
暗号資産(仮想通貨)に係る所得税について、個人間取引や海外取引所の取引で「損失」が出ているという主張が認められなかった事例(所得税・国税不服審判所令和5年6月15日裁決)
暗号資産の取引に係る所得を確定申告に含めていなかったとして、所得税等と過少申告加算税の課税処分を受けた請求人(個人である納税者)が、取引所を介していない個人間取引や海外取引所における取引において損失が出ているにもかかわらず、税務署長は意図的に取引を選択して課税している可能性があること及び税務署長が算定した暗号資産取引に係る雑所得の金額に誤りがあることを主張したものの認められなかった裁決事例を紹介します。
国税不服審判所令和5年6月15日裁決(高裁(所)令4第13号)は、請求人の主張する個人間取引及び海外取引については、
その主張を裏付ける客観的な証拠はなく、立証責任が原処分庁にあることを前提にしてもなお、個人間取引及び海外取引はなかったと推認されるとした上で、原処分庁が算定した原処分庁が算定した国内取引所取引に係る雑所得の金額に誤りはないとして、
納税者の上記主張を認めませんでした。
裁決において、審判所は、請求人の主張する本件6月2日提出メモによれば、「600万円弱から1,000万円強の取引を計7回行っているところ、このような高額な取引を複数回行っているにもかかわらず、これらを客観的に確認できる資料を一切残していないというのは、通常考えにくい」と述べています。
この点については、暗号資産取引では、(白色申告+雑所得であり、帳簿書類の備付け等義務が十分に整備されていないことに加えて)ブロックチェーンのデータなど自らが直接的には管理していないデータが残ることなどから、これ以外の客観的に確認できる資料を一切残していないことは「通常考えにくい」とまではいえないという意見もあるかもしれません。
立証責任や事実上の推認という技巧的な説明は省略しますが、請求人は、上記主張を裏付ける客観的証拠を用意できてないことに加えて、
「国内取引所取引において、損益はおおむね原処分庁の調査内容のとおりだと思う」、
「海外取引の損失は微少であったことから、あまり主張する気もない」、
「取引に使用していたアカウントID及びパスワードも失念しており、取引履歴の確認ができない」
と主張していることを考慮すると、納税者の上記主張を認めなかった審判所の判断は妥当であると考えます。
基本的には、当初から、立証責任の所在は考えずに、取引等に関する客観的な証拠資料を収集・保全しておいたほうがよいでしょう。
なお、税務署長は、請求人から取引に関する資料の提出もなく、各暗号資産取引所を調査した結果、国内の暗号資産取引所から暗号資産が海外に送金された事実はなく、よって、海外取引により損失が発生したという事実はないと主張しています。24件の暗号資産交換業者に調査を実施したようです(裁決書別表2参照)。
裁決書をダウンロードしたい方は以下からお願いします。
1 事案の概要・請求
原処分庁(税務署長)は、請求人(審査請求人=個人である納税者)が、平成29年分・平成30年分の所得税について、暗号資産の取引に係る所得を申告に含めていなかったとして、所得税及び復興特別所得税の各更正処分と過少申告加算税の賦課決定処分をしました。
これに対して、請求人は、原処分庁が算定した暗号資産取引に係る雑所得の金額に誤りがあるとして、原処分の全部の取消しを求めました。
2 基礎事実
請求人は、平成29年中及び平成30年中に暗号資産の取引を行った。
請求人は、本件各年分(平成29年分及び平成30年分)の各確定申告書には、暗号資産取引に係る雑所得の金額の記載はなかった。
本件調査担当職員(原処分庁所属の調査担当職員)は、各暗号資産交換業者が運営する暗号資産取引所を調査した結果、本件各取引所において、請求人に係る暗号資産の取引を把握した。
本件調査担当職員は、請求人から、本件6月2日提出メモ(暗号資産取引所を介さない個人間取引に係る内容を記載したメモ)を令和3年6月2日に受領した。
3 争点
原処分庁が算定した各年分の暗号資産取引に係る雑所得の金額に誤りがあるか否か。
4 請求人の主張の要旨
以下のとおり、請求人の本件各年分の暗号資産取引に係る雑所得の金額に誤りがある。
国内取引所取引において、損益はおおむね原処分庁の調査内容のとおりだと思うが、原処分庁は、請求人が伝えた暗号資産取引所の取引を網羅せず、一部の取引についてのみ計上し、意図的に取引を選択して課税している可能性がある。
個人間取引については、本件6月2日提出メモに記載のとおりの取引があった。
後日、請求人は、本件6月2日提出メモ以外に、個人間取引の内容を記したメモを原処分庁に郵送したが、当該メモを紛失したか隠蔽したかは不明だが、届いていないと言われた。
海外取引は、2つの暗号資産取引所で行っており、その取引内容については定かではないが、国内の暗号資産取引所から暗号資産を海外に送金した記憶がある。
海外取引の損失は微少であったことから、あまり主張する気もないが、原処分庁は、恐らく海外の暗号資産取引所には調査依頼も行つておらず、調査努力という面では問題である。
雑所得については、帳簿の作成・保存義務がないため、証拠書類もほとんど残しておらず、書類の提示義務、説明義務もない。あるのは原処分庁の立証責任のみだが、原処分庁は立証責任を全く果たしていない。立証責任を完全に請求人に転嫁している。
また、取引に使用していたパソコンは古くなって、スマートフォンは故障して買い換えた。同様に、取引に使用していたアカウントID及びパスワードも失念しており、取引履歴の確認ができない。
以上によれば、本件各年分の暗号資産に係る雑所得の金額は、国内取引所取引では利益が出たが、個人間取引で多額の損失が出ている。
5 審判所の判断
(1)法令解釈
課税処分においては、原則として、原処分庁がその課税要件事実についての主張立証責任を負い、雑所得の金額の計算上控除する暗号資産の取引に係る損失の金額についても、原処分庁がその主張立証責任を負うものと解される。
しかし、その暗号資産の取引に係る損失の金額は、必要経費の金額と同様、所得金額の算定上の減算要素であって納税者には有利な事柄である上、その支出は納税者の支配領域内の出来事であるから、当該損失の金額の主張立証は、通常、納税者である請求人の方が原処分庁よりも容易である。
したがって、請求人が積極的に暗号資産の取引に係る損失の金額を主張立証しない場合には、当該損失の金額が存在しないことが事実上推認されるものと解するのが相当である。
(2)認定事実
イ 国内取引所取引について
(イ)暗号資産の現物取引
本件各取引所の請求人口座に係る取引明細等に基づき、暗号資産の売却価額から売却原価を控除し、損益を計算
売却価額:売却時のレートで円換算した金額
売却原価:取得時のレートで円換算した金額。移動平均法により算出
(ロ)暗号資産の証拠金取引
本件各取引所の請求人口座に係る取引明細等に基づき、暗号資産の売買損益から手数料を控除し、損益を計算
売買損益:取引時のレートで円換算した金額
手数料の金額:手数料の支払時で円換算した金額
(ハ)ボーナス
各ボーナス(本件各取引所から取得したキャンペーンボーナス、ログインボーナス及び取引手数料マイナスボーナス)について、本件各取引所の請求人口座に係る取引明細等に基づき、取得価額を計算
取得価額:取得時のレートで円換算した金額
(ニ)支払手数料
上記(ロ)以外の手数料であって、本件各年分に請求人が本件各取引所に対して支払ったデポジット預入手数料、出金手数料、銀行手数料等の各支払手数料の合計金額については、本件各取引所の請求人口座に係る取引明細等に基づき計算
各支払手数料の金額:支払時のレートで円換算した金額
口 個人間取引について
請求人は、本件調査担当職員(原処分庁所属の調査担当職員)に対して、個人間取引について、次のとおり述べて、本件6月2日提出メモ以外の資料を提示しなかった。
①自宅に保管していた現金で決済した。
②取引相手の名前は分からない。
③取引の際に自らが使用したニックネームは覚えていない。
④本件6月2日提出メモの計算根拠となるデータは消去した。
⑤個人間取引時に使用していたパソコン及びスマートフォンは買い換えたためデータは残っていない。
ハ 海外取引について
請求人は、本件調査担当職員に対して、海外取引について、暗号資産取引所のアカウントID及びアドレスを失念したのでログインできない旨述べて、資料を提示しなかった。
ニ 請求人が原処分庁に郵送したと主張する本件6月2日提出メモ以外の個人間取引を記したメモについて
本件調査担当職員は、請求人が本件調査担当職員宛に郵送したと主張する郵便物が、手もとに届いていないことから、請求人に対して当該郵便物の送付状況について確認したところ、請求人は、本件調査担当職員宛に普通郵便で郵送した旨、また、個人間取引を記載したメモの原本を送付しており、請求人の手もとには何も残していない旨述べた。
このため、本件調査担当職員は、所属する部門のほか、総務課、他の部門などを対象に捜索したが、該当する郵便物は見当たらなかった。
(3)当てはめ及び請求人の主張に対する判断
審判所は、次のとおり、原処分庁が算定した本件各年分の国内取引所取引に係る雑所得の金額に誤りはなく、個人間取引及び海外取引により損失が発生したという事実はないとした点にも誤りはないとして、請求人の上記主張を認めませんでした。
イ 国内取引所取引について
原処分庁は、各暗号資産交換業者が運営する暗号資産取引所を調査し、請求人の国内取引所取引に係る雑所得の金額を把握しているところ、その調査及び計算は妥当である。
請求人は、原処分庁は、請求人が伝えた暗号資産取引所の取引を網羅せず、一部の取引についてのみ計上し、意図的に取引を選択して課税している可能性がある旨主張するが、請求人は、国内取引所取引所に係る主張を裏付ける証拠書類を提出せず、また、当審判所の調査の結果によっても、請求人が本件各年分において本件各取引所以外に国内取引所取引を行ったとする事実及び原処分庁が意図的に取引を選択した事実はない。
したがって、この点に関する請求人の主張には理由がない。
ロ 個人間取引について
請求人は、本件6月2日提出メモ以外に、個人間取引の内容を記したメモを原処分庁に郵送した旨主張するが、請求人が当該メモを原処分庁に郵送したと認めるに足りる証拠はない。
そして、請求人は、証拠書類はほとんど残していないとして、本件6月2日提出メモ以外の資料を提示していないが、請求人の主張する本件6月2日提出メモによれば、600万円弱から1,000万円強の取引を計7回行っているところ、このような高額な取引を複数回行っているにもかかわらず、これらを客観的に確認できる資料を一切残していないというのは、通常考えにくい。
さらに、雑所得の金額については、原則として原処分庁がその主張立証責任を負うものであるが、請求人の主張する個人間取引は、損失が生じているものとされており、これを前提とすると、当該個人間取引は、請求人に有利な事柄である上、その取引は請求人の支配領域内の出来事であるから、その主張立証は、請求人の方が原処分庁より容易であるところ、請求人が積極的にこれを主張立証しているとはいい難い。
なお、請求人は、当審判所に対して、本件6月2日提出メモの基となる資料として携帯電話内のカレンダーに記録したメモの写しを提出するが、当該メモの写しには、本件6月2日提出メモに記載されている項目のほかに、開始時間と終了時間が記載されているのみで、携帯電話内のカレンダーに上記内容を記録した日時も不明であり、当該メモの写しは、本件6月2日提出メモに記載された個人間取引の事実及び損失の金額を客観的に確認できる証拠とは認められない。
以上のことからすると、請求人の主張する個人間取引はなかったと推認するのが相当である。
ハ 海外取引について
請求人は、海外取引があった旨主張する。
しかしながら、当該取引を客観的に確認できる資料は一切ない。
また、雑所得の金額については、原則として原処分庁がその主張立証責任を負うものであるが、請求人の主張する海外取引は、微少な損失が生じているものとされており、これを前提とすると、当該取引は、請求人に有利な事柄である上、その取引は請求人の支配領域内の出来事であるから、その主張立証責任は、請求人の方が原処分庁より容易であるにもかかわらず、請求人は、「あまり主張する気もない」とし、また、暗号資産取引所のアカウントID及びアドレスを失念したのでログインできないとして、その主張する損失の金額も特定しないなど、積極的にこれを主張立証しているとはいい難い。
以上のことからすると、請求人の主張する海外取引はなかったと推認するのが相当である。
ニ 立証責任について
請求人は、雑所得は帳簿の作成・保存義務もなく、証拠書類はほとんど残していない旨及び課税処分の立証責任は原処分庁にある旨主張する。
しかしながら、請求人の主張する個人間取引及び海外取引については、立証責任が原処分庁にあることを前提にしてもなお、個人間取引及び海外取引はなかったと推認されるのであるから、この点に関する請求人の主張は結論を左右しない。
★実際の税金の申告や個別の税務相談等は、税理士に依頼しましょう。★
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