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事業所得として申告した仮想通貨マイニング業に係る所得が雑所得とされた大阪地裁令和6年10月30日判決

以前の記事「暗号資産のマイニングに係る所得が、所得税法上の事業所得ではなく、雑所得とされた事例(国税不服審判所令和4年1月7日裁決)」取り上げた事件について、裁判所の判断がありましたのでご紹介いたします。

なお、判決文のダウンロード及びより細かい解説は、以下の記事をご覧ください。


事案の概要

投資コンサルタント会社の代表取締役である原告は、仮想通貨マイニング、建設用仮設資材のオペレーティングリース、決済用タブレット端末の賃貸(以下「本件三業務」)及び海外の銀行定期預金の紹介業務(アフィリエイト業)により個人所得を得ていた。

原告は、当初申告(平成28~30年分)ではこれらの所得を事業所得として申告し、税務調査後に本件三業務は事業所得のままにして、アフィリエイト業を雑所得とするなどの内容で修正申告した。

税務調査を経て、税務署長は本件三業務の所得を雑所得と認定し、令和2年10月23日付で所得税等の更正処分及び過少申告加算税の賦課決定処分を行った。原告はこれを不服として、申告額を超える部分及び賦課決定処分の取消しを求めた。

争点

本件三業務に係る所得は、所得税法上、事業所得又は雑所得のいずれに該当するか。

裁判所の判断

結論として、裁判所は、本件マイニング業、本件リース業、本件レンタル業(本件三業務)に係る所得は、いずれも所得税法27条1項所定の事業所得には当たらないものと認められ、また、利子所得、配当所得、不動産所得、給与所得、退職所得、山林所得、譲渡所得及び一時所得のいずれにも当たらないから、いずれも同法35条1項所定の雑所得に当たると判断し、原告の請求を棄却しました。

以下は、裁判所の判断の抜粋です。「???」は情報公開で入手した資料の黒塗り部分です。

(1)事業所得該当性の判断枠組み
ある所得が所得税法27条1項にいう事業所得に該当するか否かは、「自己の計算と危険において独立して営まれ、営利性、有償性を有し、かつ反復継続して遂行する意思と社会的地位とが客観的に認められる業務から生ずる所得」であるか否かによって判断すべきである(最高裁昭和56年4月24日第二小法廷判決・民集35巻3号672頁参照)。

そして、同法27条1項にいう事業(同法施行令63条12号にいう「対価を得て継続的に行う事業」)に該当するかどうかを社会通念に従って判定する場合には、①営利性、有償性の有無、②継続性・反復性の有無、③自己の危険と計算による企画遂行性の有無、④その取引に費やした精神的あるいは肉体的労力の程度、⑤人的・物的設備の有無、⑥その取引の目的、⑦その者の職業・社会的地位・生活状況などの諸要素を総合的に検討し、社会通念に照らして判断するのが相当である。

(2) 本件マイニング業について
ア 認定事実
(ア)原告は、平成30年頃、???の代表取締役の???から仮想通貨マイニング事業を共同で企画する提案を受けた。
原告は、同年8月から9月頃にかけて、???及び関係者らとの間で、マイニングマシンの価格設定、マイニングの対象とする仮想通貨の種類等について協議し、平成30年10月頃、マイニングの対象とする仮想通貨は???に決定された。

(イ)原告は、本件マイニングマシンの購入資金に自己資金を充て、前記前提事実(5) のとおり、同年12月27日、???から本件マイニングマシンを購入し、同日、???との間で本件業務委託契約を締結し、本件マイニング業を開始した。

(ウ)原告の本件マイニング業による収益は、以下のとおりである。
a 平成30年16万3563円
(同年12月28日から31日まで(4日間)の収益16万3563円の1日当たりの金額に、365日を乗じた
金額(年換算)は約1492万円)
b 令和元年1847万9624円
c 令和2年279万3800円(他に、新型コロナウイルス感染症の拡大に伴う給付金10 0万円の雑収入がある。)
d 令和3年1001万2600円
(エ)原告は、本件マイニング業による前記(ウ)の収益について、本件リース業、本件レンタル業、本件アフェリエイト業による収入等とともに、総勘定元帳に記載していた。

(オ)本件業務委託契約の内容は、原告と他の投資家(マイニングマシンの購入者)との間で異なるところはなく、原告は、本件業務委託契約の締結後、本件マイニング業の収益を上げるために、独自に何らかの行為を行ったことはなかった。

(力)令和2年3月1日から同月31日までの期間につき、本件マイニング業には損失が生じていた。原告は、令和4年頃、???総合サポートデスクに対し、契約書どおり、上記期間の損失額につき原告に対する
マイナス分の請求はされなかったが、永久に、???がそのマイナス分を負担するのかとの問合せをメールでした。
これに対し、上記サポートデスクの担当者は、同年12月8日、原告に対し、長らくマイニングが停止していることを詫び、再開手段を模索している旨説明した上で、???がマイニングで発生した損失を一方的に負担するのは難しいため、同社がマイニングを停止させる権利を持つとともに、「業務委託報酬その他運営にまつわる経費」として当該損失発生分をのちに回収する形で事業を達営している旨回答した。

裁判所は、原告が、本件マイニング業のスキームの構築に関しては一定の関与をしていたことを認めたものの、マイニングマシンの購入資金以外には追加の経費負担をしていないこと、人的・物的設備を備えていないこと、初期投資以上の損失を負担することは予定されていなかったこと、マイニング業務を他社に委託し、同社から収益の送付を受ける一般投資家と同様の立場にあったにとどまることなどを指摘したうえで、本件マイニング業において自己の危険と計算による企画遂行性があったと評価することはできないと判示しています。

また、原告は代表取締役としての報酬や不動産賃料収入を得ていたほか、本件アフェリエイト業により安定した報酬を得ていたことが認められるから、本件マイニング業による収入は、原告の資産運用の目的にとどまるものであったとしています。


イ 検討
本件マイニング業については、営利性、有償性及び反復継続性が認められることは当事者間に争いがない。そして、前記アの認定事実(ア)によれば、原告は、本件マイニング業が開始される以前の企画立案段階においては、???の代表取締役である???から相談を受け、マイニングの対象となる仮想通貨の選定等に関して???にアドバイスをするなど、本件マイニング業のスキームの構築に関しては一定の関与をしていたことが認められる。
しかし、前記前提事実(5) イ、前記アの認定事実(イ)ないし(力)によれば、本件マイニング業の遂行段階(平成30年12月27日以降)においては、原告は、本件マイニングマシンの購入資金に自己資金を充てたほかに追加で経費等を負担したり、本件マイニング業の遂行のための人的・物的設備を備えたりしていたとは認められない。また、本件業務委託契約においては、マイニングする仮想通貨の種別は???が決定するとされていること、月間の収支がマイナスとなる場合は、原告に対する収益の送付がなくなるだけで、???にマイニングされた仮想通貨の総額から控除された金額以上の損失補てん等を請求することはできないとされていること、市況環境等に鑑み分配仮想通貨総量がゼロないしマイナスになる場合にマイニング作業を停止する権限を???が有していること、本件マイニングマシンの故障等の修繕費用やソフトウェアのアップデート等の維持管理贅は???が負担するとされていることなどからすれば、原告が初期投資以上の費用や損失を負担することは予定されていなかったものと認められる。加えて、本件業務委託契約の内容は原告と他の投資家との間で異なるところはなく、原告が本件業務委託契約締結の後に本件マイニング業の収益の増加のために何らかの行為をすることもなかったことからすれば、原告は、本件マイニング業の遂行段階において、???と実質的な共同事業者としての立場にあったということはできず、???に対してマイニング業務を委託し、同社から収益の送付を受ける一般投資家と同様の立場にあったにとどまる。
そうすると、原告について、本件マイニング業において自己の危険と計算による企画遂行性があったと評価することはできない。
また、前記前提事実(1)、(2) によれば、原告は、別表1の各「確定申告」襴の記載のとおり???の代表取締役としての報酬や不動産賃料収入を得ていたほか、証拠(甲6、40、41) によれば、本件アフェリエイト業により安定した報酬を得ていたことが認められるから、本件マイニング業による収入は、原告の資産運用の目的にとどまるものであったというべきである。

原告は、後述する所得税基本通達35-2に基づき、本件マイニング業に係る所得が事業所得に該当する旨を主張しましたが、次のとおり、裁判所はこれを採用しませんでした

(5) その他の原告の主張について
ア 原告は、改正後通達35-2について、前記第2の5(1) (原告の主張)ア(イ)のとおり主張する。そして、前記( 2) アの認定事実(ウ)、(エ)、前記( 3) アの認定事実(ウ)、(エ)、前記( 4) アの認定事10 実(ウ)、(エ)によれば、本件マイニング業は平成30年から令和3年までの間、本件リース業は平成28年から平成30年までの間、本件レンタル業は平成29年から令和元年までの間、その収益は年換算で概ね300万円を超えるものであったということが可能であり、その帳簿書類の作成・保存もされていたものと認められる。

しかし、改正後通達35-2 (注)前段では、「事業所得と認められるかどうかは、その所得を得るための活動が、社会通念上事業と称するに至る程度で行っているかどうかで判定する。」とされているから、事業所得に当たるか否かについては、前記(1)の判断枠組みのとおり、諸要素を総合的に検討し、社会通念に照らして判断することが前提とされているというべきであるし、本件解説(甲20) によっても、事業所得該当性が上記のとおり社会通念によって判定される場合に、その所得に係る取引の帳簿書類の作成・保存がされている場合であり、かつ所得の収入金額が300万円を超える場合には、一般的に、事業所得に区分される場合が多いというにとどまる

そして、前記(2) ないし(4) の認定判断のとおり、本件三業務は、いずれも自己の危険と計算による企画遂行性があるとはいえず、人的・物的設備もなく、原告の取引の目的も一般投資家と同様の資産運用の目的であったことなどの諸要素を総合的に検討すると、本件三業務の所得に係る取引の帳簿書類の作成・保存がされている場合であり、かつ所得の収入金額が300 万円を超える場合であることを考慮してもなお、本件三業務は社会通念に照らして所得税法27条1項にいう事業(同法施行令63条12号にいう「対価を得て継続的に行う事業」)には当たらないというべきである。
したがって、原告の上記主張を採用することはできない。

イ また、原告は、本件アフェリエイト業と本件三業務は、いずれも???の顧客に対して総合的な資産形成や運用の仕方等を紹介する事業の一環として、同社がその紹介や斡旋を取り扱う業務であり、原告はこれらの業務を個人の副業としても行っていたにもかかわらず、被告が、本件アフェリエイト業による所得は事業所得と認定する一方で本件三業務による所得を雑所得としたのは、原告に課される所得税について、損益通算をさせないで過大な課税をすることを目的とした恣意的な認定である旨主張する。

そして、???のセミナーにおいて、顧客に配布していた資料には、本件アフェリエイト業のみならず、本件三業務が記載されていることが認められる。

しかし、前記前提事実(2) ないし(5) によれば、本件アフェリエイ卜業は、原告がセミナー等で勧誘した顧客が海外の銀行に定期預金を預け入れることで原告に報酬が支払われる仕組みであるのに対し、本件三業務は、原告がセミナー等で紹介したことにより、???、???、???と取引する者が増えたとしてもそれによって原告の本件三業務による収益が増えるという関係にはないと認められる。また、証拠及び弁論の全趣旨によれば、原告自身も、上記セミナー等において、本件アフェリエイト業は収益源たる事業として紹介しているのに対し、本件三業務は利益の繰延べができる投資スキームとして紹介していたにとどまることが認められることに加え、原告が、???の代表取締役として顧客に対して本件三業務を紹介していたとしても、それは???の業務として行っていた活動であって、原告個人の事業として行っていた活動であるということはできない。
したがって、原告の上記主張を採用することはできない。

背後にある問題は、国税庁が令和4年10月の通達改正に関して公表した「雑所得の範囲の取扱いに関する所得税基本通達の解説」の中で、あたかも➊収入金額300万円超で、かつ、➋記帳・帳簿書類の保存がある場合の所得は、①その所得の収入金額が僅少である又は②その所得を得る活動に営利性が認められない場合を除き、事業所得に該当すると判断される、裏を返せば、上記(ア)の総合判断の枠組みは適用しないかのような記載をしてしまったことです(以下の図表参照)。

上記の解説は、所得税基本通達35-2(業務に係る雑所得の例示)の注書きが、

「事業所得と認められるかどうかは、その所得を得るための活動が、社会通念上事業と称するに至る程度で行っているかどうかで判定する。
 なお、その所得に係る取引を記録した帳簿書類の保存がない場合(その所得に係る収入金額が300万円を超え、かつ、事業所得と認められる事実がある場合を除く。)には、業務に係る雑所得(資産(山林を除く。)の譲渡から生ずる所得については、譲渡所得又はその他雑所得)に該当することに留意する。」

と定めていることに関して説明したものです。

通達も解説(国税庁の情報)も法律そのものではないことに注意が必要です。

さらにいえば、暗号資産FAQ「2-2 暗号資産取引の所得区分」でも、次のとおり、上記外形的基準(「収入300万円超」+「帳簿書類保存」)を満たせば、あかたも、すべて事業所得に該当するかのような記載をしてしまったために、納税者から事業所得での申告を打診され、雑所得での課税リスクの不安に税理士が戸惑う場面が増加しています。

「その年の暗号資産取引に係る収入金額が 300 万円を超える場合には、次の所得に区分されます。
・ 暗号資産取引に係る帳簿書類の保存がある場合・・・原則として、事業所得
・ 暗号資産取引に係る帳簿書類の保存がない場合・・・原則として、雑所得(業務に係る雑所得)」

税の専門家は、上記通達・通達解説・FAQの記載を形式的に事案に適用して、暗号資産に係る所得の事業所得又は雑所得該当性を判定することにはリスクが伴うことを理解していると思いますが、一般の納税者の間では「収入300万円超」+「帳簿書類保存」=「事業所得」という定式がひとり歩きしていもおかしくありません。


いずれにしても、以上を経て、裁判所は、次のとおり、本件マイニング業に係る所得は雑所得に該当すると判断しました。


(6) まとめ
以上によれば、本件マイニング業、本件リース業、本件レンタル粟(本件三業務)に係る所得は、いずれも所得税法27条1項所定の事業所得には当たらないものと認められ、また、利子所得、配当所得、不動産所得、給与所得、退職所得、山林所得、譲渡所得及び一時所得のいずれにも当たらないから、いずれも同法35条1項所定の雑所得に当たるものと認められる。



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