旅する小人 小説 ④ 中国編 下
※ この物語はすべてフィクションである。
~ 中国編 下 ~
家族たちと小人は、翌日の早朝に朝食を一緒に済ませた。
彼らは伝わらない言語で交流していた。
列車は、彼らが朝食を済ませるとともに、昆明駅へと到着した。
家族たちと小人は、一緒に列車から降りた。
昆明駅に降りると、小人は人の流れにのって歩き、駅から外に出た。
駅の外に出てからも、彼は人が多い方へと歩みを進めた。
すると、宿泊所や飲食店が並んでいる大通りへと出た。
飲食店から出ている香草やスープ、油の匂いに釣られるように、彼は飲食店の中へと入っていった。
店の中に入ると、小人はホールで働いていた若い男に、メニューを指さして注文をした。
そのメニューは、漢字で文字だけが表記されていた。
出てきた料理は、上海にいたときに彼が食べていた、角煮が乗っている醤油ラーメンだった。
ラーメンを無表情で食べ終わると、小人は飯屋の店員に「安い宿泊所はないか?」と訊いた。
店員は何も言わずに空になった皿を手に取ると、厨房へと入っていった。
そしてそれ以来、店員は小人の座っているテーブルへは近づいて来なかった。
小人は会計を済ませると、店を出た。
店のすぐ近くに1軒のホテルがあり、彼はそこへ向かった。
ホテルの入口にある看板には、そのホテルが1つ星ホテルであることが示されている。
門が開かれていたので、小人は中に入り、庭園の真ん中にある通路の上を歩いて進んだ。
太陽から発せられる日光が、庭園内の植物たちを白く照らしている。
小人が通路を最後まで歩くと、大きなドアが開かれていて、1階のホールが姿を見せた。
大きなガラス細工のシャンデリアが、高さのある天井から何台も吊るされていて、床一面に敷かれた朱色の絨毯と、同じく朱色の何台もあるソファーと漆で塗られたテーブルを光で照らしている。
小人は中に入ると受付へと向かった。
30歳前後くらいの容姿の整った女が、窓口で書類整理の作業をしていた。
小人は女に英語で話かけた。
「こんにちは。お部屋のお値段はおいくらくらいですか?」
「おはようございます、お客様。予約無しで、今からですと…」
女は宿泊者帳簿を開いて見渡した。
「すいません、そもそもお部屋が空いていないようです」
「きれいなお姉さん。あなたのお部屋には泊まれませんか?」
と小人が言うと、女はほほえみながらも視線を彼から外し、また書類整理の仕事を再開した。
小人は受付から離れて、ロビーを見渡した。
そしてソファーに座って1人でコーヒーを呑んでいる、白人の若者のもとへ向かった。
「ハロー。英語話せますか?」
彼は英語で男に話しかけた。
男は立っている小人を見上げると、「ハロー。話せるよ」と英語で返した。
2人は自己紹介をした。
男は民俗学と文化学の研究の仕事で中国にきていると、小人に言った。
「どのくらい中国にいるんですか?」
「今まで中国に滞在している期間をすべて併せれば13年は居るよ」
「そうなんですね、じゃあ中国語は話せるんですね?」
「中国語は話せるよ。あとロシア語と、他の言語も併せれば6言語は話せるよ。日本語は分からないけどね」
と男は笑いながら小人に言った。
小人も微笑むと、 「昆明に今日来たんですけど、お金があまりないので安い宿は知りませんか? ドミトリーとかが良いんですけど」 と言った。
「ちょっと待って」 と男は言い、紙に地図を書いてから小人に手渡した。
「ここが安くておすすめの宿だよ。君は日本人なんだろ? この宿には日本人とか韓国人とか、東アジア人が多かった気がするから、行ってみると良いと思うよ 」
「ありがとうございます。行ってみます」
男は左手首にはめている、腕時計を見た。
「僕はこれから仕事と用事があるからもう失礼するよ。またね、いい旅行を」
そう言うと男は、テーブルの上に散らかしていた、ノートと何枚かの書類を小さなバックパックに仕舞い、背中に背負った。
それから小人と握手をして、ホテルの出入り口へと、小走りで走り去っていった。
小人は受付を見た。
先ほど話しかけた、女はもう受付にはいなくなっていた。
小人はホテルの外へ出た。
さきほどの男からもらった紙を見ながら、彼は歩いた。
小人は地図に示してある目的地に、20分ほどで着いた。
目的地の周辺は、灰色のコンクリートで出来た、古い建物だらけだった。
建物に挟まれている路地は、日光が遮断され、日陰だった。
建物から排出された水が路地を流れて、小人の足元まで降りてきた。
その水は油を含んでいて、光に当たり反射した。
雨が降り始めた。
小人は地図と建物を見比べながら、1つの建物へと入った。
彼が入った建物も例に漏れず、くすんだ灰色をしている。
その建物は中に入ると、すぐ右手に無人の受付があった。
テーブルがあって、その上には、宿泊者記帳ノートとボールペン、そして金色のベルが置いてある。
小人は指で押して、ベルを鳴らした。
甲高い金属音が鳴った。
しばらく何の物音もしなかった。
小人はベルを何回か連続で鳴らした。
廊下の奥で扉の開く音が聴こえ、小人が音の鳴った方を見ると、老女が窓口に向かって歩いてきた。
小人は英語で老女に、 「ハロー、今から泊まれますか? 何泊かしようと思ってます」 と右手を顔の位置まで上げて言った。
「ああ、泊まれるよ」 と、老女は無表情で小人に言葉を返した。
「ありがとうございます。 部屋を見せて欲しいです」 と小人が言うと、老女は廊下の入口にかけてあった仕切りを外し、「着いてきなさい」と言って、手招きをした。
2人は廊下の奥へ向かって歩いていき、いくつかの部屋の前を通り過ぎた。
そして、1番奥の部屋まで歩いていくと、老女は小人に、中に入るように指示をした。
部屋の中にはシングルベッドが5台置いてあった。
大きなバックパックが2つ、床に転がっている。
枕元の近くに歯磨きや石鹸、シャンプーが置いてあるベッドがあった。
小人はそのベッドの隣にある、1番入口近くのベッドを指差すと、老女に 「このベッドを使いたいです。泊まるにはどうしたらいいですか?」 と訊いた。
「パスポートを持って、さっきの窓口に来て下さい。そして、名簿帳に名前と住所と電話番号を書いて下さい。宿泊料金は今払いますか? 後で払いますか?」
「後で払います。何泊かしようと思うんですけど、安くなったりとかはしませんか?」
「安くはならないですね。1泊分の料金を、泊まった夜の分だけいただきます」
「そうですか、分かりました。とりあえず今夜は泊まります。お金は宿を出る時に支払います」
話が終わり、老女は部屋から出た。
小人は背負っていたバックパックを、ベッドの脇下に下ろした。
口を開いて、中から蛍光黄緑色の小さなポーチを取り出し、首にかけると、小人はバックパックの口を閉じて、そこに金色の南京錠を掛けた。
部屋から出て、彼が窓口へ向かうと、さきほどの老女が座っていた。
小人は老女にパスポートを渡した。
老女は背後を振り向き、卓上の複合機でパスポートの写真があるページのコピーをとった。
その間に小人は名簿帳を書き込んでいた。
パスポートのコピーをとり終えると、老女は小人にパスポートと返し、それと一緒にシーツも手渡した。
小人は部屋に戻り、ベッドにシーツを被せると、そのまま眠った。
次に彼が目を覚まし、携帯電話を見ると時間は昼になっていた。
歯磨きとシャワーを済ませると、彼はホテルの外へ出て、銀行に行き、両替を済ませた。
インターネットカフェで家族と連絡をとり、ベトナム行きの方法を調べ、夕食にまた同じラーメンを食べて、ビールを何杯か呑むと、彼はホテルに戻ってまた眠った。
翌朝、彼が目を覚ますと、隣のベッドの上に若い男が座っていた。
彼はノートパソコンを開いて作業している。
小人は彼に話しかけた。
彼らは英語で話をした、男は香港出身で、イギリスの銀行に就職が決まっている大学院生だった。
「卒業旅行をしている」 と彼は小人に話した。
小人は男に、「ベトナムに安く行く方法を知らないか? 」と訊ねた。
「バスで行くといい。バス停の地図を書いてあげるから」 と言い、男は紙に地図を書いて、小人に渡した。
小人はバス停へ向かった。
バス停に着いて、彼がベトナム行きの乗車券を購入し、目を通すと券には、今夜出発と記載されていた。
小人は宿に戻ると、荷造りを始めた。
全てを仕舞い終えたバックパックを彼が背負い、出口に向かうと、受付に老女が座っていた。
彼は老女にお金を渡して、ホテルから出た。
昆明の街は陽の光が落ちきって、建物と外灯から発せられる光が辺りを照らしている。
小人は耳にイヤホンをさして、CDプレーヤーで音楽を聴きながら、バス停まで歩いていった。
バス停に着くと、彼は乗車券を見ながらバスを見渡して歩き、1台のバスに乗った。
そのバスは席が寝台になっていた。
彼はバックパックを枕元に置いた。
日記ノートとペンをバックパックから取り出すと、「どうしても中国で、麻婆豆腐を食べたかったが、それは叶うことがなかった」 と書いた。
乗客たちが乗り揃い、出発時刻になるとバスは走り始めた。
車内の灯りは消され、乗客たちは全員、席に寝転んでいる。
みんなが寝静まった夜中に、小人は車窓から外の様子を眺めた。
バスは山中を走っていた。
車窓からたまに見える、家々から小さい灯りが放れている。
空から降りてくる月と星の光が、木々や家々を照らしている。
バスは河口というベトナムの国境手前の町に、早朝にたどり着いた。
小人はバスが停まった、河口のバス停から、中国-ベトナムの国境地点まで、歩み始めた。
国境近くには沢山の露天商たちが出店していた。
露天商の多くは女だった。
彼女たちの多くが、竹で編んだ笠を被っている。
売られている商品の種類はゴムから筆記用具、生理用品、民芸品からアクセサリー、食べ物まである。
小人は国境を分けている建物へと着き、中へ入った。
まずは、中国から出国する手続きが待っていた。
彼は書類を書いて、パスポートと共に役員の男に渡した。
男は書類を受け取り、パスポートの写真と小人の顔を見比べてから、パスポートに出国の判子を押して、小人に返した。
小人はパスポートを片手に持ち、通路を進んだ。にたどり着いた。
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