第1話「仮想通貨元年」【億万長者物語】
それまでは、いたって普通に生きてきた。
〝普通〟というジャンルの幅の広さを考えると、どのあたりの〝普通〟かによっては、「全然裕福じゃん!」みたいに思われかねないこともある。
とはいえ、20代のうちは、むしろこの労働条件でこれしか稼げないの? というようなブラック企業に勤めていたし、その後、30代中盤くらいでようやく小さな会社を興してはみたけれども多忙さは変わらずで、そこそこ稼げるようにはなっても、いわゆる〝中流〟層からは抜け出せない位置にいた。
とはいえ、現代は、〝中流〟層というものが皆無に等しいらしく、直近の「週刊SPA!」の大特集では、「中流家計の新基準 持ち家、車、子供2人はもはや贅沢」という見出しが躍るだけに、現在まで社長業をやれて生き延びられていることを考えると、どちらかというと、私は〝やや位が高めな普通〟だったのかもしれない。もちろん、それは起業してからの話ではあるが……。
そんな私に、突然、怪しげなお誘いが飛び込んできた。
「仮想通貨って知ってるか?」
社長業についてからだが、生命保険の勧誘以外にも、胡散臭い投資話を持ち掛けられることが多くなった。もちろん、ネットなどの勧誘ではなく、いわゆる〝知り合いの知り合い〟的な存在からの打診である。以前の私のボスがそういった怪しげ投資話が大好物で、彼のアレヤコレヤの成功失敗体験を間近で見ていただけに、私自身はそういったギャンブル性の高いものには一切手を出してこなかった。そもそも、ギャンブルをやらないタチで、現金しか信用していない。ローンを組むことも(※住宅ローン以外)、借金をすることも好きではなく、「投資」的なものについても「お金がもったいない」と、目の前の「消費」と「浪費」、そしてほんの少しの「貯金」のみにしかお金は使ってこなかった。
元ボスには、仕事の依頼と同じように、たくさんの投資依頼が飛び込んできていた。
太陽光発電システムに投資、風力発電に投資、知人が始めようとしているわけのわからない会社に投資……。投資をして、その後ほったらかしていても自動的にお金が入ってくる、彼の言葉でいうならば「チャリンチャリン(お小遣い的な)」なリターンを楽しみに、様々な案件に乗っかるのが元ボスのスタイルで、けれども、どれに乗っかっても、美味しい想いをする確率はだいぶ低い。ほとんど勝ち馬に乗っている姿を見たことがない。そして、毎度毎度、投資を仲介した怪しげなオジさんに電話をかけて、「あの件はどうなってるんだ? なんで振り込まれてないんだ!」とザ・クレーマーとなってまくしたてていた。それも、仕事中に……。
そう、我々があーでもないこーでもないとテンヤワンヤで仕事をしている真横で、どーでもいい投資話であーでもないこーでもないと大騒ぎしているのだ。相当に、迷惑極まりない。
しかも、よくもまぁ、これだけ何度も騙されてきているのに、毎回、楽しそうに新たな投資案件を我々に話し、「どうだ、お前もやってみるか?」みたいなノリで迫ってくる。完全にギャンブル依存症である。
そんな彼を見てきたからこそ、さらに、「投資」的な話には耳を傾けることなく生きていたわけなのだが、なぜか、〝そのとき〟はピンときた。
「おまえ、仮想通貨って知ってるか?」
そう、私に仮想通貨投資の話を持ち掛けてきたのは、実は、この投資狂いの元ボスだったのだ。
「儲け話がある」
「確実に儲けられる仮想通貨がある」
2016年の春、最初、元ボスから誘われたときは、開口一番、蹴散らした。
「また怪しげな投資話ですか? 私はやらないと何度も言っているでしょう」
だが、何やら「仮想通貨」という響きに、何か得体のしれない怪しい輝きを感じた。
そのころは、電車の中吊り広告などで、「仮想通貨」や「ビットコイン」の名前がチラホラ登場し始めた時期であり、仕事柄、広告コピーを気にして見るクセがついていたため、言葉自体は認知していたし、それとなくどんなものなのかも多少の理解はあった。
また、2016年は実は社長業を始めて2年ほど経ったときであり、会社は軌道には乗ってはいたが、何か、どことなく、将来に対する芥川龍之介的な不安があったようで、「このまま日銭を稼いでいるだけではいかん」という気はしていただけに、ちょっと立ち止まって考えてみたのだ。
「仮想通貨は株のようなもの」、「もしかしたらこれからの株になりうる!?」のか……。とはいえ、そもそも「株」自体もあまりよくわかっていないのが当時の私で、その「よくわからない」状態をスッキリさせるという言い訳を携えて、元ボスの話を聞いてみることにした。
2017年は「仮想通貨元年」
元ボスからのお誘いは2016年の春にあった。そこから、購入する仮想通貨についての知識や買い方などを学び、もろもろの手続きをこなし、ようやく私の手元にその仮想通貨がやってきたのは、2017年の1月だった。
証明書をしっかり保管してあるので、正確な日付までわかるが、取り急ぎ、重要なのはそこではなく、この時点で、仮想通貨の大ボス「ビットコイン」の価格は、1BTC=10万円台であった。むしろ、2017年の最安値は「84,950円」だったそうだ。
そして、ビットコインは、なんとこの年の年末に、「2,332,385円」というトンデモない数字になる。2017年の1月にゲットしていたら20倍という驚異の成長を遂げたのだ。
実は、私、誘われた仮想通貨を購入する際に、仮想通貨に対しての免疫をつけるという意味でも、1月にビットコインも購入していた。
だが、そこそこ価格が上がったところで恐怖し、数万円の利益で確定し、全額手放した。やはり、まったくもって仮想通貨というものを信じられなかったのだ。
何を隠そう、2009年に誕生したときのビットコインは、1BTCの値段が0円に等しかった。
それがすでに10万円あたりにまで化けていたのだから、これ以上の上昇はあったとしてもソコソコだろうと思うのがたいていの人間の思考なのではないか? 私も例外ではなく、「ちょっと儲かったからラッキー」程度の感覚で、売却してしまったのだ。年末まで、購入した1BTCを握っていれば、20倍では売れずとも少なくとも10倍くらいので値段での売却は可能だったはずなのに……。
これぞまさに〝結果論〟、すべて〝あとの祭り〟であるが、株も仮想通貨も、そう簡単には儲けられない仕組みというか、人間の狡い心理がそうさせるのだろう。これらの心理状態については、今後深堀りしていくつもりだが、兎にも角にも、この流れで何が言いたいのかというと、この年は、ビットコインが大化けしただけでなく、そのほかにも様々な仮想通貨が乱立、そしてそれぞれにビットコインに近しい進化を遂げる者たちが現れたのである。
そう、2017年が「仮想通貨元年」と呼ばれる所以だが、この年こそがはじまり、2018年以降の「仮想通貨群雄割拠の時代」の幕開けの年となったのである。
そんな2017年の年末に、私は一気に億万長者への階段を駆け上った。
いや、自ら進んで昇ったのではない。
気がつけば、そう、本当に気がつけば、億万長者になっていた。のである。
だが、数字上、億万長者にはなってはいても、それは決して〝現実〟ではなく、まだまだ〝仮想現実〟であることには、このときはまったく気がつかずにいたことも事実なのだ。
to be continued
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