Vol.3: 暗号資産の譲渡益を、税金の安い「譲渡所得」で申告したらどうなる?節税になる?(後編)
この記事では、暗号資産の税金を税金の安い譲渡所得で確定申告したらどうなるのか、という素朴な疑問にお答えしています。
前編と中編では、暗号資産の譲渡益が譲渡所得になる可能性は、一応、残されていることや、雑所得と主張する国税庁の根拠などを説明してきました。
後編では、そもそもFAQとは何か、納税者が譲渡所得で申告して裁判所で争いになった場合に、どちらが勝つと予想されるか、どのような戦いになるのかといった疑問にお答えします。
また、国税庁のFAQに”ラグられる”?可能性についてもお話します。
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FAQが国民を拘束しないなら、譲渡所得で申告してもいいのですか?(節税になればいいな~)
もちろん、譲渡所得で申告してもいいですよ。
でも、それなりに覚悟が必要です🔥🔥
そもそも、FAQって何でしょうか?
この点を理解せずに、行政がつくったルールだから、とくだん意識せずに、盲従している人はいませんか?
国税庁がつくった暗号資産のFAQは法律ではありません。
形式的には、単なる国税庁の組織内部に向けた「情報」です。
もともとは、平成29年12月1日付けの個人課税課情報であり、これを随時、更新し、一般に公開しているのです。(こちらを参照)
FAQの最初に、「執務の参考にされたい」とあります。
執務をするのはみなさんではないですよね?
税務署、税務職員です。
この情報が、国税庁→国税局→税務署というように、おりてくるのです。
国税庁長官が発遣する通達は上級機関からの命令ですが(国家行政組織法14条2項)、FAQはあくまで参考情報です。(税務通達について勉強したい方はこちら)
FAQに書いてあることに、裁判所も国民も直接的には拘束されません。
拘束されるとすれば、FAQが法律の内容を正しく解釈しているときです。
ただ、この場合は、FAQではなく、法律に拘束されているにすぎません。
形式的には税務職員もFAQに拘束されていない、よって税務職員がFAQに反することをしても、それだけをもって、国家公務員法の命令違反になることはないと考えています。
そうはいっても、通常、職員はFAQに反することはしません。
組織が公に公表しているものに、事実上は拘束されているのです。
(多くの納税者や税理士が、いろいろな事情で、国税庁と争わないわけですから、国税庁は、FAQによって、広い意味での行政指導をしている・・・このように考えると、問題がありそうですね・・・。しかも、国税庁は、FAQは通達ではないから、行政手続法上のパブコメも義務ではないと考えているようです。任意的パブコメも実施していない)
といっても、レアケースにおいて、FAQの文面と合わない、FAQに反するようにみえる課税処分がおこなわれることは十分ありえます。
このとき、納税者は次の問題に直面することでしょう。
うーん、納税者としては、ラグられた気分になりますかね。
FAQの文言どおりに申告したら、これと異なる課税処分がなされるわけですから。
職員を内部的に拘束する通達でさえ、納税者が通達の文面に反するような課税処分を受ける事案が実際に存在するところ、通達ではないFAQが内部的な拘束力を有しないのであれば、なおさら、ラグられても文句はいえないというべきなのでしょうか?
あるいは、法律の文言にこだわる姿勢は重要である一方、通達やFAQの文言にこだわる納税者の姿勢は保護されるべきできはないのでしょうか?
このあたりは、もう少し深い考察と説明が必要なのでここまでにして、次に、もっと、やっかいな問題を見ていきましょう。
税務職員がこのFAQに従って行動することを前提とすると、どのようなことが起こるでしょうか?
たとえば、あなたが暗号資産の利益を雑所得ではなく譲渡所得で申告した。国税庁が、その事実を申告書の記載内容などから把握した。
この場合にはどうなるでしょうか?
十中八九、雑所得で課税処分をされます!!
だから、譲渡所得で申告すると「正しい税額との差額を納税してください」、つまり、「雑所得で計算した場合の税額と実際に申告した税額との差額が納め足りませんので、納めてください」という処分がなされる可能性があります。
でも、この場合の正しい税額との差額とは、あくまで次の①と②の差額です。①に着目してください!
もう少し硬い言葉でいうと、税務署から、次のような処分通知書が送られてくるということです。「更正」というのはオーソドックスな課税処分の一種です。
一般の人がみたら、ビビりますよね🙄💦
しかも、税額の差額分に対して、ペナルティ(加算税10%又は35%)もかかります。
差額が1000万円の場合は、通常であれば、
「1000万円×10%=100万円」
のペナルティを納める必要があります(国税通則法65条等)。
1000万円の追加の税金と100万円のペナルティですから、1100万円の負担ですね。
これに加えて、延滞税や地方税の負担も考えておく必要があります。
あるいは、(やや無理矢理)脱税として扱ってくる可能性だってあります。
よって、譲渡所得でチャレンジするならば、専門家の指導の下、正々堂々と申告することをおすすめします!!!
なお、処分に係る納税額を払わない場合には財産の差押えを受けるでしょう。
いずれにしても、譲渡所得で申告する(あるいは、雑所得で申告しておいて、正しくは譲渡所得なので減額してくださいと請求する)ならば、国税と争いをする覚悟が必要になります。
最終的には裁判所での決着ですから、時間も費用もかかります。精神的にも疲れますね。
譲渡所得だという学説もあるし、節税になるからと、安易な気持ちで、譲渡所得で申告することは、おすすめできません💦
国税庁側「雑所得」VS納税者側「譲渡所得」が法廷で争われた場合、勝敗はどうなりそうですか?
完全な肌感覚からくる勝手な予想ですけど、
7:3で国税庁が勝つと予想しています。
ウデのいい弁護士がついて、6:4、5:5に持ち込めるかどうかとみています。
本来、雑所得は他の9種類以外の所得ですから、雑所得を主張する国税庁は暗号資産の譲渡益が譲渡所得など他の9種類に該当しないことをきちんと説明しなければならないのですが・・・あっさり譲渡所得に該当しないと切り捨てる裁判官もいるのではと。
なお、租税に詳しい著名な租税弁護士の中には、譲渡所得を支持する方もいらっしゃいます。(こちらを参照)
法廷ではどのような戦いになるのですか?
サッカーで、ゴール前のプレーがオフサイドがどうかを判定するときに、どのように判断すればよいですか?
まず、①:オフサイドとはどのようなものか、サッカーのルールブックを確認しますね。それから、②:実際のプレーがどのようなものであったかを認定します。最後に、③:上記②の事実を①のルールに当てはめるわけです。
訴訟でも同じようなことが行われます。
①で、税法のルールを見て、解釈をして、その事件で適用されるルールを確認します。②で、証拠に照らして事実を認定したり、評価します。③で、当てはめをして、結論を導くわけです。
よって、訴訟になったら裁判官はルールブックを確認します。
税金の世界のルールブックは税法です。しつこいようですけど、国税庁が作ったルールは法律ではなく、基本的に参考情報のようなものです。
税金に関するルールは国会で決めなさい、法律で決めなさいと憲法に書いてあるのです(憲法30、84)。
暗号資産の譲渡益については、法理論的に、譲渡所得の言い分にも一定の説得力があると思います。ここでは、長くなるので力説はしません。
いずれにしても、裁判での勝敗は、純粋に、法的にどちらが正しいかだけでは決まらないこともあるでしょう。そこで働いている力学を、正確に理解したうえで表現するのはむずかしいです。
国税庁の発表資料によると、基本的には、納税者が国税庁に勝訴する割合は10%を下回っているのですが、それぞれの事件の内容が異なるので単純に参考にできるものではありません。(参考として)
訴訟事案の中には、たとえば、次のようなものが入り混じっています。
①ですと、納税者が勝訴する確率は低いでしょう。
暗号資産の譲渡による所得を雑所得とする国税庁側の言い分もまったく理解できないわけではないですし、はっきりいえませんが、いろいろな意味で、この争点で、裁判所がわざわざ納税者側を勝たせるようなことするかな、とも思っています。
もっとも、暗号資産ってなにやらアヤシイと思っている方の割合は少しずつ減っているのではないかと思います。
取引所に上場されているけど、上場されっぱなしのまま、本当にプロジェクトが動いているのか、という指摘もされそうな暗号資産もあるかもしれませんが、イーサのように投資以外の実需を伴うものも存在します。
あるいは、ステーキングやレンディングによって収入が発生する暗号資産や担保価値のある暗号資産もあります。ユーティリティトークンだって存在するわけです。
ブロックチェーン、クリプトやトークンを入り口として、その奥にはWeb3.0、メタバース、NFTも含めたさまざまな新しい世界が広がっています。
このように考えると、少しずつ社会における暗号資産の位置付けや役割、あるいは評価も変化しつつあると思います。
この変化がポジティブであれば、ほんのちょっとだけ、裁判所で納税者の譲渡所得の主張が一蹴される確率が減るかもしれませんね。
暗号資産は、何やらアヤシイから譲渡所得のような優遇税制の恩恵を与えるべきではないという、表(判決文)にでてこない価値判断(いわば建前に対する本音のようなものといったら、お叱りをうけるかもしれません💦)が裁判官に芽生える可能性が減るかなと思うからです。
さらにいえば、支払手段性を強調して、暗号資産の譲渡益は資産の値上がりによる増加益とは性質を異にするから譲渡所得ではないという国税庁の主張に対して、「すくなくとも一部の暗号資産に対しては通用しないのではないか?」、とちょっとでも疑問に思う裁判官が出現するかもしれないからです。
いずれにしても、社会通念や社会の評価が裁判所に与える影響はゼロではないかもしれません。
さきほど、譲渡所得のような優遇税制の恩恵という表現を用いましたが、そもそも、長期譲渡所得の場合に課税対象が2分の1となるのは、譲渡所得の本質から導き出すことができないような優遇、あるいは政策的な優遇なのでしょうか?
そのような優遇であれば、なぜ租税特別措置法という特例を設ける法律で定めずに、堂々と所得税法本法に存置されているのでしょうか?
裁判所が譲渡所得と判断する確率はゼロではない?
それは、ゼロではないです。そこは間違いない。
だから、時間とお金に余裕がある人や、そうでなくとも雑所得にどうしても納得できない人などが、譲渡所得を主張して訴訟することは歓迎&応援します!
暗号資産の譲渡による所得に対する課税は重く、訴訟で争っても勝てない・・・このようにみてくると、暗号資産の譲渡益に課税しない国に移住することを選択する人がでてくることも理解できそうですね。
納税者が譲渡所得で勝訴を勝ち取るためには、どのような戦略をたてればいいのでしょうか?
それは、簡単に説明できるものでもないし、かなりテクニカルなので、別の機会にしましょう。
すくなくとも、①譲渡所得に該当するという考え方の積極的な根拠(長くなるので、この記事ではあまり述べていません)と、②雑所得に該当しないという考え方が妥当しない根拠を補充・整理する必要があるでしょう。
暗号資産を譲渡所得の基因となる資産から除外するなら、きちんと法律に書くべきだと、裁判官に訴えかけるのも有効でしょう。法解釈で譲渡所得の基因となる資産から除外している外貨との関係でも同じことがいえます。
このあたりは、諸外国の立法例を示して、税金のルールはあくまで法律で定めなければならないんだという憲法の大原則を裁判官に再度確認していただくよう訴えかけることも考えられます。
(政令レベルまで目を通すと、立案当局は暗号資産の譲渡所得該当性を前提としている痕跡が発見されますが、訴訟では、この点についても、しっかり反論した方がよいですね)
これまで考察したところによれば、数ある暗号資産のうち、どの暗号資産で譲渡所得該当性を主張するかもポイントになりそうですね。実際に、そのようなアプローチでがんばっている方もいらっしゃいます。(モナコインの譲渡による所得の所得区分、所得税法33条にいう「資産」について)
それから、営利目的で継続的に暗号資産を譲渡している方は、譲渡所得に該当しないことは、すでに説明しましたね。
このあたりも踏まえて、チャレンジするならば、きちんと勝訴できる事案で弁護士に相談する方がよいでしょう。
★実際の税金の申告や個別の税務相談等は、税理士に依頼しましょう。★
※ 引用される場合は、この記事を引用元としてお示しください。