次の本を何にするか悩んでいる人へ①
留学、異文化体験、海外旅行。将来はスターバックスのコーヒーを片手にワシントンの街を歩くことが夢である私にとって、これらはまさに魔法のような言葉だ。慣れきった自国を出て、新たな世界を旅すると想像するだけで、オープンな気持ちになり、好奇心が不安を遥かに上回る。この興奮を経験したことがある人も多いだろう。しかし、その夢のような期待とは裏腹に、自分が、あるいは大切な人が海外で命を落とすことを想像したことがあるだろうか。そして、もし本当に亡くなってしまったら、どのようなことが起こるのか、考えたことはあるだろうか。
私が本屋で直感的に購入を決めたこの本「エンジェル・フライト」は、国際霊柩送還士の密着取材がベースとなったノンフィクション小説だ。筆者の佐々涼子が取材したのは、日本で唯一海外から邦人の遺体を日本に運び、生前と同じ綺麗な状態に「修復」する会社、エアハースインターナショナル。「修復」とは何かー、なぜ必要なのかー?それは海外からのご遺体が安らかな顔で眠っているとは限らないからだ。適切な処置が施されなかったが故に腐敗し皮膚が変色したり、凄惨な事故によって直視できないような傷が残った状態のままのご遺体など、さまざまな遺体が日本に届く。エアハースはお一人おひとりと向き合い、故人が遺族と最後にお別れできるよう、ご遺体に化粧や傷の手当てを施すことで生前の状態に戻す。
社長の木村理恵から霊柩車ドライバーの古箭まで、まさに社員の全員が遺族と故人を繋ぐ存在だ。たとえ故人や遺族の気持ちを完全に理解することはできなくとも、故人が経験した苦しみや痛みを受け止め、家族に「きれいだね。」と言われ、暖かく迎えてもらえるように毎日ご遺体と向き合う。だから彼らは「お帰りなさい。よく帰ってきたね。」と声をかけ、生前の写真を見ながら、化粧の色を重ねて再び魂を吹き込むのだ。遺族は帰ってきた故人が安らかに眠っている姿を見て、エアハースに感謝する。しかし、遺族は月日が経つにつれてエアハースの存在も、木村の名前も全て忘れてしまうそうだ。故人を失くし辛かった時期の記憶が、故人との楽しかった思い出に塗り替えられるからだ。木村は、自分たちは「忘れられるべき存在」であるという。人は悲しみ抜いたのち、楽しかった思い出を胸に前を向いて生きていく。エアハースは、遺族が死から目を背けることなく、真正面から悲嘆に向き合う一度きりの機会を与えているのだ。
死に関する小説は遺族の視点を中心に語られることが多い。しかしこの本は、毎日死と向き合い、死者を送り出す側とそれを追う作者の視点が多く書かれていた。ではエアハースで働く彼らが伝えたかったことはなんだろうか。また、なぜ彼らは取材の依頼を受けたのだろうか。
死とは不思議だ。いつ誰の身に降りかかってもおかしくないのに、私たちは自分に限って、あるいはあの人に限って死ぬはずがないと心のどこかで確信している。また死は普遍的で、身近であるはずなのにも関わらず、日本ではタブー視されるトピックのひとつだ。しかし死の話を避けて、死について考えないということは、大切な人に対して感謝を示す機会や、命の尊さを想う機会を失っているとも言えるのではないだろうか。当たり前だと思っている日常は、実は繊細な糸1本で毎日が繋がれているだけで、本当は奇跡のようなことだ。
エアハースで働く彼らはこの本を通して、私たちの生の儚さと、「当たり前」に対する感謝の気持ちを心に留めさせようとしてくれている気がした。