連載小説|恋するシカク 第20話『新しいシカク』
作:元樹伸
第20話 新しいシカク
あれから一週間が経ち、映画が完成した。でも試写会に安西さんと手嶋さんの姿はなく、会場には僕と寺山しかなかった。
「まあ、完成してよかったよな」
試写会が終わって席を立つ時、隣にいた寺山がねぎらってくれた。
「ここまでやってこれたのは、みんなのおかげだよ」
「その腕はまだ治らないのか?」
包帯で固定された僕の腕を見て寺山が聞いた。病院の屋上で手嶋さんを助けようとした時に痛めてしまい、医者には全治二週間だと言われていた。
あの夜、僕たちを救ってくれたのは、手嶋さんを一緒に探してくれたあのごついお兄さんだった。彼は彼女が救急車に乗せられた後、嫌な予感がしてバイクで追って来てくれたらしい。
「もう痛くないから、そろそろ治るんじゃないかな」
「そっか。だけど安西のやつ、よく映画の公開を許可したな」
「これを観る度に後悔して欲しいんだって」
「公開して後悔しろか。怖いね女って。おれ、モテない男で良かったわ」
校門で寺山と別れると手嶋さんのいる病院にむかった。彼女は一命をとりとめたけど、今もまだ病院に入院していた。手嶋さんのご両親は今回の件で慌ててひとり娘の元を訪れ、二人とも泣いて彼女に謝ったという。
離婚調停中でギスギスしていたご両親は、娘を巻き込まないようにあの生活スタイルにしたらしい。ところが結果的に愛する娘を失いかけたことで強く後悔していた。だから今後は家族三人で、もう一度やり直す決心を固めたという。それが娘の命の恩人であるという僕が、本人たちから聞いた近況報告だった。
あれから毎日、手嶋さんのお見舞いに行った。はじめはふさぎ込んでいた彼女も、日が経つにつれて心を開いてくれるようになった。やはり彼女は、林原が言ったとおりクラスでいじめを受けていた。ところが相談したくてもご両親は家にいない。そんな時に僕との関係もこじれてしまい、完全に行き場を失ったのだと思った。
だから僕は手嶋さんの心の傷が癒えるまで、これからも彼女の手助けをしていこうと誓った。だって人は傍に気の置けない友人や知人がひとりでもいれば、すぐに死んでしまおうなんて思わないからだ。
「映画は完成したけど、本当に上映していいの?」
ベッドの上で身体を起こしている手嶋さんに聞いた。
「もちろんです。安西さんこそ、よく映画の公開を許してくれましたね」
映画を観る準備をしていると、手嶋さんが寺山と同じことを言った。
安西さんとの約束を守らなかった翌日、彼女に呼び出されて昨日の急用がなんだったのか聞かれた。本当のことが言えず、だからといって嘘がつけるほど器用でもなかった。
「理由は話せないって、手嶋さんが入院したことと関係あるんですか?」
手嶋さんが入院したのは怪我をしたから。それが学校の生徒たちにもたらされているすべての情報だった。
「話せる日がきたら話すよ」
「私は彼女なのに、その腕の怪我の理由も教えてもらえないんですか?」
「本当にごめん」
謝ると安西さんは「じゃあ仕方ないですね」と言って、別れ話を切り出した。それと彼女は上映を許したのではなく、「映画は絶対に上映してください。台詞覚えるのにどれだけ苦労したと思ってるんですか?」と僕に約束させたのだった。
カーテンを引いて病室を暗くした後、タブレットを置いて手嶋さん専用のミニシアターを作った。彼女の枕元に腰かけてプレイヤーを再生すると、四角い画面の中に僕を恨んでいない頃の安西さんが映った。
「安西さんは元気ですか?」
手嶋さんには、僕たちが別れたことをすでに伝えていた。
「部活には来てるよ。次のコンクールに出すんだって張りきってる。まぁ林原は相変わらず幽霊部員だけどね」
「そうですか……」
画面に目を戻すと、助演の手嶋さんが殺人鬼に追い詰められていた。
「そろそろ私が死ぬ場面ですね」
僕はその場面がはじまる前に、タブレットの電源をフッと落とした。
「あ、いいところだったのに」と、手嶋さんが頬を膨らませる。
「でもやっぱり、この続きは撮り直そうと思っているんだ」
僕はカーテンを開けてから、人差し指と親指でモチーフを切り取るファインダーを作り、その中に手嶋さんを収めた。
「用意、アクション!」
突然の無茶振りに彼女は戸惑ったけど、すぐに自分なりの答えを見つけたらしく、四角いファインダーにピースサインをむけた。
「手嶋さん、それじゃあ記念撮影だよ」
「だって脚本がないじゃないですか」
手嶋さんがまた頬をふくらませて抗議した。だから僕は指のファインダーをおろして提案した。
「じゃあ脚本を書いたら、また映画に出てくれる?」
「えっ?」
「自分勝手なのはわかってる。だけど君が許してくれるなら……また僕と一緒に映画を撮ってくれないかな?」
なんでそんなことをこのタイミングで聞いたのか、自分でもよくわからなかった。でも手嶋さんは頬を赤らめて、恥ずかしそうにしながら呟いた。
「いいですよ、先輩と一緒なら。でもそれって、木の役じゃないですよね?」
彼女が微笑んで冗談を言った。
「手嶋さんがそれを望むなら、今すぐ構想を練り直すよ」
午後の陽だまりの中、そう言って僕と手嶋さんは笑い合った。
おわり
最後まで読んで頂きまして、ありがとうございました。
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