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「社会の分断」が意味することをモルドバから学ぶ

最近の僕の投稿のテーマでは「分断」がたびたび出てくる。そして実際に、「社会の分断が進行している」というニュースをよく目にする。

となると、その次に素朴な疑問が浮かんでくる。

「じゃあ、社会の分断が進行したら、何が悪いのさ?」

社会の分断の先に待っているのは「対立」の社会だろか?それとも別の問題が待つ社会だろうか?

今回は、そんな疑問に対していくらかヒントになるかも知れない話を。

ウクライナ人との会話

話がまどろっこしくなって申し訳ないんだけど、まずは最近ウクライナ人と会った話から始めたい。

前々回の記事で書いたように、僕は少し前にヨーロッパのビジネススクールに行ってきた。その研修にはいろんな国から受講生が来ていたんだけど、みんながオッと思ったのが・・、ウクライナから研修に来ていたヤツがいた。

やはり、みんな気になっていて、誰かがおそるおそる質問した。

みんな
「あのさ、お国が戦争してるけど・・、のんびりと研修とかに参加してて大丈夫なの?」

ウクライナ人
「大丈夫だ。俺は戦争の前線から離れたオデーサという都市に住んでいる。毎日ドローンが飛んできたりするが、問題ない」

それを聞いたみんな、「ほんまに大丈夫かいな・・」と顔に書いてあった。

そんなウクライナ人は、朴訥としていて芯が強そうなタイプ。見た目は西郷隆盛に似ている。どこかアジアな雰囲気を感じさせる彼と僕は、なかなか意気投合した。

帰国はモルドバから

彼とは、いつもホテルで朝食が一緒になった。僕は時差の関係で早めに目が覚めて、朝食も早めの時間帯。彼も同じく時差の関係で早めに朝食へ。二人で一緒に寝ぼけ眼で朝食を食べる日が多かった。


「もうすぐ研修も終わりやねー。帰りのフライトはいつ?」

ウクライナ人
「金曜日だ。授業が終わったら、さっそく夜のフライトで帰る。キシナウ経由になるんだが」


「え、キシナウ??それってモルドバの首都で、別の国やん」

ウクライナ人
「ああ、たしかにモルドバは別の国だ。しかしオデーサは、実はキシナウから近くてな。200kmしか離れていない。キシナウの空港に車を停めているから、そこから車で帰るんだ」

たしかに調べて見たら、オデーサはキシナウからそんなに遠くない。首都のキーウよりはよっぽど近い。

モルドバ東欧の国で、ウクライナのオデーサと近い

ウクライナ人
「って、ところでお前、なんでキシナウを知っているんだ?」


「うん、むかしモルドバを旅行したことがあってね」

そのウクライナ人は、もともと真ん丸な目をさらに見開いて、お、おう、そうなのか、と不思議そうな顔をして僕を見ていた。

日本人でモルドバへ行ったことのある人ってあまり多くないだろうが、彼はその低い確率を見事に引き当てた。

ウクライナ人
「モルドバって、あまりに経済状態が悪くて、国民の半分が外国へ出稼ぎに行っている国だぞ」

あ。こいつたぶん、僕が南のリゾートの島「モルジブ」にでも行ったことと勘違いしてるって思ったんじゃ・・と心の中で苦笑しながら、自分の旅行の話をした。


「うん、モルドバだろ。現地を旅行した時に、外国へ出稼ぎにいく話をたくさん聞いたなぁ。というか、出稼ぎの話ばっかりだったな。経済的にも社会的にも大変な国やねー」

ウクライナ人
「ああ、モルドバ人は欧州のどこかの国で2~3ヶ月くらい働いてお金を稼いで、そしてまた国に戻ってくる人たちが多いぞ。出稼ぎでは、建設現場とか接客業で働いている人が多いんじゃないかな」

というように、大事だけれども大変なお仕事をしている人が多いみたい。


「ところで、キシナウからオデッサへの帰り道の話なんだけどさ、途中にはロシアの影響下にある地域があるでしょ。ウクライナ人がそこへ近寄っても大丈夫なん?」

モルドバからウクライナへ帰る道の途中の地域は、モルドバ領ではあるけれど、モルドバ政府の主権が及ばず、親ロシア勢力の影響下にあって独立状態の地域が広がっている。その地域を通る必要があるんじゃないかと思って心配になって聞いてみた。

ウクライナ人
「ロシアの影響下って、ああ、沿ドニエストルのことか。いやいや、大丈夫だ。たしかにあの地域は親ロシア勢力の影響下にある。けれども、ロシアとは別物だ。ロシア領ではないからな」

僕は足を踏み入れなかったモルドバの沿ドニエストルという地域。彼いわく、ロシアではないから近寄っても大丈夫らしい。「ほんまに大丈夫かいな・・」とは思ったけれど。

ウクライナ人
「いやー、それにしても沿ドニエストルは典型だな。ロシアは昔から周辺の国々に紛争の種を仕込んでおいた。そうやって国の中で紛争が起こっていると、その国はNATOやEUに事実上加入できない。ロシアは周辺の国々に内乱の要素を埋め込んでおくことによって、自国を守っているんだ。戦争ってのは軍事力だけじゃないぞ。敵国になり得る周辺の国を、混乱に陥れておくことも非常に効果的なんだ」

この「紛争の種」って、彼は一体なんの話をしているのか。モルドバは色々な面で分断されていて、その分断がモルドバという国に決定的に大きな影響を与えている。

具体的な内容は、僕がむかし投稿したモルドバで聞いてみた話についての記事を、短縮して再掲してみる。

--(以下、3年ほど前の記事を再掲)--

分断のモルドバ ~モルドバで聞いてみた③

(1) バラバラな言葉

モルドバで話されている言葉はモルドバ語が主流だけど、ロシア語が喋られる地域もある。なぜロシア語かというと、ロシアから実質的に支配されていた時代が長かったから。

で、モルドバの中でも、地域によってどちらの言葉が母国語として喋られているかが違うらしい。

あるモルドバ人が言うには、
「私が育った南部の地域では、みんなロシア語を喋っていた。でも大学に入って首都のキシナウに出てきて、同じクラスの人を遊びに誘おうと思って話しかけたら、『ごめんロシア語は分からない。モルドバ語しか話せない』って言われてびっくりした。少し前までロシア語は公用語だったのに。。。だから、社会人になってからはモルドバ語を勉強して話すようになった」

と言っている人がいた。

一方で、別のモルドバ人は、
「私はもちろんモルドバ語を喋るよ。それにしても、モルドバで多くの人がロシア語をしゃべってるって、おかしくない?それはモルドバの言葉なんかじゃない、ロシアの言葉だよ!確かに100年くらいはロシアの支配下にあったけどさ、それだけの話じゃないか。私がモルドバ語をしゃべると、変な顔されて、『おいロシア語を喋ろよ!』って言われる。ふざけるなってんだ」

と言っている人もいた。

という真逆の主張していたこの2人は、同じホテルで働いている同僚同士だったんだけど。。。

(2) 政治的な立ち位置がバラバラ

ヨーロッパ周辺で経済が苦しい国は、多くの場合EUに加盟して現状を打開しようとしている。特にバルカン半島の国々(ヨーロッパの南東部)ではその傾向が顕著。

僕はてっきり、モルドバでも多くの国民がEUに加盟したがっているだろうと思い込みながら、いちおう政治的な立ち位置を聞いてみたところ・・・。

モルドバ人
「この国の政治は本当にひどくて、その時その時のムードや流行りで、EUへ近づこうとしてみたり、ロシアへ近づいてみたりする。でもね、EUに近づいたら、ロシアからしっぺ返しの制裁を受ける。逆にロシアへ近づけば、EUから意趣返しを受けて農作物の輸出を止められたりする。最近ではEUへのリンゴの輸出を止められたんだよ、難癖をつけられて。モルドバのリンゴはちっちゃいけれども、自然のままなのになぁ。。。

もう、EUとロシアのどっち側に寄っていっても、その反対側から叩かれてしまう。外交的には袋小路に迷い込んでしまった。国民もロシア派とEU派がだいたい半々くらいで、まとまりがない」


「えっ、シンプルにEU派ってわけじゃなかったの!?」

政治的な立ち位置がバラバラということは、つまり国民の価値観もバラバラということを意味していると思う。となると、どうにも打開策が見つからない。

<今回追記>2024年10月に実施されたEU加盟に関する国民投票では、賛成50.35%、反対49.65%の結果。EU加盟派が紙一重で勝利したけど、見事に半々やね。

(3) 国の主権が及ばない地域

モルドバ南部の「ガガウジア」という地域には、トルコ語に近いガガウズ語という言葉を喋る人たちが住んでいる。この地域には、モルドバの主権があまり及んでいない。それよりもトルコとの結びつきが強いって言っていた。

ちなみに、旅行が終わってからガガウジアについてググってみたら、ガガウジア周辺ではさらに別の言葉を喋る少数民族が多いらしい。そのため、意思疎通するためにモルドバ南部全般では、共通語としてロシア語も喋られるとのこと。なるほど、上記(1)に出てきた「南部出身でロシア語を喋る」と言っていた女性の話と符合する。

他にもモルドバには、東部に「沿ドニエストル」という地域(国家)がある。ここは国際社会的にはモルドバに属するけど、事実上の独立状態にあって、モルドバの国家の主権が及んでいない。その地域には歴史的に多くのロシア人やウクライナ人が入植していた場所らしい。それもあって、沿ドニエストルは現在でもロシアと関係が深い。でも国際社会は独立を承認しておらず、「未承認国家」と呼ばれている。

こういった国の主権が及ばない地域があることに対して、モルドバ人が言っていた。

モルドバ人
「モルドバの政治家たちは、この国の国土の一部を、外国へ切り売りしているんだ。だからモルドバの国土は、アチコチが外国勢力の支配下にある。

でもモルドバの政治家たちが、そもそもなぜそうやって国土を切り売りしているのか、目的すら分からない。彼ら政治家が袖の下のお金をもらうためなのか、何なのかすら、分からない。とにかくこの国の政治家たちは、控えめな表現をしても〇×△以下の存在だ」と毒づいていた。

(筆者注)「〇×△」は公序良俗に反する言葉なので伏字にしています。

ひと言コメント

さて、モルドバ人たちがこうした話をしながら、何度も「この国に未来はない。希望もない」と言っていた言葉が、本当に彼らの実感なんだろうと感じた。確かに、話を聞いていて、これだけ分断されて経済も悪い状態が、一体どうすれば良くなりそうなのか、見当がつかなかった。。。

自分がモルドバの人と話をしていて特に印象に残った感覚は、社会の透明性がないというか、視界が悪いというか、みんな自分の周囲以外のことが見えにくい感じだった。政治がどうなっているのか、他の地域の人たちがどういう生活をしているのかが、見えていないか、もしくは見ようとする気がないのか。そしてその結果なのか、モルドバでは社会に対する信頼度がとても低いのも印象的だった。

↓ この写真はモルドバの首都キシナウの中央駅。一日に数本しか電車が来ないから、だーれもいない。

--(再掲終わり)--

改めて冒頭の書き出しの話に戻ってみる。

「社会の分断が進行している」というニュースはよく目にするけれど、その次に浮かぶ素朴な疑問。

「じゃあ、社会の分断が進行したら、何が悪いのさ?」

その問いに対して、この記事はいくらかイメージを与えてくれるかも知れない。

この記事では、モルドバの人たちが個人として幸福か不幸かを決めつけたいわけではない。実際、夕日の中を幸せそうに手をつないで歩く幸せそうな人もいたわけで、あくまでも「分断された社会」とはどのようなものかを具体的なイメージで示したかったにすぎない。

「分断」と聞くと、それの意味するところは「対立」をイメージするかも知れない。もちろん、対立が起こっている現場もあるのだろう。しかし、分断の歴史が長く続くモルドバで僕が実際に感じたのは「自分の周囲以外のことが見えにくい感じ」だった。

自分たちがどういう状態かもわからない。どうすれば自分が、そして社会が良くなるかも、見当がつかない。誰かに陥れられているように感じるが、それが何の目的かもわからない。

とにかく視界が悪くなっていく。そして「社会への信頼」が低下する。

さらにその先について感じたことを書くと、社会への信頼度が低い状況は、人々の社会への「無関心」「無力感」とつながっているように感じた。そして無関心と無力感に支配されると、そこには「個人個人が自己責任で幸福を追求していく」しかない世界が待っている。

それは、はたして人々が求めている社会のかたちなんだろうか。人間の自然な性質とフィットしている社会なのだろうか。

ということでまとめると、「分断」の続く先に待っている「社会に対する無関心と無力感」そして「自己責任が支配する社会」を自分たちが望まないのであれば。

社会の中で意見の相違や感覚の違いがあったとしても、それをお互いに認めて乗り越えようと努める努力を続けることが必要なんだろうと思う。

モルドバで話を聞いた経験から、そのような学びがあるような気がした。

by 世界の人に聞いてみた


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