暗号資産取引に係る雑所得を除外する脱税スキームを用いて所得税を免れたとして有罪となった事件(暗号資産の税金・所得税関係:東京地裁令和6年6月3日判決)
今回取り上げる東京地裁令和6年6月3日判決(TAINSコード:Z999-9178)の所得税法違反被告事件は、被告人が暗号資産(仮想通貨)取引に係る雑所得を除外する脱税スキームを用いて所得税を免れたとされるものです。
この暗号資産脱税事件において、被告人は暗号資産取引に係る雑所得を除外する方法により所得を秘匿し、虚偽の確定申告を行ったとして、懲役1年2月(執行猶予3年)及び罰金1100万円の有罪判決を受けました。
こちらも確認しておきましょう。
Ⅰ 事件の概要
1 共謀
①被告人は、アラブ首長国連邦ドバイに本店を置くA General Trading LLC(以下「A社」という)の業務執行社員及び日本における代表者を務めていたEと共謀
②A社から委託を受けてA社のために取引の媒介をしていたLとも共謀
2 所得の秘匿
被告人が保有する暗号資産がA社に帰属するかのように装い、暗号資産取引に係る雑所得を除外する方法により所得を秘匿
3 虚偽の確定申告により免れた税額
虚偽の所得税及び復興特別所得税の確定申告を行い、不正の行為により、次のとおり、所得税を免れた。
平成29年分:938万0901円
平成30年分:3037万3653円
Ⅱ 罪となるべき事実等
1 平成29年分の所得について
被告人は、平成30年2月22日にA社に加盟しましたが、この加盟以前である平成29年中に自己の所有する暗号資産の取引を行い、2594万7654円の所得(平成29年分ほ脱所得)を得ていました。被告人は、この所得を申告せず、2つの取引所での取引のみを申告しました。
この点について、裁判所は要旨次のとおり判示しています。
2 平成30年分ほ脱所得について
《ほ脱行為及びその故意》
被告人は、平成30年においても、2取引所に係る暗号資産取引を除き、多数の暗号資産取引を行い、7270万8472円の所得(平成30年分ほ脱所得)を得ました。この所得についても、被告人は申告を行いませんでした。
裁判所は、このうち、被告人のA社加盟時までの暗号資産取引について、ほ脱行為及びその故意が認められることは、上記(1)で平成29年分ほ脱所得について述べたところと同様であるとしています。
また、A社加盟後、被告人は、A社との間で各種行為(以下の暗号資産譲渡スキーム)を行い、A社の指示があったとして暗号資産であるBTCをA社の日本法人である株式会社B社名義で設けられたウォレットで管理させるに当たり、その前提として、所有していたADAを自らの計算でBTCに交換していました。
この点について、判決は、次のとおり、この時点で課税の対象となると判示したうえで、ほ脱行為及びその故意があったと認定しました。
上記のほか、判決は、要旨次のとおり述べています。
判決は、以上を総合し、被告人は、平成30年分ほ脱所得について、自らの取引内容を認識しつつ、それによって生じた所得を除外して内容虚偽の確定申告をした以上、ほ脱行為及びその故意は優に認められる、と判示しました。
《仮装行為性等》
加えて、判決は、被告人がA社加盟前の自己の暗号資産取引について事後的にA社の指示があったとして各種書類を作成したこと(いわゆる過去の譲渡益の帰属変更スキームないし遡及スキーム)や暗号資産譲渡スキームを利用したことについて、実体がなく所得税を免れる目的での仮装のための行為といえるか、被告人がその仮装性を認識していたかを検討し、次のとおり、これを肯定しています。
続けて、判決は、念のため暗号資産譲渡スキームについてもその仮装性について検討しています。
判決は、次の①~⑤の事実を総合すると、次の点を指摘しています。
暗号資産譲渡スキームの法形式を額面どおりに受け取れば、被告人を含む顧客は高額な暗号資産を価値の低い株式と交換して手放した上、暗号資産の日本円に換金した額から一定の割合を差し引いた金額の貸付けを受けてA社に対する債務を負うことになるのであって、経済的に著しく不合理な取引であり、通常このような取引に応じる者はいない。
してみると、暗号資産譲渡スキームの実質が被告人を含めた顧客の暗号資産の日本円への換金をA社を通して一定の手数料を支払った上で還流させて行うことによって暗号資産換金による雑所得発生を秘匿しようとしたものであることは明らかである。
そのうえで判決は、次の①ないし⑤の各事実を被告人は認識していたことからすると、A社が提供した暗号資産譲渡スキームの仮装性及びこれに対する被告人の認識はいずれも認められる、と判示しました。
要するに、上記の暗号資産譲渡スキームの実態は次のようなものだったということのようです。
①株式交換の実態
A社関連会社の株式は実質的に価値がなく、暗号資産との交換は経済的に不合理な取引でした。
②暗号資産の換金
A社は顧客の暗号資産を速やかに日本円に換金し、一定の割合を差し引いた額を顧客に返金していました。
③金銭の名目変更
顧客への金銭の交付名目が事業資金の供与から貸付けに変更され、後付けで書面が作成されていました。
④返済不要の説明
A社従業員らは、顧客に対して貸付金の返済は不要と説明していました。
上記のような暗号資産譲渡スキームの実質は、被告人を含めた顧客の暗号資産の日本円への換金をA社を通して一定の手数料を支払った上で還流させて行うことによって暗号資産換金による雑所得発生を秘匿しようとしたものであるという理解でしょう。
Ⅲ 法律上の主張について
弁護人は、暗号資産同士の交換による譲渡益に対する課税は、平成31年法律第6号による所得税法48条の2の施行(平成31年4月1日)に至るまでその計算及び評価の方法が明確に定められておらず、課税要件について法律の定めを欠いていたから、同日以前である被告人の平成29年分及び平成30年分の所得税に係る暗号資産の譲渡益に課税することは租税法律主義を規定する憲法84条に違反するなどと主張しました。
裁判は、次のとおり述べて、この主張を採用しませんでした。
Ⅳ 量刑の理由等
①犯行の悪質性
裁判所は、ほ脱税額が多額であること、犯行態様が手の込んだものであること、犯行後も罪証隠滅工作を行ったことなどを指摘し、被告人の刑事責任は軽いものではないと判断しました。
②酌むべき事情
一方で、被告人には前科がないことなどの酌むべき事情も考慮されました。
これらの事情を総合考慮し、裁判所は被告人を懲役1年2月及び罰金1100万円に処し、懲役刑の執行を猶予することとしました。
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