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ラストノート プロローグ《Curiosity》

 文化祭から2ヶ月後。12月も終わろうとしているある日、ボクはふたりの友達と学生寮のあるシブヤを離れ、都心の方を散歩していた。
 この日はぐずついた天気で、雨足も強くなったから雨宿りにいいお店はないかと、さんにんで考えていた。
 あ……申し遅れるとこだったから今自己紹介を。ボクはターナ。クロノスの幼なじみで、ゆきひこの親友。訳あって人間界に逃げてきた永遠と運命の神です。
 ざあざあ、と。冬にしてはジメジメとした空気が、寒さと合わさって今にも凍えそうだ。
「うわぁー、雨つよいね。なんかいい店ないかなぁ」
「といっても、さっき食べたのもあるから、飲食店というわけでもなぁ」

 ボクたちはもう雨と寒さに耐えきれない。幸い、駅の近くだからいい感じのお店はありそうだけど。
 並木を通り、とりあえず近くにあった生活雑貨店の入口に着いた。ここで一時的に雨をやりすごそうと考えたんだけど……ゆきひこは納得いかないみたい。ちょっと気分が乗らないのかな。
「ちょっと違う」
「そっか」
 
 一時の沈黙の後、ゆきひこはつぶやく。

「あのさ、ふと思ったんだけど香水ってどんなものがあるんだろう」
 突然言ったもんだから、びっくりした。え? あんまりコスメ興味無いって言ってたよね?
「どしたの急に、コスメとかあんまり興味ないって言ってなかった?」
「いやー、なんか急に」
「おや、ゆきひこもコスメに興味をもったのかい」
「ん、まぁね」
 クロノスは乗り気だなぁ。さすがいつもコスメの店に通ってるだけあって、といったところ。
 ゆきひこは、もう行く気しかない。うずうずしながら、心を奮い立たせた。
「じゃあ、早速行こうよ!」
 え、ちょっと。まだ雨足強いし香水店っていってもどこにあるのかわからないのに。
「……ちょっと、まずは調べよ?」

 
 「都心 香水」
 ……と、検索してみる。まぁ何件かあるみたいだけど。
 一件目は今いる雑貨店が引っかかった。といっても、香水というよりかはアロマオイルだ。たぶん、ゆきひこの要望とは違う。
 二件目。proulabさん。オリジナルの香水が買える店みたい。でも、香水を買いたいというより作りたい、とゆきひこは言っていたのできっと違う。一応他の店舗なら作れるみたいだけど、この店舗は非対応だし……
 三件目は、Fragrance Garden LASTNOTEさん。自社製品の香水に加えて、自分だけの香水が作れるとSNSを中心に話題になった香水店だ。
「ラストノートさんがいいなぁ」
 ゆきひこも、納得いくみたい。
 LASTNOTEさん、ちょっと遠いなぁ……歩く距離が一番長いけど、自分だけの香水という未知なるものに期待と好奇心が渦巻いていた。
 幸い雨はすこし弱まっている。今しかない。

 
 雨の中、香水店へ向かっていく。
 ボク自身雨は好きじゃない。気分はだるくなるし、濡れて髪の毛がぐしゃぐしゃになるし。
 けれど今日の雨は違うように感じた。なぜなのかはわからない。今日は気分がいいかというとそうでもないし。
 傘に当たる雨の音? 水溜まりを歩く感触? いや、誰かと歩いているからかな。
 ボクさ、ひとりでいたいわりに寂しがり屋なのかと自覚しているから……ひとりだったらこんな事しないからなのかなと、考えてみる。
 ナビに振り回され道を間違えたり、空の写真を撮ったりして笑いながら向かっていた。こうして笑い合うのも、悪くない。
 ……いろいろ考えてたけど、そろそろ目的地周辺だ。

 なんとか到着。雨足はまだ弱くならないし雨宿りするのにもちょうどいい。
 ここがLASTNOTEさんなんだ。入口にはデッキと花壇とショーケースがあり、パッと見の雰囲気はとてもオシャレ。
 思い切って扉を開けてみる。ウィンドチャイムの音が響いた瞬間、芳しい香りがボクたちの鼻をくすぐった。
 いらっしゃいませ、と店員さんが出迎える。雨だから多少人がいるけれど、大行列にもなってなさそうでちょっと胸を撫で下ろした。
「自分だけの香水がつくれるって」
「えっと、オリジナル香水のご予約ですか」
「予約?」
 あれ、予約が必要なの? ちょっと見落としてたなぁ……
「まぁできるなら……予約したいのですが」
「ちょっと確認してきます」
 店員さんはそそくさと確認しに店内へと向かって行った。改めてサイトを確認すると確かに事前予約が必要だと書いてあり少しだけ焦る。香水、作れないのかな。
「えー、作れないの? まぁ買えるし、ぼくはいいんだけど」
「その時は仕方ないね……でもさ、気になるのなら作りたいじゃん、自分の香水」
 しばらく香水や行けなかった時のプランを話していると、店員さんが戻ってきた。
「本当は事前予約が必要なんですけど、雨の影響で15時半から17時までの予約にキャンセルが入ったので3枠ほど空いてます」
「お」
「予約入れても大丈夫ですか?」
「ええ、大丈夫ですよ」
 ちょうどいい。今はまだ13時だけど、15時半から16時半の予約を入れよう。
 どんな香りが楽しめるのかな。自分だけの香りとは一体何だろう。
 好奇心と期待を胸に、店内へと踏み入った。

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