桜田オートガススタンド
前置きは要らない。本文から書く。
俺にとっての世界は、タクシーの車窓から見える景色と、車内で繰り広げられる雑多なやり取りだけだった。
大通りを囲うビル群、整然とした住宅地。近代的な見た目をしてはいるが、それはただの見掛け倒しで、実態は荒廃した終末世界のようだと思っている。
棲む者は、身もこころも荒んだ人間紛いの物の怪ばかり。一円でも多く金を稼いできたヤツが正義で、それ以外は負け犬の烙印を押される世界。
その中で四輪の鉄の塊を動かす自分も、結局は同じ存在なのだろう。
タクシードライバーになって3年が経とうとしている俺にとっての世界は、そういう場所になっていた。液晶画面の向こうで美辞麗句を並び立てる芸能人もオーディエンスも、タクシーというカメラに現像されれば物の怪でしかなくなった。
無論世の中そんなんじゃない。いい人だっていっぱいいるんだ!などと言いたい人もいるだろう。ただ今の俺には美貌も絶景も、まやかしにしか映らなくなっていた。
そんな穿った価値観の俺にとって唯一の救いは、ガススタンドの喫煙所だった。薄汚れた狭い室内で灰皿を囲う一幕は、まるで補給も滞った極寒の塹壕で、マッチ1本の灯火に縋るようなものなのだ。
不思議なことに、ここには高営収者は来ない。煙草に火をつけるのは、満足いく結果を得られなかった、名目上の敗者たちなのだ。
そしてその中で自身を敗者だと認識しているのは、いつも俺だけだった。皆口先ではあたかも自分が敗者かのように振る舞うのだが、それでも単純に仲間内で愚痴や戦果を語り合える、今という時間に満足しているのは煙越しに解る。
俺だけだ。俺だけが、現状にひたすら嘆き、慟哭し、かと言って策を講じることもしない。正真正銘の負け犬だった。
※あくまでも独り言です。