプトに沿ってEUが存在して運営できているって、奇跡みたいなことだと思うよ」

最近なんどか投稿したように、過去にヨーロッパの国々が対立した結果、二つの世界大戦が起きてしまい、世界中に未曾有の被害と悲劇がもたらされた反省から、EUは生まれた。

「団結することに価値がある」という大義を達成するために、制度上で細かな問題は多々あるけれど、それでもハドゥがいうとおり「コンセプト」を実現するために、ヨーロッパの各国は粘り強く交渉と調整を継続していて、今もEUとして共同体が成り立っている。

ハドゥ
「だってさ。バングラデシュの場合は、隣国のインドやパキスタンなどの国といつもいがみ合っていて、本当に仲が悪い。僕は正直言って、そんなふうに国同士がいがみ合っている地域で、自分の人生を過ごしたくないんだよ。一方でEUは、それぞれの国がお互いにケンカみたいなことしながらでも、なんだかんだいって平和に共存してるだろ。うらやましいねえ」

ということで、彼としては「EU」というコンセプトが好きで、そのためにドイツへ移住したということだった。

ハドゥは普段から、いつもニコニコ優しい人。趣味でSF小説を書いたりしているロマンチストな面ももっている。そんな彼なんだけど、色々思うところがあるんだな・・と理解すると同時に、世界の国々って今もそれぞれに問題を抱えていて、それによって国民の人生にも影響を与えているということを改めて感じる経験だった。

バングラデシュのデモに参加した若者が、銃で撃たれて病院で治療を受けているニュースで見ながら、そんなハドゥの話を思い出していた。

by 世界の人に聞いてみた

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