タイムカプセル
「ねえ、私のお父さんってどういう人だったの?」
「パパ?どしたの、いきなり。」
土曜日、娘が好きなクラムチャウダーをたっぷり作って、部活帰りの彼女に振る舞った。今は、お腹が満たされて満足気な私と娘で、【ただ一緒に居るだけタイム】を満喫中だった。
「たまに話してくれるけど、まとめて聞いたことなかったから。」
「えっと、長いよ?」
「いや、そこは惚気られても、なんかやだ。」
「なんでよー、惚気させてよ!」
娘は改めて私の顔を見て、思いっきり眉根を寄せた。
やだ、やっぱりこの娘、美人だ。
「えー、お母さんの女の部分とか別に、はい、大丈夫です。」
「敬語!?」
と、こんな感じで何でもない時間を共有するのが【ただ一緒に居るだけタイム】である。そういえば、この時間も彼が創ったものだった。
「そうだ、この【ただ一緒に居るだけタイム】も、パパがいきなりガチの資料作って提案して出来たんだよ。その時の資料あるけど、見る?」
「なにそれめっちゃ見たい。」
しょうがないなぁ、と、私は書斎へ行き、彼が数多く作った提案資料から一部抜いて娘に見せた。ホチキス止め10枚ほどでカラー印刷されたものだ。
「うわ、パワポじゃん。なんでグラフまであるの・・仲良し度と共依存度、って・・・。」
「面白いでしょ。私もその気になっていて、『何が言いたいのかわからない』とか言ってね。」
「え、上司じゃん。」
「そうそう、でね、その後が可愛かったなぁ。『もう少し一緒の時間が欲しいです』って言われたんだよ。」
えー、と娘はこそばゆそうに微笑んだ。
「それは可愛いかも。お父さんが写真の若いまま止まっているから言えるけど、おじさんなら無理。」
「そんなこと言わないであげて!」
娘との友達のようなやり取りに、不思議と癒される大切な時間だ、
さて、何の話をしてあげようか?
「じゃぁ、お手紙の話、聞く?」
「手紙・・?うん、聞く。」
「じゃぁ、ちょっと待ってね。」
そういって私は娘のマグカップを拾ってキッチンへ向かう。
紅茶を入れ直すのだ。
「長そー。」
と、娘は呟いたが、何気に楽しみにしている様子だった。
ーーーー
まだ私と彼が出会ったばかりで、付き合い始めて、初めてのクリスマスのことだ。
当日、思ったより美容院が早く済んだ私は、着飾った格好のまま待ち合わせの駅前のカフェで時間を潰していた。クリスマスということもあって、どこか街は暖かい雰囲気に包まれていた。
そんなこと考えていた私に、彼から1通のメールが届いた。
「乗っている電車が脱線したとのこと((+_+)) 〇〇駅と××駅の間で止まった。〇〇駅まではとりあえず進むとのことだけど、脱線だから再開の目途が立たないらしい。どうにかするから、どうにかするまでは暖かい場所で待っててほしいです!」
貼られていたリンクには脱線の事実が書かれたニュースがあった。
確かに、彼がここまで出てくるのに乗らないといけない路線だった。
とりあえず了解したことと、私は大丈夫だから、無理せずに、ということだけ返した。しかし、いくら計算しても、少なくともお店の予約は意味のないものになってしまうだろう。
仕方ないけど、もうなんでよ、って感じだ。
ため息交じりに、紅茶のおかわりを貰った。今日会えるかどうかも怪しいかもしれない、そう思い、寂しい考えに耽っていた時、またメールが届いた。
「予定の30分遅れで駅に着けそう!ごめん、時間が短くなっちゃうけど、お店もコースを巻きで出せるとのことなので、行こう!ホントにクリスマスなのに申し訳ない。暖かい場所にいる?」
私は、それを読んだだけで、心の中で一体どうやって?と思いながら、胸の奥が熱くなった。哀しいことじゃないんだからと涙は堪えて、明るく返信する。
「え!?どうやって!?私は駅前のカフェでぬくぬくしているので大丈夫だよ!」
すぐに返信が来る。
「良かった。もう少しだけ、待っててください。」
果たしてどうやって?という疑問は残ったものの、分かったとだけ返し、楽しみに彼の到着を待った。
ーー
カフェに入ってきた彼は、ちょっと周りの目を引くほど、ばっちしスーツでキメていて、私を見つけようとしている姿だけで、そわそわドキドキとした。
私は控え目に手を振ると、犬のように笑顔になって、近付いてくる。
「待たせてごめん!完全に俺の目算が甘かった、もはや昨日からこの街に居れば良かったと思ってるくらい。時間過ぎたけど、お店とは相談して問題ないとのことなので、行きませんか。」
まるで、私が怒っているかのような口ぶりに、つい微笑んでしまっていた。
「全然大丈夫だよ、むしろ本当に来れてすごいなと思ってるくらい。行こっか!」
そう応えると、もう表情が、良かったぁ!と喋ってると思えるくらい明るくなって手を差し伸べてきた。その手を取って、予約しているお店に向かった。
ーー
高層ビルのレストラン、窓際の席から見える夜景、クリスマスコース。
周りは大人ばかりで、大学生が背伸びしているように見えていたかもしれないが、私たちはとっても満喫した。
メインを食べ終え、改めて夜景を堪能している時に、ふと思い出した。
「ねぇ、そろそろどうやってここまで来れたか、教えてよ。普通に考えたら、無理だと思ってて。」
彼は「それね!」とお酒を一口飲んでから、楽しそうに言ってのけた。
「実際、本当に焦ったけど・・・、別路線の△△駅まで、ヒッチハイクした!」
はい?まさかこの日本の駅近でヒッチハイク!?私は笑ってしまって、同時に、彼らしいなと強く思ったことを覚えている。
「えー!?というか、よくヒッチハイクなんて出来たね。」
「そこだよね。でも1発で感じの良い老夫婦が乗せてくれたよ。このスーツで焦ったようにグーサイン出していたら、道が混んでたこともあって、窓からどうした?って声かけてくれて。
どうしても乗せて欲しかったから、『今日クリスマスで、彼女にプロポーズするんですが、電車止まっていて困っています!』と伝えたら、すぐ乗れ!って言ってくれたんだ。」
私は楽しく聞いていたけど、ん?と固まってしまって。
プロポーズ?
「あー、老夫婦にちょっと嘘付いたのは罪悪感あるんだけど・・。」
私は更に、ん?と固くなってしまって。
嘘なの?ちょっとなの?
「えーと、なんだ、まぁまだ働いてもいないのに結婚だなんだって、甘ぇと思ってるから、ちゃんと就職して、君が幸せに過ごす未来に俺が入れるように頑張って、そしたら、その、しようって思ってます。・・・あのなんだ、ヒッチハイクに成功して間に合ったこと話したかったんだけど、ずれた。」
そう言って彼は、マンガみたいに強引にお酒を煽って、盛大にむせちゃって。私は、うそうそごめんと伝えて、今は学業!みたいな感じで話を変えたんだけど、私はこの時に、この人と結婚するんだろうな、って思っちゃったんだよね。
ーーーー
「で、本当に結婚したと。」
娘は時折茶々入れながらも、ゆっくりと私の話を聞いてくれた。
「そうそう。パパ、素敵で面白いでしょ?」
うーん、まぁ、という反応の娘が、マグカップを口元に寄せて止まった。
「あのー、で。手紙は?」
「あ、そうね。でね、そのクリスマスにもお手紙をくれたんだけど、以降クリスマスには何があっても手紙をくれるようになったの。」
娘はなるほどと相槌を打ちつつ、少し羨ましそうにした。
「私、異性から手紙ってもらってことないかも。」
「手紙の文化自体、ちょっと変わってきてるからね、しょうがないよ。」
「そんなこと言ってちょっと自慢気なのやだ。」
「えーごめんごめん。大丈夫、すぐもらえるよ。」
「もー。」
娘は、そろそろ寝ようかな、と言って、マグカップを持って立ち上がる。
「あと、お父さん、私もどちらかというとタイプな感じかも。」
「えっ!親子だねー。」
「だねっ。」
そう共感して笑って、今日の【ただ一緒に居るだけタイム】を終わった。
ーーーーーーーーーー
書斎に戻って、娘に見せた彼作成の資料をデスクの引き出しにしまう。その流れで、一番大きな鍵付きの引き出しを開け、彼が私に残した【タイムカプセル】を取り出す。
同時に、彼が倒れたときのことを思い出した。
ーーーー
もう10年以上前のこと。
娘も赤ちゃんとして手がかからなくなってきたくらいのことだ。
彼の会社から、彼が倒れたと連絡が入った。あれよあれよと言う間に、まるでドラマのような赤く照らされた【手術室】と言う文字が目に飛び込んできて、そこからは神様に祈り続けた。
なんでもいいから、命を救ってください、と、懇願した。
手術が終わり、一命は取り留めたが、すぐに説明したいことがあると告げられ、彼の父と兄と私で、医師から話を聞いた。
箇所が非常に悪かったこと、実は発生から時間が経過していること、命は繋がったが、もはや言い換えれば延命でしかないこと。簡潔に言えば、直すためには元気が必要だが、その元気が今から戻る可能性はほとんどない、と言うことだった。
そのどれもが非現実的で、私は足元が崩れていく感覚に陥った。
まさに、絶望だった。
ーー
手術したその日は、彼の手を握りながら眠った。
夜通し握って、正午近くになっていた。
彼を疲れ果てた心で眺めていると、瞬間、頭が少し動いた気がした。すぐにナースコールで伝えると、先生を待つ間、私はたくさんのことを話しかけた。当然、言葉は返ってこない。
「わかる?私だよ。ねえ。わかる?」
必死の訴えに反応するように、少しだけ手を握り返す力が感じられ、思わず大粒の涙を零す。
医師と交代し、YESなら1回、NOなら2回握り返すようにと指示があり、彼は確かに指示通りの動きをした。彼は、薄いながらも、確かに意識があるということだ。
「・・・お話しできる、最後のチャンスだと思ってください。」
そこからのことは、もう、あまり覚えていない。
何とか生きて欲しい、これからも一緒に生活してほしい、困らせないからたくさん笑っていてほしい。私の言葉に、それぞれたった1回、彼は握り返してくれた。
が、一度だけ、一番強い力で、2回握り返された。それは、「私も一緒に行く」と心から溢れてしまった言葉を口にしたときだった。NOという反応にはっとして、彼の目を見ると、それだけはダメだ、ダメなんだ、とそう告げているように見えた。
まるで図ったかのように、私の母に抱かれた小さな娘が病室に入ってくる。
そうだ、ダメだ、この子がいるじゃないか。そう改め、包帯だらけのパパを怖がり、すぐにでも泣き出しそうな娘に告げる。
「パパ、ちょっと疲れちゃったみたいなの。でも、あなたと話したいって。」
そう告げると、何を想ったのか、こぼれそうな涙とぐって引っ込めて、娘は力強く頷いた。
娘と一緒に、慎重に手を握る。
これからも元気で生きようね、元気に明るく育ってね、お母さんと仲良くね・・・。彼が言いそうなことをたくさん言って、たくさんのYESを、娘に受け取らせた。
ーー
葬儀も終わり、家庭の今後についてもたくさんのフォローがもらえる形で話し合いは済んだ。
私が【タイムカプセル】に見つけたのは、彼の遺品をゆっくりと整理している時だった。
引き出しの鍵は、財布の奥に隠すように入っていた。
その鍵を差し込むと、するりと回って引き出しが開いた。
大きめな紙袋が横倒しで入っており、メモが貼ってあった。
「もしこれ見つけたら、俺に聞いて!もし聞けなかったら、開けてください。」
聞けないよ、バカ。
すんと鼻をならすと、大切に扱いつつ紙袋から大きめのプラスチックケースを取り出した。そこには【タイムカプセル】と書かれており、中には、年号のメモがついたクリアファイルが何十枚もあった。
一番上のクリアファイルには「説明」と書いてあり、いつも色んなことを提案してきていたパパを愛おしく想い返した。
~説明~
「これを見ているってことは、俺に内緒で見ているか、何かあったってことだと思う!書いている時点じゃ全然想像もつかないけど、いつかもし、大ゲンカしてどうしようも無くなったら、これを使って愛を証明できたらと思っています笑 気持ち悪いとならないといいけど泣
ってことで、クリスマスのお手紙の【未来分】が入ってます。
毎年書く度に、未来分を積み重ねて想像しながら書き溜めていたら(23歳の時は35歳36歳の分、24歳の時は盛り上がって37歳~40歳分、みたいな!)、おじいちゃんおばあちゃんになるまでなってました。過去になった分は恥ずかしいから見ないでほしいけど、一応付き合い出してから始めたので、増えていく一方ではあるよね。まぁそんなもありかな。
以上!」
彼らしい雰囲気で書かれた説明は、自然と私に涙と零させた。
ーーーー
そして、娘との【ただ一緒に居るだけタイム】が終わって、タイムカプセルを眺めている今。
ちょっとフライングだけど、今年の手紙をちょっとだけ見てみようと、「2021年」と書かれたクリアファイルを開ける。当時彼がハマっていた便箋を大切に開き、折り畳まれた手紙を読むと短めの文章に中に以下があった。
「もう大きくなった娘とあなたが、リビングで友達のように話しているのを、俺は仲間に入りたそうに見ています。」
こういうとこばかり当たったりするんだからと、私の宝物を優しく抱きしめる。
やっぱり、私はあなたを愛している。これだけ時が経った今も、私と幸せで居ようと努め続けてくれた、あなたを。
手紙を便箋に納め、大切にクリアファイルに戻す。
その時、クリアファイルにもう1通、手紙が入っていることに気付く。便箋は見たことのないシックなものだ。
【18歳になる娘へ】
どんだけ想いを馳せてるんだか、と、ふふと笑みが零れる。
よかったね、初めての手紙は、お父さんからみたいだよ。
#才の祭 について
以下のnote創作企画に参加させて頂きました。
※要項で5000字程度、1割の+-は許容されると信じて(>_<)
よろしくお願い致します。
本作品は書き下ろしているものになりますが、過去作もOKとのことなので、もう一つだけでも参加させてもらえればなと考えております!
以上、よろしくお願いします。
この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?