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オクトパスの神秘:海の賢者は語る

男がタコと恋に落ちる、というキャッチコピーで知った記憶があるアカデミー賞受賞作。話題になったので観てみると、My Octopus Teacherという原題に尽きる内容。海洋ドキュメンタリー、そして1人の中年男性が生きる力を取り戻していく非常にパーソナルなストーリーでもある。

クレイグは自然ドキュメンタリーを製作していたが、ある頃から精神的な不調に苦しみ、カメラを手に取ることも止めてしまう。そこで自分の人生を振り返って、一番興味を惹かれたことについて考えてみた。ひとつは子供の頃よく遊んでいた南アフリカの海、そして映像制作で関わったアフリカの人々が自分には分からないようなささいな手がかりから獲物を追跡する能力。クレイグは南アフリカに戻り、毎日海に潜ることにした。酸素ボンベは背負わない。なるべく自然に溶け込みたかったので素潜りをしていると、だんだん長い時間潜れるようになった。

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初めての出会い

ある日、不思議なものを見た。貝殻の塊。なんだろうと見ていると、突然ばっと貝殻を脱ぎ捨て、タコがぴゅーっと逃げて行った。毎日探したら、また会えるだろうか?巣穴を見つけたが、当然警戒してなかなか近づけない。ここから根気よく観察し続ける日々が始まった。知れば知るほど、タコの生態は面白い。捕食者から身を守るための擬態は本当に自然の神秘。そして犬や猫と同程度の知能があるという。毎日会うことで彼を認識するようになったのか、ついにクレイグはタコとの接触に成功する。ひとつだけ疑問は、それは最初に会った同じ個体なのか?だけど、おそらくタコは巣穴を複数で共有しないのだろう。

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ファーストコンタクト

クレイグはますますタコにのめり込んでいく。あらゆる論文を読み漁り、狩りの仕方をつぶさに観察し、捕食者の猛追から逃げ切る様子の撮影にも成功する。サメに足を食われて弱ってしまったときは、翌日様子を見に行くまで気が気じゃない。生態系を壊すことになるので、手助けはできない。辛くてもひたすら撮影を続ける。やがてこんなこともできるまでの信頼を得るようになった。胸にびたーっと吸盤つけて張りつかれたら、おおよしよし・・ってなるよね。

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タコの寿命は1年ほど。別れの日が近づいてくる。ほんとうに驚くのが、タコがサメから逃げる様子や出産、その最期までカメラに収めていることだ。しかも素潜りで。ああ息継ぎしなければ!と一度水面に上がってまた潜る、の繰り返し。もちろん誰かと潜ることもあっただろうけど、それでもこれだけ自然生物を追いかけるのはかなりの献身が必要だと思う。

人間が1匹のタコに夢中になるなんて、そういうこともあるんだねーという話ではなく、タコとの出会いが彼の現実の生活に与えた大きな変化がこのストーリーのキモだ。家族との関係を見直したり(息子も素潜りが得意になって小さな海洋学者だ)、海を守るためのプロジェクトを立ち上げて仲間と活動するようになった。人間は時々自然と触れ合う訪問者ではなく、まさに自然の一部だと認識するようになって、彼の人生は変わったのだ。

タコと恋に落ちるという文句はキャッチーだがあきらかなミスリードだ。もちろんタコが人間になついているように見える映像は衝撃だし、彼が精神的な結びつきを感じていたのは確かだろう。わたしもここまで、そのニュアンスを入れた書き方をしてるのは否めない。言い訳のようだが、これがもし雄のタコでも、同じような書き方になると思う。言葉の通じない生き物とコミュニケーションが取れていると感じたときの興奮は、相手が犬でも猫でも同じだ。この映画のポイントはそこではなく、1人の男性が自然の力強さに畏敬の念を抱くようになって、生きる力を取り戻す、もっとスケールの大きな話なのだ。日本のネトフリが作ったトレイラーはタコと仲良くなる場面で構成されていて、概要には「これは世界初の「海洋恋愛おじさんドキュメンタリー映画」だ!」で始まる、長々としたくそキモい文章が載っている。宣伝とはいえ、異種間恋愛の物語のようにミスリードするのはかなり不快だ。いろいろ反感を買ってるネトフリジャパン、ここにあり、という感じ。どうでもいいが、もし雄だったらこの宣伝文句は無かったのだろうか(クレイグが異性愛者という前提。余計なお世話でしかないが)。

こちらがオリジナルのトレイラー。恋要素まったくなしなので見比べてみてもよし。







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