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ギムレット
賑やかなネオンが、華金で浮かれつつすれ違っていく沢山の人々を照らす。
仕事終わりにマネージャーに誘われて、ワインを探しに下北沢のバーに繰り出していた。
10席ちょっとくらいのカウンターと、ワインのショップが付いていて。
ここのバーは珍しくて、デザートワインが沢山あるから!と、お酒が好きな私にマネージャーが勧める。
ウォッカにライムを浮かべて、自家製なのか生姜味の強いジンジャーエールで割ったカクテルに、マネージャーが持ち込みをした栗と洋梨のパフェ、2人の間に置かれた生ハムとオリーブを摘んだ。
マネージャーは私より6個年上の可愛らしいお姉さんだ。
近くの席に座っていた中年の落ち着いた男性客2人組みとも会話を楽しみつつ、お酒を楽しむ。
紹介してもらった赤のデザートワインと白だけどまるでウィスキーみたいな、ロゼ色に熟成した美しいワインを2人で並べると、どっちが飲みたい?と、ニコニコ聞いてくるマネージャー。
私は赤い方を選び、飲んだ。
とても甘く、レーズンのような香りに、酸味がなく、落ち着いた、とろみがあるんじゃないかと思うくらい柔らかい口当たり。
隣のおじさんが、このワインによく合うというお酒漬けのチェリーを差し出してくれて、お礼を言いつつ迷わず食べた。
時間もそこそこ、明日も2人して仕事だから、あと1杯で切り上げようかと、そんな空気。
私は迷わずギムレットを頼んだ。
マネージャーが、ライムを使ったお酒が好きだと言っていたから、好きだと思いますよ?といって勧めると、私のグラスから1口。
すぐにしかめっ面をした。
「強過ぎ!!!」
と、苦笑を上げると、すかさずバーテンダーのお兄さんが笑う。
「3/4がお酒のカクテルですからねえ」
そう、3/4はジンだから、アルコール度数も各店平均して大体30%弱くらいが多い。
お酒は、元々結構強い方だし、最近お酒を飲む時は、大抵煙草を吸っているから、吸ってない時は全くと言っていいほどに酔うことはない。
ギムレットのカクテル言葉は素敵なもので、「遠い人を想う」「長いお別れ」。
別に想う遠い人も、直近長いお別れがあった訳でもないけれど。
それでもやたら変に意地を張ってケジメを付けたがる私には、なんだか合っている気がして、あっという間に飲みきった。
バーを出るとそこは、しんと冷えきった冬の空が拡がっていて、本当に冬が来るんだと思う。
ご馳走様でした、と笑って、マネージャーと別れる。
家まではざっと1時間半かかるし、最寄りから20分歩かなくてはならなかったけれど、そんなに苦では無かった。
5時間後にはまたアラームが鳴って、私は仕事に出掛けていく。
珍しく月は探さなかった。
月を眺めなくてもなんだか大丈夫な気がして。
帰ってから、お金がないと話していた現状を彼に詰められて会議になった。
そんなにギリギリなら何故頼らないのか、相談しないのかと怒られて、頼ると甘えるの違いがこの歳になって未だにわからないなあ、と深く考えた。
精神面だけでなく、頼ってくれと私に言う彼が不思議だった。
収入差も大きく、6桁の引っ越し代も全て負担すると話してくれる彼が、どうして私にそこまでしてくれるのか、それが私には掴めなかった。
厳しい中で自分を切りつめて相手になにかした事はあっても、相手からそんなふうに言ってもらうのは初めてで、不思議で、違和感なのだ。
私と生きていくこと、結婚を考えてくれているという彼と、宙ぶらりんで、彼の存在自体が夢見心地な私。
いつ彼が居なくなっても耐えられるように。
心の中でそんな保険を掛けている私はおかしいんだろうか。
永遠も愛も、存在しない。
独りで立って生きていかなければならない。
そんな風に幼くして刻み込まれて育った記憶が、邪魔になる日が来るなんて、思いもしなかった。
彼は、私の中で大切で、温かい。
真冬の寒い外から守ってくれる、温かい部屋。
たまに、空調が故障して、寒くもなるけれど。
人と生きていくというのは、温かくて、難しいことなんだと、この頃よく思う。