連載小説|恋するシカク 第17話『暗雲』
作:元樹伸
本作の第1話はこちらです
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第17話 暗雲
文化祭が二週間後に迫っていた。編集作業も佳境に入り、映画がちゃんと完成するかどうかは、僕の体力とやる気にかかっていた。
鞄を背負って教室から出ると、廊下に林原がいた。
「よお、元気か?」
どうやら彼は僕を待っていたみたいだった。
「何か用か?」
前にあんなことがあったので、つい刺々しい態度になった。
「そうだな、まずは謝るわ。この前は殴っちまってすまん」
林原が頭を下げた。周りの生徒たちがそれを見て、「お、土下座か?」と囃し立てた。
「やめろよ、みんなが見てるぞ」
「少し時間をくれ。話があるんだ」
「話?」
その日は安西さんが部屋を見たいと言うので、家に招待して編集作業を手伝ってもらうことになっていた。ただ彼女との約束までにはまだ時間があった。それと林原にしては珍しく真剣な態度だったので、僕は少しだけ付き合うことにした。
曇天の中、学校を出ると住宅街にある古びた喫茶店に入った。夜はお酒を出す個人経営のお店らしい。学生が寄りつかないからちょうどいいと、林原が選んだ場所だった。
「あのさ、僕と安西さんなんだけど」
元彼の林原には伝えておいた方がいいと思ったので、注文したコーヒーが来る前に僕の方から口火を切った。
「付き合ってんだろ、奈子から聞いたよ」
「安西さんと話したの?」
彼女が今も林原と繋がっているのかと思うと急に不安になり、僕は真顔で聞いた。
「なんだよその顔。別によりを戻す気なんかねぇし。それにオレ、あいつに振られて落ち込んでいたんだぜ? 直子先輩の結婚報告を受けた時よりもな」
「待てよ、安西さんがおまえを振ったっていうのか?」
「姉貴との過去がばれたんだ。でもオレは知ってて付き合ってると思ってたし」
そういえば、直子先輩が安西さんにそのことを話したのは最近だと言っていた。だけどこれまでの安西さんの口ぶりから、僕はてっきり林原が彼女を振ったのかと思っていた。
「でもそれだけじゃない。安西さんに言ったよな、直子先輩と比べてブスだって」
「まさか、冗談だろ? 女はただでさえおしゃべりなのに、そんなことを口走ったらすぐにうわさが広まって学校中の女子から除け者扱いだぜ」
たしかに言われてみればそうかもしれない。他校の女子から恋愛相談を受けるような林原が、そこに気がつかないとは思えなかった。だとしたら、あれは僕の勝手な思い込みだったのだろうか。
「それより今は手嶋の話だ。どうやら彼女、いじめにあっているらしい」
ザザザ。
「いじめ?」
吐き気がするほど不快な単語に、右耳が反応した。
「あの手嶋さんがか? 嘘だろ?」
とてもそんな風には見えなかったので、全然ピンとこなかった。だけど昔読んだ本にはこう書かれていた。標的になる人間にタイプなんて関係がないってことを。きっかけさえあれば誰だっていじめられる可能性がある。だからそのことで自分を責めたり卑下してはいけないのだと。
「それにあいつ、一週間前から学校に来てないんだ」
「一週間も休んでるのか?」
「やっぱり知らなかったんだな」
本当に何も知らなかった。一週間前といえば、安西さんと付き合い始めたことを彼女に伝えた日だ。たしかにあの日からずっと編集作業に明け暮れていたので、学校で手嶋さんと会った記憶がなかった。
「でもどうしていじめだってわかったんだ?」
「手嶋のクラスメートの様子が明らかにおかしかった。どうして手嶋が休んでいるのか聞いても誰も答えようとしねぇし」
「理由はそれだけ? 思い違いじゃないのか?」
できれば認めたくなかったので、僕は否定の立場のまま食い下がった。
「あの雰囲気は間違いない。わかんだよ、オレも中学ん時にいじめられていたからな」
「おまえが?」
「いいか、この黒歴史を他のヤツにバラしたらぶっ殺すからな」
「わ、わかったよ」
林原が自分みたいな中学時代を過ごしていたなんて意外だった。だからといって何の証明にもならないけど、彼が本気で手嶋さんを心配していることだけは理解できた。
「河野がオレを嫌いなのは知ってる。でも手嶋を助けたいんだ。電話もメールもスルーされててさ。だからあいつの家に行って話を聞いてみないか?」
もし手嶋さんがいじめられているのなら大問題だ。だけど林原の言葉だけでは確証がなかった。それに彼女が休んでいるのは、僕と安西さんとの関係が原因かもしれないのだ。
「メールも駄目なら、直接行っても結果は同じなんじゃないか」
「うざいオレだけで行けばそうだけど、おまえも一緒なら話は別だ」
「それって……どういう意味だよ?」
「とぼけんな。手嶋がおまえのこと好きだってことくらい、奈子だって知ってたぞ」
「でも手嶋さんは会ってくれないと思う」
「なんでだよ?」
「僕は彼女の気持ちを裏切ったから……」
「手嶋を振ったってことか?」
そうだと言葉にしたくなくて無言で頷いた。
「ならいい、ひとりで行くわ」
僕の歯切れの悪さに苛立ったのか、林原が伝票を持って立ち上がった。
「ちょっと待て、行かないなんて言ってないだろ」
「だったら今すぐ、どっちにするのかはっきりしろ!」
林原が店中に響くほどの大きな声を出した。でも店内にはマスターしかいなかったので、他の客の迷惑にはならなかった。
「行くよ。きっと彼女が休んでいるのは僕のせいなんだ」
「ふん、モテ期だからって思いあがるなよ」
真実は本人に聞かないとわからない。ただどちらにせよ、手嶋さんが大きな問題を抱えているのなら、放っておくことなんてできるわけがなかった。
つづく
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