連載小説|恋するシカク 第18話『悲劇』
作:元樹伸
本作の第1話はこちらです
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第18話 悲劇
部活の名簿にあった住所を頼りに手嶋さんの家へむかった。彼女が住んでいるのは集合住宅の五階だけど、エレベーターがないので階段を使った。
林原がインターフォンを鳴らすと、少し間があってから声がした。
『誰ですか?』
「美術部の河野です。手嶋さんだよね?」
林原に急かされてマイクに話しかけた。
『トン先輩、何で?』
元気のない声だけど、手嶋さんに違いなかった。
「ずっと休んでるから心配になって来たんだ」
『ありがとう、でも私なら大丈夫です』
「顔を見せてもらえないかな?」
『……ごめんなさい』
「くそ、ダメか」
うしろで林原が弱音を吐いた。でも僕はまだ諦めたくはなかった。
「少しでいいから話がしたいんだ。会うのが嫌ならこのままでもいい」
『明日は学校に行きます。だから今日は帰ってください』
それを最後に彼女からの応答は途絶え、僕たちは仕方なくその場から立ち去った。
夜になっても手嶋さんが気になり編集作業が手につかなかった。気分を変えようとシャワーを浴びていると、遠くの方で携帯電話が鳴った。
慌てて部屋に戻って着信履歴を見る。手嶋さんからだった。すぐにリダイヤルして、「出ろ、出ろ」と呪文のように唱えた。すると電話がつながった。
「手嶋さん?」
気が焦って、むこうがしゃべるのを待たずに彼女の名前を呼んだ。
「電話ありがとう。今日は家まで行っちゃってごめん」
懸命に語りかけたけど返事はなかった。耳を澄ませると電話のむこうでジョロジョロと水が流れているような音が聞こえた。
「手嶋さん、お願いだから何か言ってくれ」
「先輩……心配させちゃってごめんね」
手嶋さんの声が聞けたと思った矢先、電話が切れた。
ザザザッ、ザザザッ。
右耳がこれまでにないほどの警笛を鳴らしていた。
「くそっ」
とてつもなく嫌な予感がして、すぐ彼女の家にむかった。呼び鈴を鳴らしても反応がないので玄関の戸を叩いた。もし手嶋さんが出てこなくても、家族の誰かが気づいてくれればそれでいいと思っていた。ところがしばらく続けても反応はなく、代わりに隣の部屋から人が出てきて「うるせぇぞ!」と叫んだ。
「す、すみません……」
手嶋家の隣人はレスラーのような体格のお兄さんで、僕は彼の巨体に圧倒された。
「あれか? おまえはいわゆるストーカーって奴か?」
ごついお兄さんが、ドスの効いた声で僕を睨んだ。
「まさか、違いますよ!」
「彼女がひとり暮らしだからってバカな真似してっと、ご近所さんの俺が黙っちゃいねぇからな!」
「えっ? 手嶋さんはここにひとりで住んでいるんですか?」
大きな声で詰め寄ったら彼は少しだけ怯んで、「お、おうよ」と答えた。
なんてことだ。
同じ部活なのに。
仲のいい後輩なのに。
あんなに美味しいサンドイッチを分けてくれて……
その上、こんな僕を好きだと言ってくれた子なのに。
そんなことさえ、知らなかったなんて。
こめかみが痛んで右耳が警告音を発した。根拠なんかないけど、手嶋さんに危機が迫っている証拠だと思った。こうなったら、彼女の姿を見るまで絶対に帰れない。
「手嶋さん!」
大家さんに鍵を開けてもらって中に入り、すぐに彼女の名を呼んだ。
「こっちにはいないぞ!」
奥の部屋でごついお兄さんが叫んだ。
ジョロジョロジョロ……
洗面所で水の流れる音がする。電話で聞こえていた音に違いなかった。
「やっぱり誰もいないんじゃないの?」
大家さんの声がしたけど構わずに洗面所へとむかい、お風呂場のドアを開けた。
「手嶋……さん?」
そこには寝間着を着たまま、湯船でぐったりしている手嶋さんの姿があった。彼女は気を失っていて、洗い場には刃の突き出たカッターナイフが転がっていた。手首からは今も血が流れ続け、お湯が溜まった湯船を赤く染めていた。
「あ……ああ……」
頭が真っ白になってその場にかがみ込み、僕は胃の中のモノをすべて吐き出した。
つづく
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