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印象に残っている試合 2009年 都市対抗神奈川予選 第一代表決定戦 日産自動車対三菱重工横浜・再試合

2009年の5月末だった気がしますね、この試合は。

第一代表決定戦は、門西投手と石田投手の先発だった。2人は、師弟とも言うべき関係でしたね。

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両軍チャンスはあれど…で。ピリピリムードのなか、回が進んでいた。

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正直言うと、よく覚えていないんです。ええ。覚えているのは外野陣がすごくよく守っていたこと。抜けてもおかしくない当たりをよくキャッチしていたのは覚えていますねえ。

延長に入ってから、亀川投手と秋葉投手に代わり。両軍ともこちらもチャンスはあれど…で。満塁で渡部さんが出てきたりしたけど・・・。


はっきりと覚えているのは、延長12回ですね。日産自動車が誤審やらなんやらでノーアウト満塁にして。さすがに…と思ったら、亀川投手がそこから三者三振?をとって抑えて…。

その裏三菱重工横浜の攻撃もチャンスで、坂上選手の当たりがライト線へ。このとき「やっと終わった。二塁打だ」と思い。ライトの村上選手が「やけくそ」でダイビングしている姿を見て私は目を切った。すると日産自動車の選手が喜んでいて、「?」という。ライトがキャッチしていて、ランナーが戻れずダブルプレー。

この辺からいつまでやんのかな~って感じではありました。とにかく緊張感が凄くて、この状況で帰れないしなあという。そして22時を超え。日産側はこんな事になっていたんだなあ。もう疲れちゃって、写真を撮る気もなくなりました。

22時半ぐらいだったか、23時に打ち切りのアナウンス。「ああ」と思った16回表、日産自動車が1アウト満塁のチャンス。「ああ、もう諦めた」と思って、私は席を離れてトイレに行きました。

「うわあああ」という歓声が上がったので、「ああ、終わりか」と思ったら、なんと熊代が併殺打でチェンジ。

結局16回裏も0で、5時間近くやってスコアレスドロー。私もそこそこ長く野球を見てるけど、こんな試合は記憶にないです。

そして翌日の再試合。先発は瀧投手でした。仕事休めず、駆けつけるとこんな感じに。

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2-2から、8回日産が四ノ宮選手のタイムリーで勝ち越し。ああやっぱりカーとか思ったら、高安捕手のスリーバントスクイズで同点に。


試合はまたも延長。今日も何回までやるのか。。と思った記憶あり。

そしてマウンドにはふそうから移籍の斎藤投手。10回表はランナー2塁のピンチだったんですよね、打者は吉浦選手、めっちゃ嫌な予感で、ずっと粘られていた記憶があったが、三振。私の前の席あたりにふそうのOBさんたちが陣取っていて、固唾を飲んで見てましたね。

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その裏、ランナー2塁で高安捕手のサードゴロがイレギュラー。フェア地域でグラブをかすめてファウルゾーンへ転々。ああ、やっと終わる。もう、日産の攻撃にビビらなくて済む。そんな感じでした。

当時はまだ都市対抗出ることの意味がわかっていなかったけど、三菱重工横浜は13年ぶりだったかな。それよりも、この2日間に勝利したことの感動が凄かった。もちろん日産自動車の選手も素晴らしかったです。

実力は日産のほうが上でしたし。都市対抗本戦では、三菱重工横浜はエラー連発で初戦負け、日産自動車はベスト4でしたもんね。そして選手権では両チームベスト4で。「優勝をかけてリベンジマッチ。しかも日産ラストゲーム」だったら、もっと良かった・・けどね。

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今思ってもこの試合ほど緊張感がある試合はなかった。自分が社会人野球にのめり込むきっかけは間違いなくこの試合です。そして三菱重工横浜・日産自動車問わずこの試合に出てた選手には思い入れがあります。でもまあ、終わった後本当に疲れたですねえ。

現在現役選手なのは三菱重工横浜は0で、日産自動車が西武の熊代選手と三菱重工名古屋の吉田選手ですかね。この試合を見た人ってものすごく少ないし、知っている人も少数でしょうけど・・・。私はプロ・アマ入れてこの2日間の試合が一番印象に残っていますし、今でもベストなゲームです。

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